「最終章・第三部:黎明の産声③」
第三話:真実の絆の物語
あれから、三年。
璃州国には、穏やかな日々が戻っていた。北の脅威は去り、朱華は皇太子として、父である皇上を支え、国に新たな繁栄をもたらしていた。
静月殿の庭には、いつも子供たちの楽しげな笑い声が響いている。
「こら、黎様!お待ちくださいませ!そちらへ行ってはなりませぬ!」
侍女の葵が、少し腕白な兄王子を、半泣きになりながら追いかける。
黒曜石の瞳を持つその子は、父である朱華によく似て、幼いながらも凛々しい顔立ちをしていた。
「まあ、葵ったら。瑠璃姫様が、驚いてしまいますわ」
碧葉が、まだよちよち歩きの妹姫を、優しく抱き上げる。
瑠璃色の瞳を持つその子は、母である雪藍の面影を宿し、生まれながらにして、花の香りに敏感な、不思議な才を持っていた。
「ふふ、二人とも、本当に元気ですこと」
雪藍は、縁側でお茶を飲みながら、その光景を、どうしようもないほどの愛おしさに満ちた瞳で見守っていた。
「全くだ。俺の妃の時間を、あの二人に奪われてばかりで、少し妬ける」
隣に座る朱華が、わざとらしく拗ねてみせる。
そして、雪藍の肩を抱き寄せると、その唇に、甘い口づけを落とした。
少し離れた場所では、凛と碧葉が、その光景を微笑ましく見守っている。
十八歳となった凛の灰色の瞳には、もはや氷の影はなく、ただ、家族を見守る青年の、穏やかで温かい光だけが宿っていた。
「姉上も、兄上も…本当に、お幸せそうだ」
その呟きに、碧葉はこくりと頷き、凛の手に、そっと自分の手を重ねた。
凛は、その温かい手を握り返すと、視線は幸せそうな家族の姿に向けたまま、静かに、しかし確かな決意を込めて、碧葉にだけ聞こえる声で囁いた。
「…碧葉。…俺も、いつか、お前との子を、兄上のように、この腕で教えてみたいものだ。剣の、使い方を」
その、あまりに不器用で、しかし、これ以上ないほど真摯なプロポーズの言葉に、碧葉は息を呑んだ。
彼女の瞳から、一筋、幸せの涙がこぼれ落ちる。
彼女は、何も言わず、ただ、繋がれた凛の手に、ぎゅっと力を込めて応えるだけだった。
その日の夕刻。
庭では、朱華が息子の黎に、木剣の手ほどきをしている。
雪藍は、娘の瑠璃を腕に抱き、その様子を眺めていた。
瑠璃は、雪藍が髪に挿した白梅の花の香りを嗅いでは、きゃっきゃっと嬉しそうに笑っている。
凛と碧葉が、その隣に寄り添い、侍女たちが、楽しげに菓子を運んでくる。
それは、血の繋がりを超えた、「本当の家族」の、完璧な肖像画だった。
やがて、朱華は稽古を終えると、雪藍の隣に腰を下ろした。
彼は、雪藍の腕の中にいる娘を覗き込み、そして、自分の足元で剣を振るう息子を見つめる。
その瞳は、国の未来を見据える王のものではなく、ただ、愛する家族の幸福を噛みしめる、一人の男の顔をしていた。
彼は、雪藍の肩を抱き寄せると、子供たちを腕に抱いたまま、その唇に、静かに、しかし深く、口づけを交わした。
夕陽が、彼らの姿を、黄金色に染め上げていく。
「ここからが、我らの本当の物語の始まりだな」
その朱華の言葉に、雪藍は、最高の笑顔で、こくりと頷いた。
偽りの罪にまつわる物語は終わり、ここから始まるのは、真実の絆で結ばれた、永遠に続く、愛の物語。
その確かな予感を胸に、二人は、ただ、静かに、幸せの時を分ち合うのだった。




