04_御簾の双花(みすのそうか)
「おはようございます、お嬢様」
「……おはようございます」
初の襲撃を撃退して一夜が明けた。
翌朝も変わらず翼が心桜を迎えると、いつも通り挨拶を返してくれる。声音は依然として平坦だが、今日の翼は心桜の内情を知っているので焦りはない。
時間をかけて慣れてもらったらいいと思っていたら、心桜がおずおずと問いかけてきた。
「その、聞いてもいいですか?」
「えっ、はい」
「もしかしていつも待たせてしまってますか?」
「……いえ、いつも同じ時間で出られているので助かってますよ」
「そう、ですか」
「はい」
それで2人の会話は途切れた。
まだ何か言いたいことがあるように思えるが、心桜が沈黙に耐えかねたのか、エレベーターへ歩き始めたので、その後ろをついていく。
心桜のペースで変わっていくのを傍で見守り、少しでも主人の力になれれば嬉しいと翼は心桜の背中に微笑みかけた。
そして始まる高校生活2週目の続き。
初週は行事を詰め込み、校内の紹介や授業の導入ばかりだったので、これからが本番と言えるだろう。
ちなみに入学したのは私立の高校で、巨万の富と利権のある真崎家の手が回っており、翼と心桜は意図的に同じクラスとなっている。
ただクラス内では翼もそこまで警戒はしておらず、心桜との距離はとっていて普段関わることはない。
というより正直なところ、距離をとるとか配慮するとかではなく、華やかで人が絶えない心桜と、寄る辺もなく1人きりの翼とで、カースト差が開きすぎて近づけもしないだけだが。
「おはよう心桜ちゃん!」
「おはようございます」
「今日も可愛いねぇ~」
「アリアさんもお綺麗ですよ」
「いやぁそれほどでも」
そう言って金髪の長い髪をポニーテールで束ねて揺らしているのが、心桜と特に仲がいい女子の1人――結井アリア。
金髪碧眼と際立つ見た目に快活とした性格の彼女は、クラスのムードメーカーとしてトップカーストだと断言できる。
見た目通りハーフの生まれであり、その日本人離れした美貌ゆえに、彼女の人気の高さも頷けるものだった。
「でもやっぱり敵わないなぁ~ワタシも凛乃ちゃんも地元では名の通ってた美少女だったのに」
「自分で言うな阿呆」
そうアリアの頭を軽くはたくのが、短髪の黒髪と鋭く光る紅い目が特徴的な、これまた高身長の美人――鷹野凛乃という人物だ。
アリアと正反対で冷たい印象の彼女について、翼はあまり掴めていない。
口数が少なく人を寄せ付けない雰囲気のあるクールビューティーだが、アリアとは特別仲がいいらしく基本常に一緒にいる印象を受ける。
「いたぁ!」とわざとらしく頭をおさえるアリアに対して無関心の凛乃。それに困ったように笑う心桜。
これがこのクラスの中心でもあり、日常になりつつあった。
「にしても『学園の姫君』かぁ~やっぱりこういう超正統派美少女がウケるんだろうな~」
「い、いえ。おふたりもすごく人気がありそうですが」
「そういうのはいらん。煩わしい」
「そうそう。ワタシたちデカいのもあるし、いろいろ牽制してるからね。だから『御簾の双花』なんだよねぇ」
そうしみじみと答えるアリア。
2人とも属性は異なれど、とんでもない美人な上、かなり身長が高い。
凛乃に至っては翼よりも明らかに高い。
そんなモデルのような存在感がある2人は”高嶺の花”として手が出せないという、心桜とは違った魅力がある。
三者三様の魅力が振りまかれている、あの一帯の華やかさが凄まじい。
別のクラスや学年から見に来るだけの人がいるのも納得できるほどだ。
女子はアリアの快活さに惹かれて集まり、男子は凛乃の威圧感に押されて眺めるだけ。
もちろん入学失敗のぼっちである翼も近づけない、校内でも極めて華やかな集団であるのは周知の事実だ。
それについて翼も今更近づこうとは思わないので、我関せずと教科書に噛り付いていると、不意に人の気配が近づいてきたを感じた。
何事かと顔を上げれば、先ほどまで心桜の近くにいた凛乃が翼に一瞥を送っている。
自分が何かしたかと困惑していると、凛乃は首を振って顎でドアを指した。
(ついてこい、ということか)
翼に背を向けて歩き始めた凛乃の意図を察して、立ち上がってドアの方へ歩き出すと、凛乃もそのまま廊下を歩き続ける。
用件は不明なまま黙って凛乃についていけば、そこまで遠い距離は歩かず、彼女は人気のないところで立ち止まり、翼に向き直ってから腕を組んだ。
「小宮家の隠し刀がこんな幼い面構えとはな。拍子抜けした」
「……藪から棒ですね」
挨拶もなく冷ややかな視線を向けてくる凛乃に、翼は若干拗ねたように言い返す。
翼自身も、幼い見た目とさほど高くない身長はコンプレックスで、あまり人に言われたくない。
護衛としても侮られやすいというのは、実際目の前の凛乃が翼よりも身長が高く、警戒が薄れているような素振りからして面白くない。
そんな心情を示すかのように少し言い返してみたが、凛乃からすれば些事でしかないようで、特に表情を変えず言葉を続ける。
「私は隠し事が苦手だ。人に見られる前に端的に済ませる」
「……はい」
「ことが起こった以上、今後はお前にも連携してもらう、と上の判断が下った」
「連携?」
「姫の安全の確保に決まっているだろう」
呆れたように言う凛乃を見て、なるほどと翼は首肯する。
実は入学前に"協力者"の存在はそれとなく知らされていた。
しかし一向にアクションがないので、どうすればいいか判断しかねていた。
さらには主人との関係が芳しくなかったので、そちらに思考を持っていかれて深くは考えていなかった。
しかし実際に襲撃が起こったことにより、協力者側の方針がこれからは互いに連携する運びになったと理解できる。
「私だけじゃない、アリアもだ。アリアが姫、私がお前側になる」
「……なるほど」
「今後はより姫とお前に関わることになる。覚えておけ」
凛乃は特に思う事もないのか、翼と関わる事をさらっと告げた。
翼としてはあの3人と同席するとなれば、男子垂涎ものであり非常に居心地が悪い。
協力者がよりにもよってこの2人かと気後れする。
しかしそんなことはどうでもいいという態度の凛乃に押されて何も言えず、翼は言葉を詰まらせるだけだった。
「ただしお前に関しては味方ではなく監視役だ。お前が不祥事を起こせば双方の家へ報告が行く」
分かっているな?と凛乃に凄まれ、さらに腰が引ける翼。
ただでさえ威圧感のある美人に鋭い眼光浴びせられ雰囲気にのまれており、男子顔負けの迫力に感心するしかない。
「アリアはこの学校のトップの娘、私は地元の政治家の娘。全て筒抜けになると理解しておけ」
「分かりました」
「この連絡先を追加しろ。必要があれば私たちからお前に連絡する。以上だ」
連絡事項はこれで終わりと1人で教室に戻っていく凛乃。
渡された紙を見れば、アリアと凛乃の電話番号とチャットアプリのIDらしき文字が並んでいる。
男であれば喜ぶべきものだろうが、個人的に連絡する勇気も、あの3人に自ら混ざっていく度胸もないので、持て余すことになりそうだ。
波乱の予感を胸に抱えたまま、先々の学校生活を思い、翼は小さく身をすくめた。