「瑠璃色の瞳に誓う、砂漠の旅⑤」(守護者の剣、永遠の証)
夜の熱が静かに去り、砂漠の空がわずかに白み始めていた。
星の瞬きを飲み込むように、群青の天は淡い光を孕み、やがて夜明けを告げる。
雪藍は朱華の腕に抱かれながら、まだ夢とも現実ともつかぬ心地に浸っていた。
昨夜、互いのすべてをさらけ出した余韻は、まだ身体の奥に甘く残っている。
けれども、朱華の胸に耳を寄せると、そこに流れる鼓動はどこか張り詰め、彼自身の心がすでに剣へと向いているのを感じた。
「……朱華様?」
小さな声で問いかけると、彼は雪藍の髪を撫でながら低く答えた。
「気のせいであればよいのだが……外に、不穏な気配が漂っている」
その言葉に、雪藍の胸が小さく震えた。オアシスの周囲は沈黙に包まれていたが、耳を澄ますと、確かに砂を踏みしめる重い音が遠くから近づいてくる。
やがて、低く地鳴りのような振動が砂を伝い、夜明けの静謐を破っていった。
「馬の蹄音……?」
雪藍の囁きに、朱華は静かにうなずいた。
次の瞬間、外から甲高い叫び声が響いた。
「宝石を渡せ! 命が惜しければ、扉を開けろ!」
砂塵を巻き上げながら、数十騎の影がオアシスの宮殿を取り囲んでいく。
粗野な笑い声、剣のきらめき、乾いた砂漠の風に乗って漂う鉄錆の匂い――。
それは、旅人を襲うことで悪名高い盗賊団だった。
雪藍の肩が強張り、思わず朱華の袖を掴む。
「しゅ、朱華様……どうしましょう…」
朱華はゆるやかに彼女の手を握り返し、その目を真っ直ぐに見つめた。
「安心しろ、雪藍。お前に指一本触れさせはしない」
そう言うと、彼は静かに立ち上がり、壁際に置かれた剣を抜き放った。
鞘走る鋭い音が、迫り来る闇を裂くように響き渡る。
その姿は、愛する者を守るために剣を執った一人の男――。
雪藍の胸に熱が込み上げるのと同時に、襲撃の嵐がついに幕を開けようとしていた。
夜の宮殿を震わせるように、分厚い扉が破られた。
荒々しい笑い声と共に、砂の衣を纏った盗賊たちがなだれ込む。獣のような眼差し、手にした曲刀の鈍い光が、宝石だけでなく雪藍の白い肌にまで卑しげに注がれた。
「宝石も女も、全部俺たちのものだ!」
賊の叫びに、雪藍の顔が恐怖に凍りつく。
「雪藍」
朱華は即座に前へ躍り出て、彼女を庇うように立つ。薄明の光を受け、抜き放った剣が白い弧を描いた。
「来るがいい」
最初に斬りかかった賊の腕が宙に舞い、断末魔の悲鳴が響く。続く者の胸を朱華の剣が深々と貫き、鮮血が砂に飛び散った。その凄まじい斬撃に、後方の盗賊たちは息を呑む。
「う、うわあっ!」
「なんだ、この男……ただの旅人じゃねえ!」
怯んだ盗賊たちの中から、ひときわ大柄な男が姿を現した。肩に獣の毛皮をまとい、額には深い傷痕。腰には二本の湾刀が光る。
「へっ……市で目立っていたぜ。女を連れて宝を買い漁る異国の貴人。まさかこんな所でお目にかかれるとはな」
男の口元には嘲笑が浮かんでいる。
朱華は剣を構え直した。
「……貴様が頭領か」
「名は知らんが……やるな、異国の剣士よ。だが俺の刃の前でどこまで持つかな?」
朱華は砂を蹴り、斬りかかった。頭領は双刀を交差させて受け止める。鋼と鋼が激しくぶつかり合い、
火花が飛び散った。
「ほう……大した腕前だ。だがこの砂漠の掟は変わらん。強き者が全てを奪う、それだけよ!」
頭領は狂気じみた連撃を仕掛ける。朱華がそれを受け流した一瞬の隙を突き、頭領の背後にいた賊の一人が、雪藍へと刃を向けた!
「雪藍!」
朱華の叫び。雪藍が恐怖に目を見開いたその刹那、朱華は信じられない速さで身を翻し、頭領の攻撃をいなしながらも、懐から投擲した短剣で雪藍を襲った賊の喉を正確に貫く。
「俺の女に、指一本触れられると思うな」
その神業に、頭領は初めて恐怖の色を瞳に浮かべた。
朱華は背後の雪藍に囁く声は低く、揺るぎない決意に満ちていた。
「俺が必ず守る」
怯んだ頭領に、朱華は一気に懐へ踏み込み、剣を腰に据えて斬撃を叩き込んだ。
「これで終わりだ」
彼の低く力強い声が、頭領の喉元を貫き、砂の上に倒れ伏した。
頭領の死を目の当たりにした賊たちは狼狽し、互いに押し合いながら後ずさる。
「う、うわあっ! 俺たちのかなう相手じゃねぇっ!」
砂塵を巻き上げ、中庭を慌てて退散していった。
朱華は剣を腰に戻し、荒く息を整えながら雪藍の元へ歩み寄る。夜明けの淡い光に、戦いの痕跡が静かに照らされていた。
「雪藍、大丈夫か? 怪我はないか?」
胸に迫る鼓動を抑え、雪藍は顔を上げ、震える唇で囁く。
「はい……朱華様のおかげで無事です…でも、怖くて……怖くて……」
朱華はすぐに彼女を抱き寄せ、その髪を撫でながら低く囁く。
「怖がるな、もう何も怖くない。俺が守ってみせる――必ずだ」
雪藍はその言葉に胸が熱くなるのを感じ、朱華の腕にしがみつく。
すると朱華はふと懐から小さな包みを取り出した。昨日、市場で手に入れた蒼い宝石の首飾りだった。
彼は、まだ戦いの熱気が残る中庭で、震える雪藍の首にそっとその首飾りをかけた。冷たい宝石の感触が肌に触れ、雪藍は小さく息を呑む。
朱華の指先が首筋に触れるたび、甘い電流が背筋を走った。
「雪藍。この石がお前を守るお守りだ。そして、これからは俺が、お前の一生を守る」
夜明けの淡い光が宝石を照らし、瑠璃色の輝きが雪藍の濡れた瞳に映る。
血と砂埃の匂いが混じる空気の中、交わされた誓いは、かつてないほど強く、そして甘く二人の心を結びつけていた。
朱華は彼女の顎に指を添え、視線を交わしたまま唇をゆっくりと重ねる。
雪藍はその深い口づけに全てを預け、彼の背に腕を回した。
戦いの後の静寂の中、二人の影は朝日を浴びて、ひとつに重なっていた。




