45_期末テスト
さらに日々が流れ、ついに迎えた期末試験。
翼は最後まで気を抜くことなく、一日一日を勉強で詰め込みテストに挑んだ。
前回とは違って心桜にみっちり教えてもらい、勉強に当てる隙間時間を増やして、時間を最大限有効活用できたと思う。
これで成績を落としようものなら土下座じゃすまないと、ひとりでに思っていた。
そんな覚悟を背負いながら挑んだテスト。
いざ臨めば、前回よりも確かな手応えを感じることができ、終わった時には少しだけ肩の力を抜けたと言える。
中間のときと同じく、試験結果は張り出され、今度は4人で並んで見に行った。
名前の並ぶ掲示板。
その中で自分の文字を見つけた時、安堵の息をつく。
翼の順位は、『3位』に上がっていた。
「おお~、ちゃんと成果出てるねぇ」
アリアが感心したように瞳を丸くし、「おめでと」と笑いかけてくれた。
飾らないその一言が、妙にあたたかく心に届いた。
隣では、心桜がそっと微笑んでいる。
その笑顔は、言葉以上の賛辞を静かに伝えていた。
「おめでとうございます」
落ち着いた声音で告げられる祝福。
彼女に多少は報えたと思えるその一言が、心の奥にやさしく染み渡っていく。
「心桜さんも2位と圧倒的に差がついててすごいよ」
「わたしは翼くんに教えることで、さらに理解が深まってますからね。お互い様ですよ」
そう言ってくれる表情は、どこか感謝すら感じさせるほど、穏やかだった。
心桜は翼に合うように勉強内容を取捨選択し、必要な部分をまとめ直してくれた。
限られた時間の中で無駄を省き、要点を丁寧にすくい取るようなそのやり方は、どこまでも的確で教員の意図すら読み切っているようだった。
結果として、もともとトップだった心桜はさらに差を広げ、誰も追いつけない位置にいる。
翼は彼女の点数を見て、自分が足を引っ張る形にならなくて良かったと、胸をなでおろす。
ただ、勉強の動機としては心桜に負けたところから始まっているので、また引き離されちゃったなとも思う。
だけど今はもう、勝ち負けの話は気にしていない。
献身という言葉が似合うほどに、心桜は翼のために尽くしてくれている。
その思いに報いるためにも、せめて背中が見える位置にはいなくては、とテストが終わった今ですら身が引き締まる。
そんなことを考えていると、アリアが不思議そうに首を傾げた。
「お泊りで見させてもらったけど、あれだけガリ勉してたら上がるとは思うけどねぇ」
「あの泊りのおかげか、ついでに私も上がったしな」
凛乃が簡潔に言葉を添え、淡々とした声に少しだけ満足気な色を滲ませる。
それを聞きながら、アリアも目を輝かせた。
「ワタシもちょっといい感じなんだよね~! ご褒美でももらおっと!」
アリアがくるっと踵を返すように振り返り、スマホを片手に歩いていく。
成績向上のご褒美を期待してチャットを送っているであろう、彼女のポニーテールが楽しげに揺れる。
その背中を見続けながら、翼の口からぽつりと声がこぼれた。
「ご褒美……か」
勉強に必死だったため考えてもいなかった、頑張った分への報酬。
成績が上がったのは、自分の努力の成果かもしれない。
けれど、さらに上へ辿り着けたのは、決して自分の力だけじゃないと分かっている。
心桜が教えてくれなければ、ここまでの成果は確実にでなかっただろう。
導いてくれた彼女に、何か返したい。
こうやって成果が出た以上、普段の信条を込みで考えても、何もしないのはさすがに不誠実に思える。
そうして心桜へ声をかけようと、彼女の方へ振り返る。
「翼くん」
「心桜さん」
名を呼ぶ声が、まるで打ち合わせたように、重なり合った。
ぴたりと響いたその一瞬に、ふたりは揃って、瞬きをする。
目が合った瞬間、探るような表情で互いの顔を見つめたまま、どちらともなく沈黙する。
どちらが先に口を開くべきか、迷うほどのことでもない。
それでも重なった偶然が、少しだけ胸をくすぐった。
「ごめん、大したことじゃないから……先にどうぞ」
そうやって翼が一歩引いて、問いを譲る。
「いえ、わたしも急用ではないので」
すると心桜もまた、同じように遠慮を見せた。
なんでもない会話に、どこか丁寧さを思わせるようなやり取り。
それが妙におかしくて、ふたりして「どうぞどうぞ」と譲り合う。
しかしこのままでは埒が明かないと判断して、翼がひと呼吸置いて切り出した。
「じゃあ……えっと、心桜さんの1位をお祝いしたくて、どうかなって」
思いがけず口調が少しだけ回りくどくなる。
けれど、そこに込めた想いは確かだった。
「感謝もあわせて、なにかしたいんだ」
言葉だけでは足りない気がして。
何かの形にして返したい。
そんな気持ちが、じわりと声ににじんだ。
けれどその言葉が届いた途端、心桜は少し慌てたように手を振った。
「わ、わたしは、もう充分貰いすぎてますからいいんです。それよりも……」
彼女は一瞬ためらってから、改めて真っ直ぐに言葉を継ぐ。
「成績の上がった翼くんに、わたしから何かしたいです」
その眼差しにあったのは、控えめな遠慮ではなかった。
短い言葉ながらも、確かな意思が宿っている。
ただそれを受けて、翼はどうしたらいいのか分からなかった。
どんな形にすれば、自分の謝意を形にしながら、彼女の気持ちに応えられるのか。
考えあぐねていたそのとき、ふと胸の内に浮かんだ言葉が、自然と口をついて出た。
「というか……お互い、同じことを考えてたみたいだね」
ぽつりと漏れた言葉に、心桜は小さく目を瞬かせたあと、そっと頬を染めた。
「そ、そうですね……」
彼女は照れ隠しのように、けれどどこか嬉しそうに微笑む。
その笑顔に釣られるように、翼の口元も自然と緩む。
互いが互いを想いあった結果だ、きっとどう転んだとしても悪い結果にはならないだろう。
思い立つまま、翼はことさら自然に言葉を紡ぐ。
「じゃあさ、そろそろ梅雨もあけそうだし……今度の週末こそ、どっか行こう」
肩肘を張らずに、等身大のまま翼は彼女へ提案する。
すると心桜は、表情を柔らかくしながらまっすぐ頷いた。
「いいですね。ぜひ、そうしましょう」
そのひとことが胸に届いたとき、自然と笑みがこぼれた。
ふたりきりの、週末の約束。
どこへ行こうか。
何を見ようか。
まだ見ぬ景色を思い浮かべながら、翼は静かに心を弾ませた。




