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「婚礼の支度、絆を深めて」

章1:勅命の光と紅衣の試し

澄み渡る朝の空に、鐘の音が重々しく響いた。

その音とともに皇上の勅命が下され、朱華と雪藍の婚姻は正式に許され、都中へと告知された。


「――正式に、皇上が認められたのだ」


女官や宦官たちが慌ただしく行き交い、殿中は一気に華やぎと緊張に包まれる。

煌びやかな衣装や調度が運び込まれ、婚礼に向けた準備が一気に始まっていった。


雪藍は、しばしその場に立ち尽くした。

まるで夢の中にいるような心地だった。

――本当に、妃として朱華の隣に立つ日が来るのだろうか。

胸の奥から熱があふれる一方で、不安もまた大きく膨らむ。


そんな雪藍を見つけた朱華が、迷わずその背を抱き寄せた。


「まだ夢のように思うか?」


低い囁きは耳朶をかすめ、雪藍の震えを和らげてゆく。


「……はい。皇上がお認めくださったとはいえ、わたしなどが……」


言いかけた唇に朱華の指先が触れる。


「やめろ。お前が誰よりもふさわしいと、父上も俺も知っている」


その声に包まれると、胸に溜まっていた不安が少しずつほどけていった。


ほどなく女官たちに伴われ、雪藍は衣装合わせの間へと案内された。

目の前に広げられたのは、鮮やかな紅衣。

金糸の刺繍が陽光を受けてきらめき、裾には吉祥文様きっしょうもんようが重ねられている。

あまりの豪奢ごうしゃさに、雪藍は思わず足をすくませた。


「……わたしに、このような衣が似合うはずも……」


女官がそっと袖を通させる。衣の重みが肩にのしかかり、鏡に映った自らの姿に、雪藍はただ息を呑んだ。


その時――

障子の向こうから、よく知る声が響いた。


「衣装に気圧されるな。お前の方が幾千倍も美しい」


雪藍は真っ赤になり、思わず女官たちを見回した。

皆、顔を伏せながらも微笑みを隠している。


「朱華さま……! お聞きになっていたのですか」


「声がすると思えば、俺の雪藍が自信をなくしていたからな」


障子越しに伝わる気配は、確かに雪藍を見つめている。


「衣など飾りだ。俺が欲しいのは、どんな姿でも雪藍だけだ」


低く甘やかな言葉が胸に沁みて、雪藍の頬はさらに熱を帯びた。


女官がそっと囁く。

「妃さま……どうぞ、ご自信を」


雪藍は照れながらも、紅衣の裾を握りしめ、小さく頷いた。

その姿を見て、障子の向こうから「愛しい」と呟く朱華の声が聞こえた。

それだけで、心が溶けてしまいそうだった。


章2:額田の父母へ、初めての香り

薄紅の紙に筆を滑らせる雪藍の手は、わずかに震えていた。


「朱華様……私、きちんと書けるでしょうか……」


朱華はそっと背後から手を重ね、指を絡める。


「大丈夫だ、雪藍。お前の心をそのまま伝えればいい」


低く囁く声に、雪藍の頬が朱に染まる。


勅使を通じ、皇上より婚姻が正式に認められたことを知らせる文が額田へ届けられる。

雪藍はそれに添える、両親への私的な文をしたためるのだ。


「父上、母上……私、朱華様の妃として認められました」


文面にそう記すたび、胸の奥が熱くなる。


「父母が喜んでくださるかな……」


小さな声が零れると、朱華はそっと頬に唇を寄せる。


「雪藍……喜びも悲しみも、全部俺と一緒に味わえばいい」


雪藍は筆を置き、朱華に体を預けた。


「……私、父母が誇れる娘でありたい」


「誇りどころか、璃州一の宝だ」と朱華は抱きしめ、耳元で甘く囁く。


やがて文は勅使によって額田に届けられ、数日後、両親から返書が届いた。

手紙と共に、小さな桐の箱が添えられている。雪藍がおそるおそる蓋を開けると、中には小さな香袋が一つ、大切に納められていた。

そこから漂ってきたのは、懐かしい、不器用で、けれど優しい香り。


雪藍は、返書に目を落とした。


『雪藍、お前の決意を誇りに思います。同封したのは、お前が幼い頃、初めてその小さな手で調合した「初めての香」です。これを初めて嗅いだ時、私たちは、お前が自分の道を歩むことを知った。殿下と共に、お前だけの、最高の香りを創りなさい』


その文字に、雪藍は涙を堪えきれず嗚咽し、朱華の胸に顔を埋めた。


「父母も、私を見守ってくれている……」


「そうだ、お前の幸せは俺の幸せ。俺がずっと守る」


夜、寝所で朱華と並ぶ雪藍の手は、まだ返書の紙を握りしめていた。

指先を絡め合い、二人は静かに朝を待つ。


「朱華様……私、どんな困難でも、隣にいれば恐くないです」


「そうだろう。俺が隣にいる限り、何も怖くはない」


額田の両親の思いも胸に、雪藍は朱華に身を預け、甘くも温かい夜に包まれて眠りにつくのだった。


章3:抑えきれぬ想い

雪藍は鏡の前に座り、女官たちの手で豪華な婚礼衣を一枚また一枚と重ねられていった。絹の衣が重なり、刺繍の金糸が燦めくたび、彼女の肩は小さく縮こまる。


「こ、こんなに華やかな衣……やはり私には似合わぬ気がして……」


雪藍の呟きに、そばで控えていた朱華が軽く扇を打ち鳴らすように声をかけた。


「似合わぬ? ……ふっ、雪藍。鏡を見てみろ。

衣が主を飾るのではない。主が衣を凌ぐのだ。衣が霞んで見えるほどに。」


その言葉に女官たちが一斉に頬を染め、針を持つ手がぴたりと止まった。


「殿下……そ、そんな……」

「まあ……直に仰るなんて……」


さざめく小声に雪藍の耳まで赤くなり、慌てて鏡から視線を逸らした。


「朱華さま、人前で……!」


そのとき、ふと飾りの簪がするりと外れ、雪藍の黒髪がさらさらと肩へ流れ落ちる。

女官たちが「あっ」と小さく声をあげた瞬間、朱華は歩み寄り、ふわりとその髪を抱き寄せた。


「……雪藍。これでは、嫁に行く前に俺がさらいたくなる。」


囁きが耳元に落ち、雪藍は瞳を瞬かせて固まった。女官たちは顔を見合わせ、「きゃっ」と声を抑える。


「も、もう……っ! 人前で……」


「だからこそ、抑えが効かない。」


朱華の低い声に、女官たちの胸も妙に高鳴り、針を落としそうになる者までいた。


「も、申し訳ございません……あの……我らの方が心臓がもちませぬ……」

「し、しばし休憩を……」


顔を真っ赤にして退散する女官たちを見送りながら、雪藍は「みんなを困らせてしまいました…」と俯く。


しかし朱華は唇に微笑を刻み、雪藍の黒髪をそっと指に絡めた。


「困らせたのは俺だ。……だが、抑えきれぬほどおまえを愛している。それを知ってほしいだけだ。」


雪藍は頬を染め、鏡越しに映る自分と朱華の姿に、胸の奥が熱くなるのを覚えた。


夜。

東宮の奥、朱華の寝所には金糸を織り込んだ帷が柔らかく垂れ、香炉の白煙が静かに漂っていた。

朱華は雪藍の手を引き、緋色の几帳を押し分けて寝所へ迎え入れる。


「……やっぱりお前は、こっちにいる方が似合うな」


金灯の揺らめきの下、朱華の視線が雪藍を射抜く。婚儀前だというのに、まるで妻のように寄り添う姿に、胸が熱を帯びる。


雪藍は几帳の外で立ち止まり、頬を染めて囁いた。


「ここは朱華様のお部屋……私がいてはならぬ気がいたします」


「馬鹿を言うな。もう婚儀は決まっているんだ。誰に遠慮が要る?」


そう言って朱華は雪藍の手を強く引き、寝台の傍らに腰を下ろさせると、自分も隣にぴたりと寄り添った。


「式なんて待たなくても……俺はもう夫婦のつもりだ」


その低い囁きに、雪藍の胸が大きく跳ねる。


「……朱華様、お戯れを」


「戯れじゃない。本気だ」


朱華は腕を回し、雪藍を抱き寄せた。絹が擦れ合い、雪藍の吐息が小さく漏れる。


「正直なところ……明日にでも式を挙げたい。いや、今夜でもいいくらいだ」


拗ねたような声音に、雪藍は思わず笑みを零した。


「朱華様らしいお言葉です」


「らしい、じゃない。……俺は、お前を待つのがつらい」


その真剣さに押され、雪藍は朱華の胸にそっと額を寄せた。早鐘のような鼓動が伝わり、さらに頬を赤らめる。


「……では、式が終わりましたら……その時は、好きなだけ……」


朱華は驚いたように雪藍を見つめ、それから喉の奥でくぐもった笑いを洩らした。


「……雪藍、言ったな。覚悟しておけ」


雪藍は視線を伏せ、恥じらいながら小さく頷いた。


二人の指が絡まり合い、夜の静けさが二人を包む。


「……雪藍。俺がずっと隣にいる。お前は何も恐れるな」


その言葉に、雪藍は安堵の吐息を洩らし、灯火の揺れる寝所で静かに瞳を閉じた。


――盛大な婚礼の準備は外で進んでいる。

だがこの夜、二人にとってはただ互いの存在こそが、なによりの約束だった。


章4:永遠の誓い、式の前夜

都じゅうが浮き立つような熱気に包まれていた。

朱華の私室の窓からは、街道に張り巡らされた紅の布や、金の灯籠が風に揺れる様子がかすかに見え、

遠くからは太鼓や笛の音、人々の笑い声が重なって届く。

婚礼の華やぎが、部屋の中までほんのり染み込んでくるようだった。


部屋の隅では、女官たちが衣装の最終調整をしていた。視線は手元にありながらも、耳は二人の会話を逃さない。


雪藍は窓辺に座り、朱華の腕に抱かれながらそっと呟く。

「……まるで、自分のことではないみたいです」


朱華は肩越しに微笑み、背を包み込むように腕を回す。


「考えすぎだ、雪藍。俺が隣にいる。どんなざわめきも、どんな視線も、全部俺が受け止める。

お前はただ笑っていればいい」


雪藍の頬が熱くなる。胸の奥で甘い緊張が膨らみ、震える声で返す。


「朱華様…」


朱華はそっと顎に指をかけ、まっすぐに瞳を合わせる。


「不安なんて抱かなくていい。俺がいる限り、お前を泣かせたりはしない。何があっても守る。それが俺の誓いだ」


雪藍の胸は熱くなり、涙が滲む。


「…私、幸せです。怖いくらいに」


朱華は雪藍の髪をすくい上げ、指先で夜の香りをたぐるように撫で、耳元に低く囁く。


「怖いなら、余計に俺のそばにいろ。離さないからな」


その言葉に雪藍は思わず身体を密着させ、朱華の胸に顔をうずめる。朱華も自然に腕を回し、逃げ場を奪うように抱き寄せる。


「……お前の匂い、ずっと吸っていたい」


「……朱華様……」


雪藍の息が荒くなる。朱華は髪に顔を埋め、額にそっと口を寄せた。


二人はそのまま寝所に戻り、夜の帳の中で指を絡めながら、互いの鼓動を確かめる。


「明日、皆の前で、お前を俺の妻にする」


「はい……朱華様。私はもう、あなたに心を差し出しています」


朱華は笑みを浮かべ、雪藍の髪を撫で、耳元に唇を寄せる。


「お前が笑うだけで、俺の世界は全部輝く。だから、ずっと笑っていろ」


雪藍は頬を朱華の胸に擦りつけ、甘く息をもらす。


「はい……朱華様の腕の中なら、ずっと笑っていられます」


朱華はその小さな声に頬を緩め、耳朶や髪に軽く口づけを落とす。


「俺のものだ、雪藍。誰にも渡さない」


その独占の言葉に雪藍は胸をきゅうと締め付けられ、赤面しながらも顔を朱華の胸に押し当てる。

互いの熱を感じながら、唇が触れるたび甘い余韻が部屋に漂った。


やがて二人は、互いの呼吸を確かめながら静かに眠りにつく。

外では夜警の太鼓が響き、遠くで花火がひとつ弾けた。都は婚礼の朝を待ちわび、息を潜めていた。


――そして、永遠を誓う日の幕が、静かに近づいていた。

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