「瑠璃色の瞳に誓う、砂漠の旅③」(熱砂の都と嫉妬の囁き)
砂漠を越えた末にたどり着いたオアシスの都は、水面がきらめき、ヤシの葉が風に揺れ、香辛料と果物の芳香に満ちていた。都の宮廷にはない熱気と生命力に、雪藍の頬は自然と薔薇色に染まる。
「まあ……朱華様! あれをご覧ください。果物が山のように積まれています」
「雪藍、はぐれるな」
朱華は混雑する人波の中、彼女の手をぎゅっと握った。掌の温もりが雪藍の心を高鳴らせ、自然と指を絡めて歩く。
屋台で差し出された鮮烈な赤のスープに、雪藍は瞳を輝かせる。
「少し、いただいてみます」
朱華は眉をひそめる。
「辛すぎないか?」
「大丈夫です」
―そう言って口に含んだ雪藍は、涼しい顔で頷いた。
「ふふ、とても美味しいです」
一方、朱華は軽く啜っただけで顔をしかめ、思わずむせ返る。
「こ、これは……火を吹きそうだ……!」
雪藍は慌てて甘い果実を差し出す。朱華はそれをいたずらっぽく取り、彼女の唇に押し当てた。
「口移しで食べさせてくれないか?」
「なっ……朱華様っ、人前で……!」
頬を染める雪藍。小さくかじった瞬間、朱華はそのまま彼女の唇を奪い、果実の甘さと二人だけの秘密の喜びを共有する。
ふと立ち寄った宝石店で、朱華は鮮やかな蒼の首飾りに目を留めた。雪藍の瞳の色を閉じ込めたような澄んだ石。
「……どの宝よりも、雪藍の瞳の方が美しいな」
朱華は首飾りを手に取り、彼女の首筋へかざした。
「この石が映すものは、星でも泉でもない。ただ……お前の瞳に宿る光だけだ」
頬を染める雪藍。
「朱華様……そんなに言われては、私の方が値打ちものになってしまいますわ」
「ならば――命を賭してでも手放さないぞ」
朱華は迷いなく言い切る。
しかし値を告げられると、雪藍が慌てて袖を引いた。
「朱華様、待ってください。あまりにも高すぎます」
戸惑う朱華の横で、雪藍は微笑み、店主に向き直る。
「ご覧くださいませ。この石は確かに美しいですが……ここに小さな瑕がございますわ」
巧みに言葉を重ね、異国の商人も渋々ながら値を下げる。
雪藍は勝ち誇ったように朱華を見上げた。
「どうでしょう、朱華様。少しは妻の働きをお認めくださいますか?」
朱華はしばし彼女を見つめ、低く笑った。
「……ふふ。雪藍の聡さに、この俺が救われる日が来ようとはな」
雪藍は少し照れながらも、誇らしげに答える。
「…昔、家の財政が苦しかった頃、父に代わって、
わたくしが香木の商人たちと交渉しておりましたから。…あの頃に身につけた、ささやかな知恵でございます」
その健気な過去を知り、朱華はさらに愛おしげに彼女を見つめると、耳元に唇を寄せ、囁いた。
「だが忘れるな、雪藍。値がいかほどであろうと……お前はこの世で最も尊い宝だ」
雪藍の心臓は、胸を破りそうなほど跳ね上がる。
夕暮れ、オアシスの泉のほとり。水面に映る月明かりとランプの光が二人を照らす。
異国の踊り子が情熱的な舞を披露する中、朱華はふいに嫉妬を滲ませた。
「俺の前で舞を見せるのは……世界にただ一人、雪藍であってほしい」
「そ、そんな…私は、踊り子などでは…」
慌てる雪藍を抱き寄せ、朱華は熱を帯びた眼差しを落とす。
「いいや。雪藍が微笑むだけで、俺の心は舞に酔う。誰の技も、お前には敵わない」
雪藍は胸を詰まらせ、そっと朱華の胸に顔を埋めた。
「朱華様……どうか、今宵は私を…ただの妃ではなく、ひとりの女として見てください」
朱華は背を優しく撫で、耳元で囁く。
「とっくにそう見ている。妃ではなく、妻でもなく、ただ愛しい女として…今宵も、永遠に」
その夜、朱華は絹と金糸で作られた艶やかな踊り子の衣装を、オアシス宮殿内の静かな私室で雪藍に差し出した。
「……朱華様、これは……?」
「似合うと思ってな。ぜひ身に着けてほしい」
雪藍は衣装を受け取ると、少しだけ拗ねたように、
しかし上目遣いで朱華を見つめた。
「まあ…。わたくしがこれを着て舞ったら、朱華様は、昼間の踊り子たちのことなど、忘れてくださいますか?」
そのあまりに可愛らしい嫉妬の言葉に、朱華の悪戯っぽい笑みが消え、代わって瞳の奥に、昏く、燃えるような独占欲の炎が宿った。
彼は一歩近づくと、雪藍の耳元に、熱い吐息と共に囁く。
「…忘れるどころではない。お前以外の何もかも、この世から消し去ってくれる」
そのあまりに真剣な声と、肌を焼くような視線に、雪藍は自分の言葉が彼の情熱に火をつけてしまったことを悟る。途端に、恥ずかしさが込み上げてきた。
「あ…っ、そ、そのようなつもりでは…!こ、このような…肌を晒す恥ずかしい格好、私には…!
朱華は一歩近づき、低く囁く。
「雪藍、誰にも見せるつもりはない。俺だけのために……頼む」
震える指先で衣装を掴み、そっと纏う雪藍。絹の柔らかさが肌に触れるたび、朱華の視線が止まる。
衣装を身に着けるたびに肩のラインや腰の曲線が映え、朱華の瞳はまるで宝石を見つめるかのように輝きを増した。
「……やはり、誰よりも美しい」
朱華の息がかかる距離で、その言葉に雪藍の胸は熱く波打ち、身を小さく震わせる。
頬は羞恥で深く紅潮し、濡れた瞳が朱華を捉えた。
雪藍は小さく息を吐き、衣装の裾をそっと整える。
その仕草ひとつに朱華の心は捕らえられ、思わず手を伸ばして彼女の肩先に触れ、温もりを確かめた。
朱華の指先が肌に触れるたびに、雪藍は恥ずかしさと胸の高鳴りで小さく身を震わせる。
朱華は後ろからそっと腕を回し、身体を優しく抱き寄せる。
衣装越しに伝わる柔らかな曲線を感じ取り、耳元で囁いた。
「この姿を……私だけに許してくれるのだな」
雪藍は目を伏せながらも、かすかな吐息で答える。
「……朱華様にだけ、です」
朱華は頬を寄せ、唇に触れ、互いの吐息が重なり合う。
絹の感触、香木の香り、そして朱華の温もりに、雪藍の意識は蕩けそうになる。
朱華は唇をわずかに押し当て、耳元で囁く。
「雪藍……お前のすべてが、俺の目に、心に焼き付いて離れない」
雪藍は胸を押し当てる朱華の胸の温もりに、自然と身を預ける。
頬を染め、手のひらでそっと彼の背を撫で、唇をわずかに重ね合わせる。
小さな心臓の音が二人の間で響き、静かな私室に甘い熱が満ちていった。
オアシスの夜、遠くから聞こえる泉のせせらぎや笛の音を背に、二人は寄り添い――
やがて、静かに、しかし確実に愛の時間へと歩みを進めていった。




