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「夜合香の余韻、甘き朝餉」

夜明けの光が、静月殿の障子からやわらかく差し込んでいた。

初夜を終えた翌朝、朱華と雪藍は小ぶりな卓を挟み、侍女たちの手で整えられた朝餉あさげに向かい合っていた。傍らには、碧葉、葵、菫が控えている。


朱華は湯気立つ椀を手に取りながら、ふと口にする。


「……昨日の雪藍は、積極的で……堪らなかった」


箸を落とし-かけた雪藍が、慌てて顔を上げる。


「っ……! し、しゅ、朱華様、それは……! あ、あれは夜合香のせいで、わ、私のせいでは……!」


朱華は箸をくるくる回しながらにやりと笑う。


「そうか? だが、俺にはどう見ても……香に酔いながらも、お前自身が俺を欲していたとしか思えなかったが」


「ち、違います! わ、私、あんな……っ」


雪藍は耳まで真っ赤にし、両手で顔を覆う。


「思い出すだけで、恥ずかしさで死にそうです……」


その様子を見て、朱華はくすりと笑うと、彼女の椀を取り、粥を匙ですくい、その唇へと運んだ。


「…箸も持てぬほど、昨夜の俺が激しすぎたか? ならば俺が食べさせてやろう。さあ、あーん、だ」


「ち、違います!」と抗議しながらも、雪藍は結局、彼のなすがままに食べさせられてしまう。


その光景に、控えていた侍女たちが息を呑む。


葵が「きゃーっ!殿下が!殿下が雪藍様にあーんを!」と無言で口をパクパクさせ、碧葉が「葵、お静かになさい!」と必死でその腕をつねり、菫が「尊い…」と涙ぐみながら胸の前で手を組んだ。


朱華はそんな様子を楽しみながら、少し低い声で囁く。


「しかし……美しかったな。乱れる雪藍が、俺の目に焼き付いて離れない」


「~~っ! もう、やめてくださいっ! 侍女たちの前で……!」


雪藍は朱華の袖をぎゅっと引き、涙目で抗議する。


「人がいようと構わない。俺の妃を褒めることの何が悪い」


朱華はわざと大げさに眉を上げ、箸で雪藍の手に軽く触れる。


「こ、こまります……っ、本当に……!」


朱華はにやりと笑うと、雪藍の耳元にだけ聞こえる声で、とどめの一言を囁いた。


「ほう…? では、俺の心を全て奪うと宣言した、あの猛々しい雪藍は、香が見せた幻だったと?」


「~~~っ!」


昨夜の自分の大胆なセリフを引用され、雪藍はもう反論の言葉も見つからず、ただ顔を真っ赤にして固まってしまった。


朱華は満足そうに小さく唸ると、からかうような笑みをふっと消し、彼女の手を優しく取った。

そして、その指先に、一つ一つ、慈しむように口づけを落とした。


「…もうからかわぬ。だが、覚えておけ。香のせいだろうと、お前の意思だろうと、昨夜のお前は、俺の生涯で最も愛しい女だった。…そして、それは今朝も、これからも、決して変わらない」


不意打ちの、あまりに真摯な愛の告白。雪藍は胸の奥がじんと熱くなり、潤んだ瞳で朱華を見つめ返した。


朱華は椀を置き、改めて雪藍に向き直る。


「……だが、本当に幸せだ。こうして隣にお前がいる朝が来ることが。戦場にいた頃は、こんな朝が来ることだけを夢見ていた」


その言葉に、雪藍はこくりと頷き、囁くように返した。


「……私も……同じ気持ちです」


その穏やかな光景に、侍女たちは互いに顔を見合わせ、幸せそうな微笑みを浮かべた。

葵は「ご馳走様です…」と感涙に咽び、そんな葵の背中を、碧葉が呆れながらも優しく撫でてやっていた。


朝の光が二人を包み、夜合香の名残を淡く漂わせながら、静月殿には甘やかで少しドタバタの、幸せいっぱいの朝のひとときが満ちていた。

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