表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/100

「孤高の若獅子」

章1:新しい風


その日、静月殿に、これまでとは全く質の違う緊張が走っていた。

皇上の勅命により、一人の少年が宮廷に引き取られてくることになったのだ。

名を、りん。年は、十四。

皇族の遠縁にあたるが、数年前に謀反の疑いをかけられて家は取り潰され、両親を早くに亡くした、

天涯孤独の身の上だという。


「まあ…お可哀想に…」


菫が、涙ぐみながら呟く。


「十四といえば、まだ甘えたい盛りでしょうに…」


葵も、神妙な顔で頷いた。


「ですが、皇族に対して、良い感情をお持ちではないかもしれませんわね…」


碧葉の冷静な言葉に、場の空気が少しだけ重くなる。


雪藍は、静かにお茶を淹れながら、そのまだ見ぬ少年に、かつての自分を重ねていた。


(心を閉ざし、誰にも頼らずに生きてきた…)


その少年の孤独が、他人事とは思えなかった。


やがて、宦官に連れられて、凛が静月殿へとやってきた。

息を呑むほどに、美しい少年だった。濡羽色ぬればいろの黒髪は、肩までさらりと流れ、その下に、硬く閉ざされた唇と、誰の言葉も受け付けないとでも言うような、鋭い光を宿した氷のように冷たい灰色の瞳があった。

年の頃に似合わぬ、荒野を生きる若獅子のような孤高の気配を纏っていた。


皇上と皇后は、朱華と雪藍に、凛の後見人と教育係を命じた。

夫婦として、初めての「誰かを育てる」という大役だった。


章2:氷の瞳


「凛。今日から、ここがお前の家だ。俺は朱華、そしてこちらは、妃の雪藍」


朱華が、できる限り穏やかな声で語りかける。

雪藍もまた、優しい笑みを浮かべた。


「何も、心配はいりませんよ。疲れたでしょう、まずは温かいお茶でも…」


しかし、凛は二人の言葉に、何の反応も示さなかった。

ただ、値踏みするような冷たい視線で二人を交互に見つめるだけ。

その瞳には、深い不信感と、隠しきれない反発の色が燃えていた。


「…馴れ合うつもりはない」


ようやく彼が発したのは、氷の欠片のような、硬く、冷たい一言だった。


「俺は、皇族に媚びるためにここへ来たのではない。…亡き父母の名誉を取り戻すまでは」


そのあまりにも刺々しい言葉に、その場の空気が凍り付く。

朱華の眉が、わずかに動いた。


「ほう…。言うではないか。だが、口の利き方も知らぬ若造に、何ができるというのだ」


「朱華様…!」


雪藍が慌てて制するが、朱華の目は笑っていなかった。


凛は、朱華の挑発に怯むことなく、その瞳をまっすぐに見返した。


「言葉ではない。俺は、俺のやり方で証明する」


二人の間に、火花が散るような緊張が走る。

雪藍は、その間に立って、どうすることもできず、ただ胸を痛めるだけだった。


章3:不器用な家族


その日から、三人の不器用な共同生活が始まった。

朱華は、凛にかつての自分と同じ「孤独」の影を見出し、なんとか彼の心を開かせようと、厳しくも真摯に向き合った。

剣の稽古をつけようとすれば、「皇族の剣術など、興味はない」と背を向けられる。

帝王学を教えようと書物を与えれば、「滅びた家の者に、国の何が分かるというのだ」と、皮肉を返される。


何一つ、うまくいかない。

朱華が苛立ちを募らせる一方で、雪藍は、違うやり方で凛に寄り添おうとしていた。


彼女は、無理に距離を詰めようとしない。ただ、彼が一人で庭を眺めている時は、少し離れた場所で静かにお茶を飲み、彼が書庫に籠っている時は、その扉の前に、彼が好きそうな歴史書をそっと置いておく。

そして、何よりも――。


彼女は、凛の部屋に、誰にも告げずに「心を安らげる特別な香」を、毎日、焚き続けた。


凛は、その香りに気づいていた。

煩わしいと思いながらも、その穏やかな香りが部屋に満ちると、不思議と荒れ狂う心が静まっていくのを感じて、戸惑っていた。


心を閉ざした若獅子と、不器用な皇太子、そして、ただ静かに寄り添う妃。

三人の間には、まだ大きな隔たりがあったが、それでも確かに、新しい物語の歯車は、静かに回り始めていた。


だが、その歯車が、やがて宮廷の運命を大きく揺るがすことになるとは、まだ誰も知らなかった。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ