09_親睦と偽装
ゴールデンウィークに入り、あっという間に約束の日を迎える。
ショッピングモールで遊ぶということだが、翼としてはあの3人と共に大勢の目に触れるのはかなり気遅れする。
彼女たちの背後に溶け込むのに恥ずかしくない服装として、スマートカジュアルな服を選んだ。ライトグレーのオープンカラーシャツとネイビーのチノパンというなんとも無難な感じだ。何を着てもあの3人に見劣りするに違いないので、諦めて区切りをつけ玄関を出た。
そわそわと落ち着かないまま待っていると、心桜が玄関の扉を開けて出てくる。
彼女はクリーム色のニットに身を包んでいた。編み目の立ったタートルネックが首元まで優しく覆い、袖口に向かって広がるバルーンスリーブが、春の陽気を含んだように柔らかく揺れている。
スカートは淡いミントグリーンのチュール。いくつもの薄布が重なって、歩くたびにふわりと春風になびいて広がる様子は、彼女の柔らかな空気にとてもよく似合っている。
「よ、よろしくお願いします。お洋服、とてもよくお似合いです」
「ありがとうございます」
翼は心桜の着飾った姿に一瞬見惚れてしまい、挨拶すらスムーズにいかなかった。自分でも挙動不審すぎて、先が思いやられる気分である。
ただ心桜は特に照れるわけでもなく、さらりと微笑んで返答してくれた。
「い、行きましょうか」
「はい」
ずっと直視するのもなんだか気まずく、先導するようにエレベーターへ向けて歩き始めた。普段は心桜の後ろについていることが多いので、新鮮な気分のまま、赤くなっているであろう頬から熱を抜くように手で顔を扇いだ。
今回は現地集合という事で、律儀な翼と心桜は約束の時間よりも少し早くショッピングモールに到着した。
ここまでに至る間も特に会話が弾むことはなく、それはいつも通りであるはずなのにかなり気まずかった。道中ずっと心桜が多くの視線を集めていたため、仕事モードに切り替えて気を紛らわせていなければ、また妙に落ち着きのないさまを心桜に見られていたことだろう。
これで女子3人と歩けるのか胸一杯に不安を抱えていると、「おーい」という快活な声が少し遠くから聞こえた。
「お待たせ~!おお、心桜ちゃんの私服めちゃかわだねぇ~!」
「アリアさんと凛乃さんはお綺麗ですね。スタイルの良さが際立ちます」
「デカいならこういう時に使わないともったいないからね。他にいいことないし」
「待たせたな」
「いえ。そこまで待ってませんから」
「小宮くんは、まぁ、普通だね」
「す、すみません」
「いや清潔感あっていいと思うよ。バチバチにキメてるのを見て爆笑してみたかったけど」
そうアリアがおどけるように笑うと、より一層周りの視線を集めているのを感じた。
もとより心桜ひとりでも、通行人すべてが控えめながら視線を向けるほどであった。そこに全く属性の違うモデルのような2人が並べば、注目を集めるのは当然の成り行きと言える。
アリアは白のシアーシャツを着ており、それを明るい色のウォッシュワイドデニムにタックインしている。ハイウエストの位置でシャツが軽くふくらみ、ウエストラインを強調しながらも抜け感を演出している。若干着崩したようなカジュアルさが、彼女の朗らかな雰囲気とぴたりと重なっていた。
一方の凛乃はまさに大人な雰囲気で高校生離れしている。モダンな白黒のストライプシャツを下で結び、前を開けて軽く袖をまくったそのスタイルは、どこかこなれた空気を纏っている。
インナーはブラックのリブタンクトップで、ウエストから脚先まで無駄のない黒のスキニーパンツと自然につながっていて、スタイルの良さが際立っている。
周りとは一線を画す、雰囲気のある2人は特に翼を気にすることもなく心桜と談笑している。話しかける事すら躊躇われるような3人の空間に、この人たちと歩くのか……とさらに気が重くなった。
「さぁ~今日は楽しんでいこう!」
話が一区切りしたのか、そう言ってガッと凛乃の二の腕にくっつくアリア。「おい」と凛乃から牽制されるも笑って流している。仕方なく受け入れたのか、凛乃はそのままアリアを引っ張るように歩き始めた。
「なら調理器具でも見に行くか?」
「そうですね、お願いします」
まずは心桜から話が挙がっていた料理用の小物を見に行き、雑貨に服にとあれこれ見て回る。
心桜が外に出られる機会が限られていることもあり、アリアがあちらこちらへ引っ張り回している。心桜はそれを嫌がらず微笑を浮かべているので楽しんでいると窺える。
そうやって買い物を続けていれば都度都度購入品が増えていくわけだが、翼が増えていく荷物を心桜の手からするっと全て抜き取る。
すると心桜から申し訳なさそうな顔をされるので、笑って誤魔化すの繰り返しだ。真崎の令嬢、さらには主人に荷物を持たせるわけにいかないので荷物持ちに徹した。ちなみに凛乃からは「私に気を遣うな」と目で制され、アリアの分は凛乃が奪い取るので、翼は心桜の分だけ持っている。
そうやって様々なショップをそれなりに回ったあと、凛乃の提案で休憩をかねてカフェに入り、アリアが座って一息ついた。
「いやぁ、小宮くんいると楽でいいね。ワタシら2人だと普通に話しかけられるし。まぁ凛乃ちゃんが全部追っ払ってくれるけど、面倒は面倒だからさ」
「お前は気張りすぎだがな。追い払うにしても数が多い。少しは休め」
「ありがとうございます」
「す、すみません、気付かなくて」
「ワタシもそこら辺は凛乃ちゃんに甘えてるからねぇ。そんなに多かったの?」
「未遂がほとんどだな。護衛よろしく軟派者に立ちふさがって通さないようにしているのは何回も見たが」
「うへぇ、近くにいないと思ったらそんなことやってたんだ」
「これがおれの仕事ですので」
「熱心過ぎるよ~今日ぐらい楽しんでも罰は当たんないと思うけどねぇ」
「それにわたしの荷物まで持たせてしまって……」
「全部おれがやりたくてやっています。気にしないでください」
気を病む心桜を見てピシャリと言い放つ翼。
バリバリの仕事モードで平静を装ってはいるが、そうでもしないと落ち着かないのが本当の所だ。美人に囲まれながらのショッピングなど場違い感マックスだし、近寄ってくる人が見えてしまえば真っ先に牽制するために体が動く。なので荷物持ち兼身辺警護でこのまま過ごせれたら翼としてもありがたい。
そんな護衛に徹する翼を見て、アリアが口笛を吹く。
「ひゅ~やるねえ小宮くん。こりゃあ余計なお節介でもやろうかな」
「……自重しろよ」
「分かってるって。凛乃ちゃんは優しいなぁ~もう」
アリアのいたずら心に釘を刺すよう凛乃が一言告げる。
具体的に何と言わなくても通じ合っている2人を見て、翼が思ったことを言った。
「おふたりは本当に仲がいいですね」
「ん~まぁいかがわしい仲だからね」
「は?」
「え?」
アリアの言葉を受けて翼と心桜が呆けた声を出す。
すかさず凛乃が「おいお前」とアリアの頭をはたいて、訂正するように不服な視線を向けた。
「あたっ、嘘は言ってないもーん」
「い、いかがわしいとは?」
「小宮くん気になる?ワタシと凛乃ちゃんのカ・ン・ケ・イ」
「え、えっと」
「ワタシたちぃ~恋人なのぉ……って言ったらどうする?」
ニマニマと笑みを深くして翼から目を離さないアリア。翼はどう答えていいのか分からず視線をさまよわせているが、背中から変な汗が吹き出すのを感じた。
そんな窮鼠のような翼の様子を見て満足したのか、ぷはっと大きく笑い声を上げて「ごめんごめん」とアリアが言った。
「からかい過ぎたね~まぁ匂わせてる感じだよ。心桜ちゃんほどじゃないけど昔から面倒で面倒で」
「そういうことなら……おふたりならとても想像がつきますね」
「それに凛乃ちゃんは女子にもめちゃくちゃモテるからね」
「なるほど、おれでも分かる気がします」
「分からないでほしいがな……」
翼が素直に頷くと、凛乃がどよーんと辛気臭いオーラを身にまとい始めた。普段全く見せない表情のため、それを見た翼は驚くとともに、相当大変だったんだろうと予想できる。
「同性だと扱いにも困るしで、さすがの凛乃ちゃんも困っている所でね、ワタシも寄ってくる男が面倒だったから、偽装しない?って話をしたってわけ」
つまりは『偽装同性カップル』になるのだろう。周りを牽制しているっていうのは男性のみに留まらなかったというのが予想外ではあったが、確かにこの2人に割って入るのは性別がなんであれほぼ不可能に近いと翼は思った。
ただ、偽装ということを翼にすんなり打ち明けた理由が分からなかったので、アリアに尋ねてみる。
「おれに話してもよかったんですか?」
「心桜ちゃんに言っておきたくてね。でも凛乃ちゃんから小宮くんに言わないだろうから、変にズレるよりもまとめて言った方がいいかなって」
「そう、なんですね?」
「君たちは言いふらしたり、変な勘繰りしないでしょ」
もちろんそんなことはしないと、翼と心桜が真っ直ぐ「はい」と答える。その様子を見てアリアは満足げに微笑んだ。
「毒抜かれちゃうよね~変に警戒しなくてよかったなぁ~って」
「警戒、ですか?」
「言い訳だけどね、小宮くんの昔の評判が悪くてさぁ。こちらとしても結構気を張っていたわけですよ」
「す、すみません」
「小宮さんの……昔の評判?」
「心桜ちゃんは知らなくていいよ。噂は所詮噂だって小宮くんと話してよく分かったし」
それで凛乃の最初の態度も妙に威圧的だったのかと翼は納得する。アリアが告白を決闘に仕向けた件では、信用できるかどうか翼を試す意図もあったに違いない。
ただ、翼自身の過去について地元外にもかかわらず、そこまで調べられているとは思っていなかった。相手に過去を知られていることに引け目を感じつつ、困ったように笑った。
「今のおれの立ち位置も良くはないですけどね」
「あ~それで寄ってこない感じ?こっちと距離とってるもんね」
「周りの目が気になりますので」
「外聞なんぞ気にしないでいい」
「おっ、意外と凛乃ちゃんも小宮くんに絆されてる?」
「……馬鹿真面目を疑う方が疲れるだろ」
「ワ、ワタシというものがありながら!!この浮気もイデデデデ肉体言語はんたーい!」
凛乃がアリアの頭を無言で鷲掴みにして無理やり黙らせる。もはや見慣れた光景になりつつある、そのやりとりひとつをとっても、たとえ偽装とはいえ、2人の間に強い信頼関係が見えた気がした。
凛乃の拘束を逃れたアリアは、しばらく座っていることで体が固まったのか、背伸びしながら心桜に問い掛ける。
「で、心桜ちゃんはまだアレを迷い中?」
「……はい」
「んふふ~これはワタシの出番だね」
「いいんですか?」
「ドーンと任せておきなさい!」
そう胸を叩くアリア。何かのやる気が漲ったのか、善は急げと手元の荷物をまとめ始めた。
アリアを見て察したのか、凛乃が店内を見回してゆっくり立ち上がった。
「混んできたしそろそろ出るぞ」
「んじゃ、再開と行きましょうか!」