47_外出2
「と、とれない……」
もどかしげに肩を落とす翼の隣で、心桜がくすくすと口元に手を添える。
「翼くんでも、できないことがあるんですね」
薄く笑いながら視線を向けた先には、何もつかめず静止しているUFOキャッチャー。
スポーツ用品店を巡ったあと、二人して「一度も行ったことがない」という理由から、軽い気持ちでゲームセンターへ足を踏み入れた。
そこでリズムゲームやレースゲームなど、目につくものを二人でいろいろと触ってみた。
しかし翼があまりにもド下手くそすぎて、全く格好がつかない。
護衛にだけ人生をささげた彼は、あらゆる戦闘訓練を積んではいても、こうした娯楽にはとことんセンスがなかった。
むしろ、心桜の方が手際よく楽しんでいる有様で、翼は悔し気に言葉を返す。
「いっぱいある。むしろできないことだらけだよ」
「例えば?」
「護衛も勉強も中途半端だし」
「……どちらも、すごく頑張っていると思いますけど」
やや戸惑いながら、それでも真っ直ぐな眼差しで告げる心桜に、翼は首を横に振った。
「頑張るなんて当たり前のことだ。過程じゃなくて結果で示さないと」
そう言ったあと、ふと胸の奥で引っかかっていた記憶が顔を覗かせる。
この前の襲撃時には、安全策として逃げることを選んだ。
成功はしたが、できるなら強敵二人相手でも迎撃して、心桜を守れるようになりたい。
勉強だって心桜に教えてもらいながらも、まだ上がいるので未熟だと思う。
そんなふうに考えていると、心桜が少し困ったように微笑んだ。
どこか物言いたげな顔をしているようにも思える彼女に、翼は苦笑しつつ、もう一つ欠点を挙げる。
「それに、人付き合いはめちゃくちゃ下手だよ」
肩をすくめるようにそう言えば、心桜が少し目を細めた。
「それはわざとやっているからでしょう?」
指摘というより、静かに確認するかのような声音。
翼が自分から壁を作って、人を寄せ付けないようにしているのを彼女はずっと見てきた。
自分で意図してやっているなら、変えられるはずだと心桜は告げたいのだろう。
「今さら友達を作ろうにも、どうしたらいいのか分からないし」
そう言ったあと、自分でも苦笑がこぼれた。
口にした瞬間、あまりにも率直で、少しだけ恥ずかしくなった。
「……素のままでも、素敵ですよ」
ぽつりと、けれど確かに届く声で、心桜はまっすぐにそう告げた。
その瞳には、揶揄も慰めもない。
心からそう思っているという意思だけが、凪のように揺らいでいた。
彼女の瞳を見て、思わず息が詰まる。
顔が熱を持ち始めたのを感じ、翼は慌てて視線を逸らした。
「ぎゃ、逆にさ……心桜さんこそ、できないことなさそうだけど」
照れ隠しのつもりで彼女へ話題を振る。
声が微かに裏返ったのを、誤魔化しきれず気恥ずかしい。
その様子を見ていた心桜は、ふっと口元を緩めた。
「翼くんと同じく、こういった遊びはあまりですね。あと運動も」
「まぁ外に出にくかったなら、仕方ないよ」
彼女の場合は拉致被害のことがある。
過去に心桜を縛りつけたその出来事が、彼女の選択肢をいくつも奪ってしまったことを思えば、部活どころか外で遊ぶ自由さえもなかったはずだ。
たとえ出かけられたとしても、護衛の目に囲まれた“自由”のどこに、無邪気な楽しみがあったのだろうか。
そんな想像が何よりも胸に残った。
「前のことがあるので、運動はなんとかしたいのですが」
心桜が言うのは、少し前に話した横抱きの件だろう。
それに対して、翼が素直に感想を述べる。
「大丈夫。心桜さんなら、いくらでも抱えて走れるから」
「……やはり、なんとかしないとですね」
確かな意志を滲ませて、心桜はそう答えた。
何故かさらに決意を固めた彼女に、翼は首をかしげることしかできなかった。
心桜がやってみたいことがあるとのことで、流れのままにゲームコーナーの一角へ。
たどり着いたのは、淡い光に包まれた四角い小部屋。
「……プリクラ?」
翼の口から、思わず声が漏れた。
キラキラと装飾されたその空間は、男子一人ではまず近づきがたい。
翼が立ち尽くすその隣で、心桜が少しだけ不安そうに尋ねてくる。
「変ですか?」
「いや、おれもあんまり分からないけど」
「アリアさんが、高校生なら撮るものだって仰ってました」
「ああ、そうなのか。じゃあいいか」
そうやってあっさりと首肯する翼。
これがアリアからの“策略”であるとは気づかず、ただの習わしの一つとして受け入れる。
機械のカーテンをくぐると、思っていたよりも狭い。
左右の壁が近く、自然と身体が寄る。
心桜の腕が触れそうになって、翼は体の置き場に困りながらも距離をとる。
『ポーズをとってね!』
楽しげな機械音声が、空気を明るく塗り替える。
ボタンを押すと、次々とポーズの指示が飛んでくる。
「こ、こう?」
「は、はい」
ぎこちないふたりの動きに、機械だけが元気よくシャッターを切っていく。
密閉された小さな空間。
すぐ隣からふわりと届く心桜の香りに、翼の心拍は妙に跳ね上がっていた。
撮影が終われば、撮った写真の加工へ移る。
画面に映し出されたのは、どこか現実離れしたふたりの姿だった。
特に心桜の大きな瞳がさらに大きくなっている。
表示された“盛れ写真”をしばらく眺めてから、翼がぽつりと呟いた。
「心桜さん、元が美人だからやり過ぎ感あるな……」
その言葉が、なにげなく口をついて出た直後だった。
心桜が、ビクッと肩を揺らす。
彼女の驚いたような反応に、翼も戸惑う。
そろりとこちらを振り返ってくる彼女の顔は、どこか不満げで、ほんの少しだけ恨めしさも混じっていた。
「ど、どうかした?」
「……いえなんでも」
自分が何かしたかと聞けば、彼女はぷいっと顔を画面に戻してしまう。
その仕草が、妙に可愛らしくて、翼はそれ以上追及しなかった。
画面に向かいながら、心桜は慣れない手つきで加工を試している。
キラキラのフィルター、猫耳スタンプ、謎の小道具……次々と現れては切り替わっていく選択肢に、彼女は一生懸命ついていこうとしていた。
その様子を横目に、翼が続けて声をかける。
「加工はなくていいんじゃないか? 心桜さんは加工無しでも十分可愛いんだか」
「ちょ、ちょっと今手が離せないので不意打ちはやめてくださいっ!」
翼の言葉を遮り、急ピッチで作業を進める心桜。
ひとしきりスタンプを並べ終えたあと、心桜がようやく振り返る。
「翼くんは、操作しないのですか?」
「いや、ちょっと……ね?」
無邪気な問いに、翼は少しだけ肩をすくめた。
狭い空間の中、心桜との距離が近くなりすぎる。
白茶色の髪から漂う柔らかな香りが、やけに意識に残った。
けれど本当の問題は、そこではない。
画面に映る自分の姿が、どう見ても“女の子”だという現実。
プリクラの加工は遠慮なく可愛さを足してくれる。
目はぱっちり、肌はつるつる、輪郭は丸く。
翼本人の意志など一切関係なく、まるで少女のような顔立ちに仕上がっていた。
そんな写真を見ながら、心桜は楽しげにあれこれと手を加えている。
「……かわいい……」
ぽつりとこぼしたその声が、物理的に痛いほど胸に刺さる。
否定もできず、肯定もできず、翼は気まずさのあまり言葉を飲み込んだ。
やがて加工が終わったのか、機械から軽快な音とともに写真がプリントされる。
トレイに落ちたそれを翼が拾い上げ、そっと心桜に手渡した。
「ありがとうございます。大事にしますね」
受け取った写真を見て、心桜は自然と口元を緩めた。
その笑顔は、まるで宝物でも手にしたかのように真っ新だった。
「う、うん。おれも……大事にする」
照れくささに目を逸らしながらも、翼は自分のぶんの写真を、財布の隙間にそっと差し込んだ。
視界の端では、心桜が写真を胸元に、大切そうに当てていた。
急に仕事がやばくなったので、しばらく更新止まります!




