05_波乱の幕開け
凛乃とアリアの連携の話を経て、その後は特段何かが変わるわけでもなかった。
しかし異変は翌日の朝、思わぬ形で届いた。
翼と心桜が登校し、いつものように下駄箱に手をかけ上履きを取り出す。
すると、心桜から「え?」と呆けた声が聞こえたので、何事かと翼が駆け寄る。
「どうかされ」
宙に舞うそれを目で追った翼は驚きで固まってしまう。
ひらりと心桜の足元に落ちたのは、1枚の真っ白な紙だった。
(これは……手紙?)
下駄箱に一通の手紙。その状況で思いつくのは――
「ええー!? 入学2週目で告白は早すぎでしょー!?」
「アリアさん! し、静かに!」
しー!っと口に指を当ててアリアに騒がないよう必死で伝える心桜だが、少し離れた席の翼の耳にも届くぐらい目立ってしまっていた。
クラスメイトも何事かと伺うように心桜を見ている。
当事者の心桜としては恥ずかしいらしく、周りを気にするように縮こまっている。
それとは正反対に、アリアは大仰な表情を浮かべており、耳朶を集めても仕方がない状況だった。
そんな心桜を見かねたのか「落ち着け」と凛乃がアリアの頭をはたいて止めに入った。
「あたっ……ごめんごめん。つい興奮しちゃってさ」
「それはもういいのですが……どうしましょう」
「確かに心桜ちゃん狙いなら早い者勝ちって気持ちも分かるなぁ」
「早い者勝ち?」
「うん。いつ盗られるかヒヤヒヤすると言いますか。入学すぐから噂とかもすごかったじゃん」
「……噂、ですか」
「ああ、あいつか」
「そうそう、小宮くんとの噂だよ。まぁそれは何もないって前に聞いたけど。それはそれ、これはこれだもんね」
うんうんと納得しているアリア。
凛乃も事情は理解しているのだろう、反論はないが面倒なという表情を浮かべている。
翼との関係ついては、初週の時点で心桜から公言されていた。
男女で登校していると目立つことこの上なく、早々に誤解は解いておきたかったということで、大々的に『ただの護衛』とお触れ込みされている。
「う~ん、凛乃ちゃんだったらこれどうしたらいいと思う?」
「断ればいい。年上だろうが知らん」
スパッと言い切る凛乃の態度は、一片の迷いもなく清々しい。
凛乃自身も非常に見目麗しい美人なので、実際そうやって過去に何度も断ってきたのが伺える。
しかし誰しもが凛乃のように迷いなく言えはしない。
しかも告白される相手は上級生の3年と、初っ端の相手としては非常にやりづらい。
少し前まで中学生だったものからすれば、高校の上級生は雑に扱えるような人物ではないだろう。
「それはそうだけどさ~今日の放課後だっけ? まだ何も慣れてないのに、知らない先輩と顔合わせるのってやりにくいよねぇ」
やはりその感性についてはアリアが聡く、心桜の身になってあーでもないこーでもないと考えこんでいる。
もちろんアリアも告白シーンには慣れているだろうが、さすがに入学早々から上級生に告白されるという状況は思うところがあるのだろう。
そうやって少し沈黙が流れたあと、アリアが思いついたように「あ、そうだ」と手を叩いた。
「心桜ちゃんもワタシたちみたいに口実作っとこうよ」
「口実?」
「そう。もう相手がいるんですーとか。凛乃ちゃんはアリアちゃんが可愛すぎて他の男なんざ目があいテテテテ!?」
「……学校でその話はするな阿呆」
ガッと容赦なく凛乃がアリアの頭を掴み、慣れた手つきでアイアンクローを決めて無理やり黙らせる。
そのやり取りを見て、ぽかんと目を丸くする心桜。
頭上いっぱいに疑問符を浮かべているかのように首を傾げている。
その心桜の様子を見て凛乃の気がすんだのか、しばらくして拘束を逃れたアリアが、頬をさすりながら苦笑いする。
「ご、ごめんごめん。冗談はさておき……心桜ちゃんはこういうのって慣れてないの?」
「わたしは女子しかいない学校ばかりだったので……あとちょっと男性が……その」
「あ~そうだよね。いろいろ大変そうだもんね」
アリアが『事情は分かっている』と言うように頷くと、心桜がほっと胸を撫でおろした。
心桜が令嬢であることは学校中に知られているが、過去に拉致被害があったことなどはさすがに伏せてある。
大っぴらには言えない内情を知っている人が、傍にいるだけでも有難いものだろう。
その様子を見ていた凛乃の視線が、静かに翼へと向けられる。
「……だからあの童顔か」
「小宮くん、可愛い顔してるもんね~」
「い、いえ。それは関係ないと言いますか」
「でもまぁ無害そうでいいじゃん。ガツガツ系が護衛だったらワタシでも無理だよ」
「その……確かに比較的、気が楽ではありますけど」
「ただ、あれだけ顔が整ってれば他の男子は焦るよね~初日から『美男美女カップル襲来!?』って大騒ぎだったもん」
「……そういった関係では断じてないです」
無表情でキッパリと答える心桜。
そこに一切の迷いはなく、なんなら迷惑そうに答えた。
さすがに何度も掘り起こされれば反発するのは仕方がない。
アリアはその様子にニヤニヤと目を細めていたが、何かを思いついたらしく、ふいに手を打つ。
「分かっていても……あ、そうだ!」
閃いたと言いながらアリアが心桜から離れ、翼の席まで速足で移動する。
翼といえば、我関せずと相変わらず教科書が友達だった。
その真剣さによって彼に話しかけるものは誰もおらず、明らかに近寄りがたい雰囲気だったが、アリアは気にせず声をかける。
「ねえねえ小宮くん」
「……はい、なんでしょうか?」
「お嬢様と見知らぬ男の人が2人っきりになるのって……護衛くんとしてはどう?」
ニコニコと笑みを浮かべるアリアに対して、苦虫を嚙み潰したような表情になる翼。
教科書に没頭していると見せかけて実の所、翼はこの件の身の振り方について悶々と悩んでいた。
そんな複雑な心境に対してストレートに聞いてくるアリアに、答えを急かされた気がしてならない。
翼としても、護衛の立場を強調するようにそう問われれば、回答は1つしかないに決まっている。
「……さすがに見過ごせませんね」
「だよね! じゃあ決まり!」
上機嫌なままサムズアップで翼にウインクするアリア。
きっとその瞬間、「はい?」と翼と心桜の心の声が重なったに違いない。