「書庫の秘密と月光の誓い」
章1:侍女たちの好奇心
「鳳凰舞」の宴から数日、静月殿の夕暮れは茜色の光に染まっていた。
雪藍は窓辺で、宴の衣装に縫い付けられていた小さな鈴を手に持ち、微かな音に耳を傾ける。
鈴の響きはあの夜の朱華の視線を呼び覚まし、彼女の胸を甘く締め付けた。
そこへ、碧葉、葵、菫がお茶を運んできた。
「雪藍様、先日の舞、本当に天女様が舞い降りたかのようでした! あの舞の由来など、古い書物に残っているのでしょうか?」と、葵が興奮冷めやらぬ様子で切り出す。
菫がうっとりと両手を組み、続く。「きっと、天の仙女様の、甘い恋物語が隠されているに違いありませんわ…」
「葵、菫、はしたないですよ」と碧葉がたしなめる。「…ですが、確かに、あの舞の歴史を学んでおくことは、妃殿下としての教養にも繋がるやもしれません」
彼女たちの会話を、部屋に入ってきた朱華が偶然耳にした。そして、葵の純粋な好奇心と、菫のロマンティックな妄想に、彼の心に悪戯っぽい光が宿る。
(なるほど…舞の起源を調べると言えば、自然に雪藍を書庫へ誘い出せるな。あわよくば、菫の言う『甘い恋物語』とやらも…)
「雪藍」
朱華の声は柔らかく、口元に愛情と悪戯が混じる笑みが浮かぶ。
「夕陽に染まるお前はまるで天女だな。またあの夜の舞を思い出しているのか?」
雪藍は鈴をそっと握り、「朱華様の視線を思い出していただけです」と扇で顔を隠しながら返す。
朱華は彼女の手を取り、目を輝かせた。
「ならば、お前に見せたいものがある。俺についてこい」
章2:秘伝・閨房術
二人は後宮の奥、薄暗い書庫へと足を踏み入れる。
白檀の香りが漂い、灯籠の光が絹の巻物や竹簡に揺らめく影を落とす。
朱華は「鳳凰舞の起源を調べよう」と言い、雪藍を古い巻物の前に座らせた。
彼女は真剣に「舞譜」を読み込み、鳳凰の羽ばたきを模した記述に心を奪われる。
「この舞は、愛と調和を天に示すものだったのですね…」
呟く雪藍の横顔に、朱華は見とれ、胸が熱くなった。
だが、朱華の視線は別の棚へと移る。
雪藍が気づかぬうちに、彼の手が古びた絹の巻物に伸びる。表紙には、雅やかな筆跡で「秘伝・閨房術」と記され、金糸の鳳凰が妙に絡み合った、まるで抱擁のような挿絵が描かれている。
朱華の目がキラリと光り、普段の威厳ある皇太子の姿は消え、少年のようにはしゃいでページをめくる。
「鳳凰の双舞は夜を星に変え」「袖の翻りは愛の鼓動を呼び、情熱を紡ぐ」…挿絵の鳳凰は妙に情熱的に羽を絡ませ、恋人同士のようだ。
「この鳳凰、踊るより抱き合ってるな……」
と呟き思わず読みふける。
雪藍はふと彼の異変に気づき、そっと背後に忍び寄り、甘えるように朱華の首に両手を回す。
「朱華様、何をそんな真剣にお読みになっておられるのですか?」
彼女の吐息が耳元をかすめ、朱華の肩がビクッと跳ねた。
「な、なんでもない! ただの……歌集だ!」
朱華は慌てて巻物を閉じるが、手元がもたつき、絹のページが床にぽとりと落ちる。
雪藍はすかさずそれを拾い、好奇心に目を輝かせて開く。
「歌集? ふふ、どんな歌かしら……」と笑いながらページに目を落とした瞬間、彼女の顔が桜色に染まる。
「こ、これは……! 朱華様、歌集だなんて!」
雪藍は巻物を胸に抱き、恥ずかしさで目を泳がせながら、口元に笑みを浮かべる。
「この鳳凰、踊るより……まるで恋に落ちてますわね!」
「誤解だ、雪藍! これは歴史的資料だ! 古の宮廷の……愛の文化を、皇太子として研究する必要があって……!」
声は尻すぼみになり、威厳はどこへやら。
雪藍はくすくすと笑い、悪戯っぽく目を細める。
「朱華様がこんな『研究』に夢中だなんて。政務より、この鳳凰の抱擁がお好きですか?」
「お、お前、からかうな!」
雪藍はさらに踏み込み、巻物を手に微笑む。
「では、この『鳳凰の双舞』を、私と一緒に試して…みます…か?」
大胆な一言に、朱華の顔が真っ赤になり、
「お前! 何を言うんだ!」と声が裏返った。
章3:情熱的な研究報告
書庫の静寂に彼の動揺が響き、雪藍は笑い声を上げ、月光に照らされた笑顔が朱華の心をさらに乱す。
だが、雪藍はそっと巻物を棚に戻し、朱華の手を両手で包み込んだ。
「冗談ですよ、朱華様。でも……こんな本を読んで、私のことを考えてくれてたなら、心から嬉しいです」
彼女の瞳が月光に潤み、柔らかな笑みが灯る。
朱華は一瞬言葉に詰まり、彼女の頬にそっと指を滑らせた。
「お前はいつも俺を惑わせる。あの夜の舞も、この書庫でのお前も……俺の心を離さない」
書庫の灯籠が二人の影を溶かし、月光が小さな聖域を創り出す。朱華は雪藍の手を引き、書庫の窓辺に寄り添う。
「雪藍、お前の笑顔、仕草、香り……すべてが俺を狂わせる。こんな巻物などなくても、お前は俺の天女だ」
彼の声は熱を帯び、雪藍の胸を甘く締め付ける。
「朱華様……貴方のそばでこうしているだけで、私の心は天に翔けます」
月光の下、彼は彼女の顔をそっと引き寄せ、時間を止めるような口づけを交わす。
白檀の香が二人の愛を深め、月光がその瞬間を永遠に刻んだ。
書庫の扉をくぐると、外で待っていた侍女たちが駆け寄ってきた。
葵が、好奇心に満ちた目で尋ねる。
「雪藍様、朱華様! 鳳凰舞の起源、分かりましたか? やはり、甘い恋物語が…!」
すると、朱華がわざとらしく咳払いを一つして、真剣な顔で答えた。
「うむ。非常に有意義な研究であった。古の鳳凰たちは、我々の想像以上に…情熱的だったようだ。なあ、雪藍」
振られた雪藍は、耳まで真っ赤になって、
「しゅ、朱華様っ!」と悲鳴に近い声をあげる。
「「「(…想像以上に、情熱的…!?)」」」
三人は、朱華の言葉の意味を様々に妄想し、顔を見合わせてその場で崩れ落ちそうになった。
章4:鳳凰の双舞
その夜、静月殿に戻った雪藍は、寝台のそばで鈴を手に持つ。微かな音が響き、朱華の「天女だ」という言葉が胸を熱くする。
そこへ、湯浴みを終えた朱華が、寝間着姿で現れた。彼は雪藍の隣に座ると、その手から鈴をそっと取り、彼女の耳元で、悪戯っぽく囁いた。
「…雪藍。あの巻物に書いてあった『鳳凰の双舞』とやらを、少しだけ試してみるか? …もちろん、歴史的資料の研究の一環として、だが」
「もう…!」と雪藍は真っ赤になって彼の胸を叩くが、その瞳は潤んで、熱を帯びていた…。
二人の影が、月光の下でゆっくりと一つに重なっていった。




