表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/100

「天女の舞い降りる夜」

章1:嫉妬の炎と、秘密の微笑み


宴の間、宮殿の燭光が柔らかく揺れる中、皇太子朱華とその妃・雪藍は席についた。

周辺国の使節に随行する女性たちの視線が、朱華の端正な姿に釘付けになり、思わず息を呑む。

朱華は淡く微笑みを返す──そのほほ笑みは、形式に則った礼儀でありながらも、空気を和らげ、女性たちをのぼせ上がらせる。

横に座る雪藍は、そのほほ笑みが形式的なものだと分かっていても、胸の奥に嫉妬の炎を灯す。

机の下でそっと朱華の手を握りしめる雪藍に、朱華はそっと視線を向け、愛情に満ちた微笑みを返した。

その一瞬が、雪藍にとって何よりの祝福であり、安心でもあった。


時が流れ、宴の雰囲気が一段と盛り上がる頃、雪藍は化粧を直すため席を立った。

朱華はすぐに戻るだろうと待ち構えていたが、時間が経つにつれ不安が募る。


そしてついに、宴の華である「鳳凰舞」の刻が訪れた。

舞台に上がったのは──予想を超えて、この日のために仕立てられた特別な衣を纏った、雪藍だった。


章2:鳳凰の舞、香りのラブレター


(……どうか、最後まで舞いきれますように)


薄絹の重ね衣には金糸で鳳凰や雲紋が刺繍され、袖の先端には小さな鈴が揺れる。

舞うたびに微かな音が響き、神聖さと静寂の対比が際立つ。


(この音が、私の鼓動を隠してくれますように)


足元には薄く散らされた花びらと金粉が光を受け、舞うたびに光と影が揺れた。


観客は息を呑み、香炉の煙、月光、微かな風が舞う空間を漂い、髪や衣装をかすかに揺らす演出に息を飲んだ。


(朱華様……見ていてください。これは、あなたのための舞です)


舞台から、三種の香りが時間差で広間へと流れ始めた。

朱華はその香りを吸い込んだ瞬間、息を詰めた。


(沈丁花…俺と雪藍が出会った、あの夜明けの香り。梅香…彼女の故郷、額田の香り。そして白檀…俺が、あいつの魂に触れた、あの香室の香りか…! 全て、俺たちの物語ではないか…!)


雪藍の舞は、ただ美しいだけでなく、二人の愛の歴史そのものを香りで表現した、朱華への究極のラブレターだった。


音楽は編鐘、古琴、笙、鼓が静と動の緩急をつけ、観客の呼吸や鼓動に呼応するような間を意識して演奏される。舞のピークで楽が一瞬止まり、会場は雪藍の衣擦れや袖の音、そしてかすかな香の香りだけに包まれ、緊張感が極まった。


(……今、この一瞬にすべてを込める)


雪藍は袖を翻し、足を滑らせ、視線を巧みに伏せながら舞う。


(朱華様だけに、この心を見せたい)


そして、朱華にだけ見えるようにウインクを交えたその瞬間、彼の心臓は本当に止まるかと思うほど高鳴った。

胸の奥で火花が散り、全身の感覚が雪藍に集中する。


(……気づいてくれた)


手を握りしめたくなる衝動を抑え、朱華は机にそっと手を置き、息を呑んだ。

雪藍の微笑み、瞳、香、そして舞そのものが、彼の理性を跡形もなく溶かしていった。


章3:天女への讃辞


「美しすぎる…雪藍…お前はどうして…こんなにも俺を惑わせるのだ…!」


心の中で呟く朱華の声は、舞台の華やかさにも勝るほど熱を帯びる。舞う雪藍の袖の先の鈴が奏でる微かな音まで、まるで彼女の鼓動を伝える合図のように響いた。


皇上は静かに舞を見つめ、一言呟いた── 


「美しいな」。


皇后も微笑み、朱華に向かってささやく──


「よくご覧なさい。あなたの妃であり、今宵、天から舞い降りた天女の化身ですよ」


(天女……そんな大それたものではない。ただ、あなたのために舞う女です)


雪藍は心の中で、そう呟いた。


舞が終わると、会場は盛大な拍手に包まれた。

その拍手の中、蓮花は一人、顔を蒼白にして立ち尽くしていた。扇を握りしめる指先は、白く震えている。


「ありえない…あんな、香女ごときが…天女…だと…?」


プライドも、家の威光も、すべてを打ち砕かれた完全な敗北。彼女は、周りに合わせて力なく拍手をしながらも、その瞳からは光が消えていた。


朱華の心臓はまだ高鳴り続け、雪藍が放つ香と神々しい姿の余韻に浸っていた。


章4:二人だけの夜


静月殿に戻ると、朱華と雪藍は二人きりになる。

雪藍は舞の練習を隠していたことを詫び、朱華は微笑んで答えた。


「お前が侍女たちと何か隠していることは気づいていた。しかし、まさか今宵のことだったとは」。


そして朱華は雪藍をこれでもかと褒め称え、胸の内の愛情を言葉に乗せた──


「雪藍、お前の舞はただの芸ではない。天と地を結び、俺の心を震わせた。袖の翻し方、足の運び、視線のすべてが、俺を惑わせ、心を奪った。お前は美しい…いや、美しすぎる。俺の妃であるだけでなく、天女そのものだ…。お前の一挙手一投足に、俺の愛は限りなく膨らむ。香りも、息づかいも、すべてが俺の心を満たす。雪藍、お前は俺の理性も忘れさせるほどに官能的だ…」


朱華の目が静かに輝き、まるで初めて恋を知った少年のように、少しだけ照れた、それでいて熱のこもった声で、雪藍の唇に向かって囁く──


「天女様…今宵はわたくしめに口づけを授けていただけませんか?」


雪藍は朱華の胸に顔を寄せ、微笑む──

「いくらでも…」


二人は静かに唇を重ね、香と光、舞の余韻に包まれながら、互いの愛を深く確かめ合ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ