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「夜の影、朝の誓い」

璃州国の夜は静かに沈み、香炉から立ちのぼる白梅の香が寝所にやわらかく満ちていた。

雪藍は朱華の胸のそばで眠り、ふいに身じろぎし、小さな声を漏らす。


「……いや……ひとりにしないで……」


その震える声に朱華は目を覚ます。


闇に包まれた寝所で、雪藍の手が小さく宙を探す。

朱華はすぐにその手を握り、囁く。


「雪藍、夢だ。俺がここにいる」


雪藍の瞼が開き、涙で濡れた瞳が揺れる。


「朱華様…私…子どもの頃、冷たい部屋で母の声も届かず、ただ一人泣いていた夢を」


朱華は言葉を遮るように彼女を力強く、けれど優しく抱きしめる。


「馬鹿だな。あの頃の雪藍と今は違う。俺がいるだろう」


腕の中で震える雪藍の髪を優しく撫でながら、朱華は、まるで過去に向かって語りかけるように、そっと囁いた。


「…聞こえるか、昔のお前。もう一人ではないぞ。俺がいる。未来で、必ず俺がお前を見つけ出してやるからな」


その言葉は、今の雪藍だけでなく、彼女の心の奥で泣いていた小さな少女の魂をも、優しく包み込むようだった。


「でも、夢の中でひとりぼっちになると、怖くて……」


「二度と一人にはさせない。お前が目を閉じても、俺は隣にいる。死んでも離れない」


その断言に、雪藍はふるりと笑みを浮かべ、朱華の胸に顔を埋める。


「それなら……もう怖くありません」


朱華は彼女の耳元に唇を寄せ、低く囁く。


「泣き顔も、笑い顔も、全部俺だけに見せろ。……雪藍、口づけをしてもいいか」


雪藍の頬が朱に染まり、恥じらいを含んだ瞳で小さく頷く。


朱華の唇が雪藍に触れる瞬間、白梅の香が二人の息に溶け合い、夜の静寂が鼓動だけを響かせた。

雪藍の指が朱華の袖を握り、時間が止まるような甘さに震えた。

白梅の香が孤独の影を塗り替え、朝への誓いが二人の胸に灯った。


窓の外で夜が明け、朝日が寝所に柔らかな光を投げかける。

寝室の扉がそっと開き、葵、碧葉、菫が顔を覗かせた。


「殿下、雪藍様、まだお休み中ですか?」 


雪藍は布団に顔を埋め、赤面のまま呟く。


「い、いや、何も……ただ眠っただけです!」


朱華はにやりと笑い、女官たちに言う。


「皆、誤解するな。俺はただ、雪藍が二度と孤独に怯えぬよう誓っただけだ」


朱華はそう言うと、布団に隠れる雪藍へ、慈しむような、それでいて絶対的な光を宿した視線を向けた。その真剣な眼差しに、侍女たちは一瞬だけ軽口を忘れ、息を呑む。


その甘く重い沈黙を破るように、葵は無邪気に笑い、「いやぁ、今朝のお顔、昨夜の愛の続きみたいで心臓がもちませぬ!」


碧葉は眉をひそめつつ、「でも、雪藍様の赤い頬……何かあったのかしらと、つい」


菫は夢見るように、「まるで恋の物語のよう……ふたりの心が響き合った朝ですね」


雪藍は布団の中でさらに赤面し、朱華に隠れるようにするが、心は幸福で満ちていた。


朱華は女官たちに軽く手を振り、言った。


「雪藍をそっとしておくのも優しさだ。今は二人の朝を大切にしてくれ」


侍女たちは頷き、そっと扉を閉める。


二人きりになった寝室で、朱華は布団から出ている雪藍の手――昨夜、夢の中で彼を探して宙を彷徨っていた、その手――を、優しく取った。そして、自らの胸、心臓の上へと、そっと導く。


「雪藍。夜中に、この手が俺を探していただろう。…これからは、お前が目覚めるたび、必ずここに俺がいる。この鼓動が、その証だ」


その言葉に、雪藍の胸は幸福に満たされる。彼女はそっと起き上がると、眠る夫に誓うように、その唇に優しく口づけを返した。

白梅の香りが漂う寝室で、二人の朝は、確かな愛と共に始まった。

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