07_騒動を経て
とんでもない告白劇が終わり、先輩が去った後、翼と心桜は帰路につく。
校門を出て人気が少なくなってきた通りに入ると、心桜が翼に礼を告げる。
「あの、ありがとうございました」
「いえ。お嬢様にも事情があると承知してますので」
「それはそうですが…でも、ちゃんと返すべきでした。怖くても」
自分の内情を知っている翼に対して、それでも乗り越えるべき壁だったと、心桜が気に病んでいるのが翼にも伝わっていた。
今回の件について翼個人としては、初めての告白対応にしては難しすぎたと思っている。先輩が怒るのも理解できるし、かといって護衛の問題は、確実に心桜の身を危険に晒すので無視できない。はじめからうまくいくとは思っていなかった。
とはいえ心桜の人気を考えれば、今後も告白されることは避けられないだろう。どうすればいいのかと翼も悩んでいると、心桜から疑問を投げかけられる。
「…脚は大丈夫ですか?」
「え?」
「あの方に蹴られたところです」
「ああ、なんともないですよ。それより先輩には悪い事をしましたね」
「悪い事?」
「中々諦めてくれなかったとはいえ、身勝手だったかなと申し訳なく思いますから」
「…なら、わたしもですね」
え?と翼が心桜に聞き返すと、申し訳なさそうな表情で彼女は立ち止まり、翼の方を向いた。
「その…あなたに1つ謝りたくて…」
「私に、ですか?」
全く思い当たる節が無く、自分を指さして呆ける翼。
ただ心桜はかなり重く受け止めているのか、丁寧に腰から体を折って礼をとる。
「…わたしを守ってくれているのに、あなたを悪者にするようなことをして…申し訳なかったです」
そう言われてようやく翼が理解する。
先輩を庇った時の翼への態度を気にしているのは分かるが、翼もやりすぎたと思う部分があるので、恐縮したように手を振る。
「いえ、あれは私もやりすぎたところがありますので気にしてませんよ」
「それでも、ちゃんと謝りたかったんです。あなたは、何度もわたしを助けてくれているのに…」
「気にしないでください。なんなら、嬉しかったですよ」
「…え?」
ああやって、男性にたてつくのも怖かっただろう。怒気と喧騒が渦巻く中で、それでも弱者を庇った心優しいひとだと、翼が胸を打たれたのは間違いない。
告白が終わった後も何度もこちらを気遣って、こうやって主従を超えて礼を尽くしてくれている。
何よりも、翼が仕える主人としてこれ以上ない方だと何度も思わせてくれている。
照れくさくはあるが、気を病んでほしくない意も込めて、軽く頬をかきながら翼は素直に思ったことを告げた。
「私が仕えた方は素敵なひとなんだなって」
「なっ」
「お嬢様のために、この身を捧げたいと、心から思えました」
心から浮かべられる笑みを心桜に向けて感謝と忠義を伝えようとする翼だが、当の心桜は口を引きつらせてぷるぷる震えている。
少しの間視線をさまよわせたのち、翼を置いて足早に歩き始めた。
「お嬢様?」
「な、なんでもないです!」
そう歩いていく様子を見て、ひとまずは気を持ち直されたと翼は安心して、その後を追った。
「どうだった~!?」
そして翌日の朝。いつものように翼と心桜が一緒にクラスへ入ると、早速アリアが事の顛末を聞いてきた。翼の同行を強制したこともあるので、すぐに聞きたかったのは理解できる。
なかなかに波乱万丈だった一部始終を話していると、近くにいた凛乃も静かに聞いていたのか、アリアも含めどちらも面倒そうな表情を浮かべて辟易としていた。
「とんでもないことになったねぇ」
「すみません、おれもこういうのは慣れてなくて」
「だがお前の言い分はもっともだ。今後も続くと思って対策を考えるべきだろう」
「わ、わたしが断ればいい話で」
「まぁそれはそうだけどさ。断るのもめっちゃ神経使うんだよね。心桜ちゃんなら尚更だし、毎回事情を説明するわけにもいかないよねぇ」
「うっ」
「律儀に対応していたら摩耗する。といっても無駄だろうが」
凛乃の言葉に反論が出せず言葉に詰まる心桜。
事はそう簡単に運ばない。『襲われているので無理です』なんて言えるはずもない。そんなことが漏れて学校中に知られてしまえば、少なくない影響が出るに決まっている。
心桜が誠実な女性であるからこそ、「なんで?」と問われればいつかボロがでる可能性が高い。誠意は相手によって利用されやすいので、心桜が傷つく未来が容易く見える。
そこまで考えてアリアも凛乃もどうしたものかと悩んでいるのだが、何かを思いついたのかアリアが翼に声をかけた。
「小宮くんとしてはさ、毎回決闘するのってどう?」
「どう、というのは?」
「大変かっていうのと…負けたりしないよね?」
「今回のようなルールであれば一切心配はいらないかと」
「おお、言うねぇ~!」
そう茶化すアリアだが、実際この『膝をついたら負け』ルールは翼にかなり有利な上、そこまで消耗もしないので懸念はない。
ただ、それに対して心桜は思うところがあるのか口を挟む。
「小宮さんに負担をかけるわけにはいきません」
「って心桜ちゃんは言うと思ってたけど、小宮くんの負担になる?」
「ならないですね」
「だってさ」
「…だとしても毎回こんなことをしていては学校側に何を言われるか分からないでしょう」
「そうだよね~そう思うよね~」
やっていることは手荒な手段ともいえるグレーな行為なので、そう考えるのも当然だ。まだ目立っていないが、これを繰り返していたら必ず大事になる。そうなれば被害は多方面に出てしまう。
そう思案していたら、アリアがぱちっと翼にウインクしてスマホを操作した。
(学校側に手を回すこともできる、か)
アリアは学校のトップの娘だ。その上この学校にはすでに真崎の手が回っている。多少のそういった騒動はもみ消せると言いたいのを察した。
そんなアリアを見て、凛乃が心桜に問いかけた。
「なら代案を思いつくか?これ以上に分かりやすい条件もないだろう」
「凛乃さんまで…」
「実際告白に関して問題が多すぎる。使えるものは使った方が良い。そのための護衛だ」
「いつか慣れた時に心桜ちゃんが対応すればいいでしょ~それまでのつなぎってことで」
「おれは全然大丈夫です」
「でも」
パン!とアリアが手を叩いた。これ以上話していても心桜が退かないことは見えていたので、アリアがささっと話題を閉じる。
「よし次告白があった時に考えよう!」
「…そうですね。わたしたちの早とちりでもありますし」
「そんなことはないと思うけどなぁ…あっそろそろ時間だね」
「ではこの話は終わりだな。席に戻るぞ」
「うんうん。あ、小宮くん」
「はい?」
笑ってスマホを振るアリア。その直後、翼のスマホにメッセージが届く。
何事かと席に戻ってチャットアプリを開いたら、思わぬ文面に翼が口を開けて放心する。
『心桜ちゃんに告白するには小宮くんを倒してから、ってことで噂流しといたからよろしくね~!☆』