「お菓子に秘めた魔法」
静月殿の台所では、雪藍が袖をたくし上げ、碧葉、葵、菫とともに金木犀の香る木犀糕を手作りしていた。
碧葉がにこやかに言う。
「殿下は政務でお疲れのはずですわ。きっと、このお菓子で少しでも心休まります」
葵は目を輝かせ、「雪藍様と一緒に作れるなんて、夢のようです!」と嬉しそうに声を弾ませる。
雪藍は、心を落ち着かせ、思考を明晰(明晰)にすると言われる金木犀の花を、丁寧に生地に混ぜ込みながら、そっと微笑んだ。
「はい。この香りが、少しでも朱華様のお心を癒やす魔法になればよいのですが」
その言葉に、菫はうっとりと両手を組み合わせた。
「まあ…。甘い香りとお菓子に込められた愛情…必ず殿下に届きますね」
出来上がった木犀糕を盆に載せ、雪藍は侍女たちと共に政務室へ向かう。
朱華は書類の山に埋もれながらも、雪藍の姿に目を見開いた。
「……雪藍!? どうしてここに……いや、来てくれたのか。嬉しい」
声が少し掠れ、疲れた身体がぱっと軽くなるようだった。
朱華は静かに「皆、退出しろ」と告げ、宦官たちは足早に退室し、侍女たちも静かに部屋を出る。
二人だけの空間に、緊張と甘美な期待が静かに満ちた。
朱華は椅子に深くもたれかかり、雪藍を正面から膝の上に座らせる。
「……雪藍、お前の顔を見ただけで、疲れが全部吹き飛んだ」
雪藍は小さく息を呑み、頬を熱く染めながら、指先をそっと朱華の腕に添える。
「私の作ったお菓子が、朱華様を喜ばせられるのなら…嬉しいです」
朱華は木犀糕を見つめ、潤んだ瞳でそっと囁く。
「頼みがある。口移しで、食べさせてくれないか」
雪藍の胸は一瞬、跳ね上がる。しかし彼女は、悪戯っぽく微笑むと、こう囁いた。
「まあ、朱華様。甘えるのがお上手ですね。…仕方ありません、政務でお疲れの殿下への、わたくしからの特別なお薬です。…さあ、お口を開けて?」
その可愛らしい反撃に、朱華はたまらないというように目を細める。
雪藍は小さく息を整え、ゆっくりと木犀糕を唇に含ませた。
朱華の唇が触れる寸前、雪藍は微かに息を吐き、唇をそっと開きながら木犀糕を差し出す。
朱華は小さく甘い息を漏らし、喉がわずかに震える。雪藍は朱華の唇に触れるたび、その柔らかさと温もりを感じ、微かに吸い込みながら口移しで木犀糕を食べさせた。
金木犀の香りと雪藍の沈丁花の香りが混ざり合い、空気が甘く濃密に満ちてゆく。
「雪藍……お前だけが、俺の疲れを癒してくれる」
朱華の低く響く声が、雪藍の胸に直接届く。
その声に蕩かされるように、雪藍は木犀糕の欠片がなくなった後も、唇を離すことができなかった。
「朱華様…そんなに求められたら、私、どうにかなってしまいます」
「それでいい。俺の前では、蕩けていてほしい」
朱華は、彼女の唇の甘さの余韻に浸りながら、ふと何かに気づいたように目を見開いた。
「…不思議だ。お前の菓子を食べたら、一日中頭を悩ませていた書簡の、良い解決策が浮かんできた。
…雪藍、お前は菓子にまで魔法をかけるのか?」
その言葉に、雪藍は「ふふ」と嬉しそうに微笑む。
朱華は、盆に残っていた最後の一つの木犀糕を手に取ると、それを指で綺麗に半分に分けた。
そして、その半分を雪藍の唇にそっと運び、残りの半分を自分の口に入れる。
雪藍がそれを食べ終えるのを待って、彼は真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「…これからは、どんな甘さも、苦さも、こうして半分ずつだ。永遠に」
そのあまりに甘い誓いの言葉に、雪藍は息を呑む。
朱華はそんな彼女に深い口づけを重ね、何度も唇を絡ませた。膝の上で絡み合う指先、吐息、香り、微かな心の鼓動――すべてが、濃密な愛の証。
雪藍は朱華の腕に抱かれながら目を閉じ、甘く幸せな気持ちを心ゆくまで噛みしめた。
(またも恋をしてしまいました……同じ人に、何度でも)
その日、朱華の膝の上で過ごしたひとときは、二人の新婚生活において、甘く蕩ける記憶として深く刻まれたのだった。




