「湯殿の秘密と、侍女たちの熱視線」
章1:妃殿下の、ささやかな我儘
静月殿の湯殿は、壁も床も磨き上げられた白玉石で造られ、湯船からは絶えず清らかな湯が溢れていた。
窓の外には手入れの行き届いた坪庭が広がり、天井からは月光が湯気を通して、やわらかく差し込んでいる。
しかし、そのあまりの広さと静けさに、湯船に一人浸かる雪藍は、ふと、幼い頃の寂しさを思い出していた。
(…額田の屋敷も、広かった。けれど、いつもわたくしは一人だった…)
その時、湯殿の入り口で控える侍女たちの気配に気づき、雪藍はふと、これまで口にしたことのない、ささやかな「我儘」を言ってみたくなった。
「…碧葉、葵、菫」
「「「はい、雪藍様」」」
「もし、迷惑でなければ…あなたたちも、一緒に湯に入りませんか?」
その言葉に、三人は目を丸くした。
「め、滅相もございません!」と碧葉が慌てて首を振る。
葵も「わ、わたくしたちのような者が、雪藍とご一緒するなど、畏れ多くて…!」と両手を振った。
「そうですよ、雪藍様」と菫も続く。
「わたくしちは、妃殿下のお世話をさせていただくだけで、十分に幸せなのですから」
三人の真摯な言葉に、雪藍は嬉しく思いながらも、少しだけ寂しげに微笑んだ。
「…ありがとう。でも、こんなに広い湯殿に、一人で入るのは、少しだけ…寂しいのです。歳の近い姉妹ができたみたいで、とても嬉しいから…。どうか、今だけは気を遣わずに、湯を楽しみましょう?」
その潤んだ瑠璃色の瞳で真っ直ぐに見つめられ、
三人はもう、断ることはできなかった。
章2:絹の肌に咲く、愛の痕
「わぁ…!なんて広いお風呂なのでしょう!」
湯船に足を入れた葵が、子供のようにはしゃいだ声を上げる。
「見てください、碧葉!床がすべすべです!」
「葵、はしゃぎすぎですよ。…ですが、確かに…素晴らしい湯殿ですわね…」
碧葉も、その壮麗さには感嘆の声を漏らさずにはいられない。
やがて三人は、「雪藍様を、世界で一番美しく磨き上げるのです!」と意気込み、それぞれ雪藍のそばへと寄った。
碧葉は、香りの良い石鹸を丁寧に泡立て、その絹のようにきめ細やかな背中を洗い始める。
葵は、雪藍の長い黒髪を、指に絡まぬよう優しく梳かしながら、湯で清めていく。
菫は、その細くしなやかな脚や腕を、マッサージするように、ゆっくりと揉み解していく。
「それにしても、雪藍様のお肌は、まるで生まれたての赤子のようですわ…」と碧葉。
「はい!鳳凰舞のお稽古で、こんなにしなやかな筋肉がついていらしたのですね!」と葵。
「この美しさ…これでは、殿下も毎晩、メロメロになってしまわれますね…」と菫がうっとりと呟く。
その時、雪藍の背中を洗っていた碧葉の手が、ぴたりと止まった。
雪藍の白い胸元、その柔らかな膨らみのすぐ下に、
一つだけ、淡い紅色の痣があるのに気づいたのだ。
「雪藍様…!これは…!」
葵が心配そうに声を上げる。
「まあ大変!どこかでおぶつけに…?」
雪藍は、それが昨夜、朱華につけられた愛の痕であることを思い出し、さっと顔を赤らめた。
「あ、いえ、これは…その…」
言葉に詰まる雪藍を見て、碧葉はコホンと一つ咳払いをした。
「…葵、それは痣ではございませんよ」
「え? でも…」
不思議そうな顔をする葵に、菫が、恍惚とした表情で、そっと耳打ちした。
「あれは、殿下の愛の痕…。雪藍様が、殿下だけのものであるという、甘い約束の印なのです…」
「ええええっ!?」
葵の素っ頓狂な声が、湯殿に響き渡った。
雪藍は、あまりの恥ずかしさに「ひゃっ!」と悲鳴を上げ、湯の中に沈んでしまいたい思いで、両手でそっとその痕を隠した。
章3:答え合わせの刻
湯殿から上がると、火照った身体のまま、侍女たちはかいがいしく雪藍の世話を焼いた。
先ほどの「愛の痕」の話題で、三人の雪藍を見る目は、尊敬と、そしてほんの少しの好奇心で、きらきらと輝いている。
支度が終わる頃、ちょうど朱華が政務を終えて静月殿にやってきた。
「雪藍、湯浴みをしていたのか。良い香りがする」
そう言って微笑む朱華に、三人の侍女の視線が、
まるで申し合わせたかのように突き刺さった。
朱華は、そのあまりに真剣で、何かを探るような視線に、怪訝な顔をする。
「…なぜ、そんな目で俺を見るのだ。顔に何かついているか?」
三人は、はっと我に返ると、互いの顔を見合わせ、ぶんぶんと首を横に振った。
「「「な、何でもございません!!」」」
そう言って、三人はそそくさと部屋を退出していく。朱華は、訳が分からないというように、首を傾げた。
(まさか…気づかれたのでしょうか…? 私の胸にある、あの痕のこと…)
雪藍は、一人、顔から火が出るような恥ずかしさに、その場に立ち尽くすだけだった。
そんな雪藍に、朱華が歩み寄る。
「…雪藍、あいつらは一体何なのだ?」
「い、いえ、その…」
しどろもどろになる雪藍の様子に、朱華はさらに眉を寄せる。そして、彼女が庇うように胸元を押さえる、その不自然な仕草に気づいた。
彼の視線が、すっと、彼女の手元へと落ちる。
指の隙間から、わずかに覗く、淡い紅色の痕。
朱華の動きが一瞬止まり、やがて、その唇の端に、
全てを悟った悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「…なるほどな」
彼は雪藍の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。
「あの三人が、俺の首のあたりをやけに熱心に見ていた理由が、分かったぞ。…答え合わせ、というわけか」
雪藍は、もう何もかもを悟られ、顔から火が出そうだった。
朱華は、そんな彼女をたまらなく愛おしいというように、そっと抱きしめる。
「案ずるな。俺のつけた印だ。…むしろ、よくやったと褒めてやる。これで、お前が誰のものか、侍女たちにもよく分かっただろう」
「も、もう…! 朱華様…!」
抗議の声を上げる雪藍の唇を、朱華は甘い口づけで優しく塞いだ。




