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20_襲撃Ⅱ

 5月も下旬に差し掛かり、ちらほらと雨が降る頃。


 傘をさしながらいつもの帰路を心桜と歩いている翼だが、今日は心桜の様子が気になっていた。


 どうも心なしか、心桜はいつもより体調が悪そうに見える。

 精神的というよりも肉体的に歩みが重く、さすがにほぼ毎日顔を合わせているので心桜の変化に気付いた。


 とはいえ、いまだに距離感は離れたままで、不用意に近づくのも躊躇われる。

 

 声をかけるかかけまいか、悶々と悩む翼。


 雨に煙る視界の中、心桜の背中をじっと見つめていると――


 ――突如、大型のバンが進路を塞ぐように心桜の目の前で急停車した。


「お嬢様!」

「きゃっ!?」


 それを知覚した瞬間、翼は前回と同じように心桜の腕を引き、自身の背後へと立たせる。


 しかし、前のように男が勢いよく飛び出してくることはなかった。

 代わりに車の扉が次々と開かれ、覆面を被る男たちがナイフを手に姿を現す。


 1人1人が先走る事はなく、ゆっくり時間をかけて、翼と心桜を囲むように配置についている。


 その間に翼は信号で応援を呼びつつ、背後を取られないよう心桜を下げ、壁を背にした位置へ移動する。


 今日はしきりに雨が降っていて、心桜は自分の傘を持っていた。

 そのため、彼女に傘を渡す必要はない。


 翼は自分の傘の柄から木刀を抜き取り、開いた傘は心桜の足元に置いて、雨に打たれながら木刀を構える。


 そうやって互いに睨み合っている間に、今回は4人の男に囲まれていると認識する。


(最大人数だな……)


 心桜の身柄を確保、さらに翼の死体を運ぶとなれば、これ以上の人数を車に詰め込むのも難しいだろう。


 想定し得る限界の人数を目前に、前回とは異なる種類の緊張が、翼の背中をじわりと走る。


 そんな思考を冷ますかのように、頭上から絶え間なく雨が降り注いでいる。


 前髪が濡れて視界が滲む中、4人の動向を窺っていると、どこか統率がなくバラバラに動いているように見えた。


(司令塔はいない、か)


 素人紛いの覚束ない足取りを見て、前回のような経験者はいないと翼は察する。


 数で押すことしか考えていない、ただの寄せ集めだ。

 そう見切った翼は、頭の中でこれまでの鍛錬と前回の反省点をひとつひとつ思い起こす。


(ナイフを過剰に恐れるな。リーチの優位はこちらにある)


 今回ははじめから全員がナイフを手にしている。

 前回はナイフへの対応が後手に回っていたことが、大きな反省点として挙がるだろう。


 それを受けて前の襲撃以降、殴打だけでなく刃物への対応にも重点を置いて鍛錬してきた。


 あれから実際に模擬戦を重ね、さらには先輩との騒動の際に本物のナイフに切られても、耐性がついてきたと翼は思えた。


 その反省をまず念頭に次の動きを意識して、木刀を強く握り直す。


 鋭い目つきで彼らの様子を窺っていると、ふと小さな好機が訪れた。


 雨に滲む視界のなか、人通りのない路上で、1人の男が水たまりに足を取られ、わずかに動きが淀む。


 ――その瞬間、翼は前に強く踏み込み、木刀を構えたままノーモーションで鋭く突きを放った。


「ごっ!?」


 視認しづらい漆黒の木刀が男の鳩尾付近を捉え、その反動を利用して、翼はすぐさま心桜のもとへと後退する。


(守りではなく、攻めの姿勢でいるべきだ)


 多人数を相手にする際、連携を許せばそこで詰む。

 ましてや前回のような経験者が複数人で連携すれば、まず勝ち目がなくなるだろう。


 そういった相手を想定して鍛錬を重ね、大振りに頼らない押し引きを見極めてきた。


 今の突きは、その成果の1つだ。

 無防備な所へ強襲をくらった相手は、そう簡単には立ち上がれないだろう。

 まず1人をノーリスクで昏倒させることに成功する。


「クソが!」


 しかしそれを見た別の男が、怒りに任せて突進してくる。


 その標的が翼に集中していることを視認。

 残る2人は動けておらず、連携は崩れている。


 突っ込んでくる男に木刀の刃先を向け、手首の動きだけで小さく振りかぶる。


「ぐっ――」


 男の持っていたナイフを狙い、手元を木刀で弾き飛ばす。


 苦悶の声を上げて動きを止めたその隙に、翼はすかさず横なぎの蹴りを胴へ叩き込んだ。


 ドサッという鈍い音とともに、男は横へ吹き飛び、地面に転がったまま痛みと衝撃に身を捩っている。


(あと2人)


 あまりにあっけなく倒された共犯を前に、残る2人は連携を取ろうとしながらも、その場で硬直していた。


 主導権はこちらにあると翼は判断し、進路妨害のため心桜の足元に置いていた、開いた傘をさりげなく拾い上げる。


「……おい、いくぞ」

「あ、ああ」


 翼の放つ好戦的な気配に圧されたのか、残りの2人は視線を交わし、同時に構えを取った。


 そんな彼らを見て、連携する相手にはどう対処すべきか、前回の襲撃を思い出す。


(先に潰すのは……)


 どちらが指示役かを瞬時に見極め、従う側へ向けていた視線を外し――


 ――たと思いきや、傘を盾にその男へ詰め寄り、顔めがけて傘を押し付けた。


「は!?」


 幸い今日は風も無く、傘はその開いた状態のまま男の視界を塞いだ。


 その間に翼は指示役の男1人に照準を絞り、相手側の間合いに入ろうとする。


「ぐ、この!?」


 翼が突っ込んでくるのを見て、男は反射的にナイフを短く振りかぶった。


 その瞬間、翼は不意に足を止める。


 想定外の停止に対応できず、男の腕は中途半端に振り下ろされる。

 勢いを殺したナイフを腕ごと、翼は木刀で受け止めた。


 腕に力を入れなおそうしている彼の隙を見逃さず、翼はがら空きの脚めがけて本気の蹴りを叩き込んだ。


「がああああ!!」


 決闘とは違う容赦ない一撃に脚を打たれ、男はその場にしゃがみこむ。

 翼は受け止めていた木刀を戻し、無防備な頭上へ一閃する。


 鈍い音とともに男は崩れるように倒れ、二度と立ち上がる気配はなかった。


 その一部始終を見ていたのか、傘を振り払って反撃体勢だった男と視線がぶつかる。


 男は翼の気圧す視線に恐怖を隠せず、小さく肩を揺らしながら、じりっと一歩後ずさった。


「ひっ!?」


 地面に這いつくばる他の3人を見て、残る男は恐怖に背を押され、そのまま背を向けて逃げ出そうとした。


 翼はすかさず数歩で間合いを詰め、逃げに入った足を後ろから引っ掛ける。


「ぐっ!!」


 そうやって足の自由を奪られ、男はうつ伏せに地面へ転がる。


 男が立ち上がる前に翼は彼の背中を踏みつけ、頭へ木刀を入れ意識を刈り取った。


(次は――)


 蹴りで倒れていた1人の男が、よろけながら立ち上がろうとするのを視界の端に捉える。


 彼の体勢が整う前に詰め寄り、翼は迷いなく木刀を振り下ろす。


 頭部に直撃したその一撃で、男は再び地面に崩れ落ちた。


「……終わり、か」


 周囲を見渡しながら、翼は小さく一言こぼした。


 緊張が解けたとたん、ずぶ濡れの服が肌に張りついているのを感じ、体の重さをようやく実感する。


 前回の反省を活かせたとはいえ、相手が素人ばかりなのが幸いだった。


 木刀を用いてリーチ差の優位を保ったまま、1対1の場面を作り出しそれを4回繰り返すことで、難なく片をつけられたと言えるだろう。


(かなり前回の反省が身についてきたけど……)


 それでも素人相手に一撃で仕留めきれなかった”別の弱さ”も否定しきれず、まだまだだと自分の未熟さを思い知る。


 翼はひとつ息をついて、その思考を振り払うように心桜へ目を向けた。


 雨と傘越しで表情ははっきり見えなかったが、心桜はどこか沈んだ空気をまとっていた。


 しかしお互い過干渉しないために、これ以上は見ないようにその姿から視線を逸らす。


 すでに濡れ鼠なので、傘もささずに事故処理班を待つ翼。

 今回は相手の数も多く、処理には時間がかかるだろうと思い、自分でできる範囲の対応をとっておく。


 そうやって周辺の処理をしつつ、倒れた男たちが再び動き出さないか警戒し続けていると、しばらくして応援の車がやってきた。


 それを見て翼はようやく安堵し、雨に濡れた体が冷えていくのを感じた。


「……4人相手か、ご苦労」

「はい、後をお願いします」

「これを飲んでおけ」

「これは?」

「……風邪薬だ。明後日まで飲み続けろ」

「分かりました」


 中から出てきた女性に薬を手渡され、用意周到だなと翼は感心する。


 事後処理班が次々犯人を確保し、これですべての不安が払拭されたので、心桜のもとへ戻る。


 すると彼女は濡れた傘を握りしめたまま、どこか躊躇いがちに、それでも心配そうな声で翼に呼びかけた。


「小宮さん、雨で体が……」

「お嬢様の体調の方が優先です。早く帰りましょう」


 そう言って彼女の言葉を遮れば、自身の体調について気付かれていたことに心桜が目を伏せ黙り込んだ。

 そのまま言い返してくるそぶりもなく、心桜は下を向きながら歩み始める。


 久しぶりに心桜と会話したが、前のように詰め寄られることもなく、主従の適度な距離を保てていることに翼は胸をなで下ろす。


 襲撃も難なく退け、彼女に余計な心配や気遣いをさせずに済んでいる。


 これでいいんだとそう自分に言い聞かせながら、翼は雨に濡れた重たい身体を引きずるように、一歩を踏み出した。


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