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「村での歓迎」

章1:村の歓迎と手の甲の誓い

春の夕暮れ、馬車の一行が小さな村に入った途端、ざわめきが広がった。


「皇太子様だ!」

「村にいらしてくださったぞ!」


人々は仕事の手を止め、子どもたちは走り寄り、まるで祭りの夜のように道が賑やかに彩られていった。


従者たちが慌てて子どもを制止しようとするも、朱華は軽く片手を上げ、静かに言った。


「構わない。これは村人たちの歓びの表れだ。子どもたちの純粋な心を、摘んでやる必要はない」


その声に従者たちは一歩下がり、子どもたちは皇太子の馬車の周囲に群がった。


「ねえねえ! 皇太子さまのお隣のきれいなお姉さんはだあれ?」

無邪気な声が飛ぶ。


朱華は一瞬だけ隣の雪藍に目をやり、優しく唇の端を上げた。


「この世で、俺にとって一番、かけがえのない人だ」


「かけがえ? なにそれー?」と首をかしげる子どもたち。

朱華は笑いながら子どもの頭を撫で、穏やかに告げる。


「大人になればわかるさ」


朱華は、照れて俯く雪藍の手を、子供たちや村人たちが見ている前で、うやうやしく持ち上げた。

そして、その白い手の甲に、まるで騎士が姫に誓うかのように、深く、長い口づけを落とす。


挿絵(By みてみん)


雪藍は「しゅ、朱華様…っ!こ、子供たちの前で…!」と真っ赤になるが、朱華は悪びれもせず微笑むだけ。その横顔はどこまでも誇らしげだった。


やがて雪藍は懐から都で用意してきた小さな包みを取り出し、子どもたちに手渡した。


「甘い飴なの。皆で仲良く分けてね」

「わーい! ありがとう、お姉さん!」


雪藍が頬を染めて微笑むと、群衆の大人たちは囁き合った。


「皇太子様は、なんと慈愛に満ちていらっしゃる……」

「そして、隣の娘御も、ただ者ではないな…なんと気品のある…」


二人の姿は、村人たちの目に眩しく映った。


章2:囲炉裏の暖と、内緒の返事

その夜、朱華と雪藍は村長の家に迎えられ、手厚いもてなしを受けた。

素朴な囲炉裏の火に照らされた食卓には、香ばしく焼かれた肉が並んでいた。

子どもたちも囲炉裏の傍に座り、箸を握る雪藍をじっと見つめていた。


「ねぇ、お姉さん! 皇太子様と、結婚するの?」


無邪気な声に雪藍は顔を真っ赤にして言葉を失い、箸を持つ手がぴたりと止まった。

朱華はそれを楽しむように微笑み、雪藍の肩にそっと手を置き、余裕たっぷりに答える。


「さあ、どうだろうな?」


子どもたちは「えーっ!」と不満そうな声を上げる。


雪藍が(もう、からかって…)と、机の下で彼の着物をきゅっと掴んで抗議すると、朱華はそれを待っていたかのように、彼女の手をそっと握り返した。

そして、親指で、彼女の手のひらに『そうだ』とばかりに、優しく円を描く。

雪藍は、その内緒の返事に心臓が跳ね上がり、さらに俯いてしまう。


「これは……初めての味だな。何の肉だ?」


と朱華が尋ねると、村長が少し恐縮したように答えた。


「蛙でございます。鶏肉に似ておりますが……お気に召すかどうか」


「蛙か!」と朱華は豪快に笑い、一切れを大きく頬張る。「うむ、悪くない。むしろ旨いではないか!」


雪藍は箸を持つ手を一瞬止め、蛙の姿を思い浮かべて小さく身をすくめた。

その様子に気づいた朱華が、雪藍の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえぬように囁いた。


「安心しろ。俺が先に毒味をしてやった」


いたずらっぽい声に、雪藍は思わず顔を赤らめる。


「わ、私も……一口だけ」


恐る恐る口に含むと、ふわりと鶏肉に似た食感が広がった。


章3:癒される心

その横で、村長の妻がひそやかに雪藍の耳元に囁いた。

「まあ、まるで花嫁さんのように、お美しいこと」


その言葉に、雪藍の胸がちくりと痛んだ。

(昔は「美しい」と言われることが、家のための鎖のように感じられたのに……ここの人々の言葉は、温かい陽だまりのようだ)

雪藍は思わず頬を染め、朱華はその反応にくすりと笑みを浮かべる。


「だろう? 雪藍は臆病な顔をして、案外と勇敢なのだ」


笑い声と温かな食卓に包まれる中、雪藍はふと幼い頃のことを思い出した。

生まれた額田の家――かつては名家と謳われたが、今は没落してしまった家。家族は体裁と古き名ばかりに縋り、彼女自身は「家格を飾る器」として扱われていた日々。


だが今、朱華の穏やかな瞳と、村人たちの温かな視線に包まれ、雪藍は胸の奥にじんわりと温もりを感じていた。


「…この村は、私の知らなかった優しさに満ちてています」


自然とこぼれたその思いに、朱華は微笑みを深め、手をそっと握り返す。


「雪藍、お前が心から笑うと、世界が少しだけ優しくなる」


その言葉に、雪藍は小さく息をつき、胸の奥のもやもやがすっと晴れていくのを感じた。


章4:星空の下で

村長の家からの帰り道。二人は、満天の星が降る夜道を、手を繋いで歩いていた。


「…今日の日のこと、わたくし、きっと一生忘れません」


雪藍がぽつりと呟くと、朱華は立ち止まった。


「俺もだ」

彼は、雪藍の瞳をまっすぐに見つめて言った。


「…お前が笑うと、俺の世界が優しくなる。だから、これからも、もっと笑え。俺のためにな」


そう言うと、朱華は雪藍をそっと引き寄せ、その額に、深く、長い口づけを落とした。

それは、その日の幸福な記憶を封じ込める、誓いのような口づけだった。


こうして、春の夜は静かに更けていく。

村人たちの歓声と温もりに包まれ、朱華と雪藍の心はゆっくりと重なり合い、額田への途はただの旅路ではなく、二人の絆を確かめる時間となったのである。

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