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15_独り

 今日もまた、翼は3人の食事に同行する。


 まだ2日目ということもあり、突き刺さるような視線に居心地の悪さを拭えないが、これはもう慣れるしかないので甘んじて受け入れる。


 そうやって食事を終え、昼休憩も終わりが近づいたころ。


 食堂からクラスへ帰る途中で、とある集団が翼の視界の端に映った。


「あれは……」


 1人の男子を3人の男子が取り囲み、談笑しているようにも見える。


 しかし囲まれている男子の表情は浮かない。少なくとも親しげとは言い難い雰囲気を醸し出している。


 見たところ上級生、校内の場所からしても3年生なのは間違いない。


(懐かしいな、この感じ)

 

 どこにでもありふれた光景なんだなと、翼は中学時代を思い出しながら溜息をつく。


 そして迷わずその集団へ向けて一歩を踏み出そうとした。


 しかし後ろから誰かに肩を掴まれ、前に進めなかった。

 引き留められたと理解し振り返れば、表情を引き結んだ凛乃が首を横に振っていた。


 心桜とアリアの顔を見ても、翼の行動を不可解に思うように立ち尽くしている。


 ということは、この光景は食堂へ行くならよく目にすることなんだろうと翼は察した。


 翼は同行することになってまだ2日目だ。

 だからこそ彼女たちや、他の通り過ぎる生徒のように、この光景を日常として割り切る気にはなれなかった。


「すみません、先に行っててください」


 凛乃の手を振り払ってそう心桜たちへ声をかけ、躊躇なく彼らの元へ歩みだす。


 近づいて状況を見てみれば、3人の男子がやっていることに確信を持った。


 状況を理解した翼はそのまま歩みを止めず、その集団へまっすぐ割って入る。


「大丈夫ですか?」


 そう囲まれている先輩に声をかければ、信じられないものを見るかのように目を見開いている。

 

 彼の表情から、今の状況を受け入れ、どこか諦めたような気持ちを抱いていることが伝わってくる。

 それほどこの問題が根深いことを、ひと目でも容易に想像できた。


「お前……姫の護衛か」


 怒りを滲ませたような声音が、3人のうちの1人から聞こえた。


 そちらを見やれば、明らかに不愉快といった態度で翼を威圧している。


 ただそんな態度を受けても翼は気にしたそぶりもなく、無言で鋭い視線を3人へ送る。


 翼が退かないことを理解した3人は、遠くで心桜たちがこちらの様子を窺っているのを見て、舌打ちとともに翼にだけ聞こえるように低く脅しを吐いた。


「こんなとこまで首突っ込むわけ? お前、調子乗ってねぇか?」

「女の前でカッコつけるのもいい加減にしとけよ。どうなるかわかってんだろうな?」


 宣戦布告ともいえる罵詈雑言を浴びせられても、翼の表情はまったく揺るがない。

 翼は無言を貫いたまま、一歩たりとも退こうとはしなかった。

 

 そんな翼と周りの状況を見て、男たちは一旦仕切りなおすかのように踵を返す。


「何も腕っぷしが全てじゃねぇぞ。これからじっくり先輩が教えてやるからな、ガキが」


 そう火種を残して去っていく3人を見送ったのち、翼は庇っていた先輩へ振り返る。


 すると彼は屈辱に耐えかねるかのように、鋭い目つきで翼を睨みつけた。


「余計なこと……すんなよ」

「すみません」


 翼がそう謝ると、彼はさらに表情を崩して、逃げるように立ち去って行った。


 もちろん彼の気持ちは分からなくはない。

 後輩、それもこの前まで中学生だった翼に庇われるなど、より惨めな思いをさせてしまったと申し訳なく思う。


 加害側としても同じ心境だろう、よりにもよって1年に邪魔をされることほど神経を逆撫でされることもない。


 過去の経験から、これはこじれるだろうなと翼は深く息をつく。


 そして教室へ戻ろうと振り返ると、心桜たち3人はまだその場に残っていた。


 一部始終を見られていたことに、苦笑をかみ殺しつつ心桜たちの元へ戻った。


「待たせてしまってすみません」

「お前、どうするつもりだ?」


 戻ったや否や、引き留めた凛乃からそう問われるが、翼はすぐには答えを返せない。


 そう返事に詰まっていると、アリアがことの深刻さを鑑みて忠告してくる。


「同級生ならまだわかるけど、入学すぐに3年のいざこざに首つっこむのは超ヤバいよ」

「そうですね」

「そうですねって……何も考えてないのかお前」

「すみません」


 凛乃の責めるような口調に謝る翼。

 その糾弾はもっともであり、翼も反論する気はない。


 ただ自分のやったことに対して信念を曲げるつもりもなく、この謝罪には抵抗の意志がある。


 そんな翼の様子を見て、アリアが納得したように目を伏せる。


「なるほどねぇ……おかしいと思ったよ。君の評判が悪かった理由はこれなんだね」


 アリアの推測は、その実正しい。


 上に噛みついても、基本的に良い事は何もない。

 それが誰かのためだったとしても、立場が強いものは周りを操作して、善行すらも印象を捻じ曲げる。


 しかも翼の周りには昔からずっと誰もいなかった。

 誤解を解く味方もおらず、そもそも人との関わりを避けているため、解こうともしなかった。


 そうやってやられるがままだった翼の評判は、当然良くはない。

 アリアの言うとおり調べれば表面上、翼に非があるようにしか見えないだろう。


 中学の頃、翼が上級生になってからはほぼなかったが、そういえば下級生の時も同じように問題を起こしていたなと翼は思い返す。


 しかし今更やってしまったことを悔いるつもりはない。


 気を取り直して翼は、心桜たちへ昼の同行について提案する。


「明日からはおれ抜きにしてもらっていいですか? 早々ですみませんが、巻き込むわけにもいかないので」

「お前がまいた種だ。まずお前が1人でなんとかしてみせろ」

「自分から損しに行ってもろくなことないよ。ごめんけど、最初は手を貸さないからね」


 こういった意識の問題は自力で解決しないとまた再発する。

 そうわかっているからこそ、アリアと凛乃は手を貸さずに、翼の経過を見ることを選んだと理解できる。


 それでもいつかは手を貸してくれそうな気づかいを感じ、彼女たちの優しさをありがたく思った。


「もちろんです。ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いはない」

「じゃあね。何かあったら言ってね」


 その優しさに触れて、翼は小さく礼を言う。

 アリアと凛乃は表情を歪ませながらも、翼をこれ以上構うことはなく、そのまま先へ歩いて行った。


 2人の後ろ姿を見送っていると、心桜がそっとそばに寄ってくる。


 どうやら彼女はこのまま翼を放置する気はないようで、心配そうな表情を浮かべて、こちらの様子を窺っている。


 翼が彼女に笑いかけて歩き出すと、心桜もその横に並び同じ歩幅で歩き始めた。


「あの……聞いてもいいですか?」

「はい」

「いつもこんなことをしているのですか?」

「いえ、そんなことは」

「わたしには慣れているように見えましたが」


 疑問を投げかけられ、そこはかとなく誤魔化そうとするが、心桜はそれを見抜いたように表情を曇らせた。


 さすがに通用しないかと、彼女を安心させるように落ち着いた声で答えた。


「問題ありません。ある程度は対処もわかっています」

「ではずっとやってきたということですね」

「……目の届く範囲、だけです」

「見てしまったら見過ごせないと?」


 本当のことを言って欲しいと心桜にじっと見つめられると、翼はどうしても言葉に詰まってしまう。


 何も言わずに沈黙で肯定する翼を見て、心桜は重ねて問いかけてくる。


「どうしてですか?」

「どうして、とは」

「素晴らしいとは思いますが、これはやりすぎていると思います。ここまでやる理由はなんですか?」


 後先を顧みない、破滅的とも言える翼の行動に疑問を抱くのは、ごく自然な反応だ。

 真意を探るように瞳を覗き込んでくる心桜に対して、翼はその視線を押し返す。


 より意志の強い眼差しを受けて、心桜はわずかに後ずさる。


 それ以上は踏み込まないでほしい――そう壁を作るかのように、翼は作った笑みを浮かべる。


「私が、私でいるために、です。決して人のためではありません」


 見過ごせば、見捨てれば、必ず悔いが残る。


 自分は誰も救えない人間なんだと、残されたものとしての悔恨を思い出してしまう。


 もうそんな過ちは繰り返したくない。


 護衛として生きてきた信念とは別に、心の奥底で幼い声がすすり泣いていた。


 ――ぼくを、置いていかないで。


 大切な人を失った、あの時の顔を鮮明に思い出す。


 何度も心に刻みつけてきた決意を、一線を引くかのように心桜へ告げる。



「私はいつ死んでもおかしくないので……悔いだけは残したくないんです」



 翼はそう胸中を静かに打ち明ける。 


 そんな翼の言葉を受けて、心桜が急に足を止めた。

 振り返って彼女を見れば、目を大きく見開き、口元を手でおさえて、くしゃっと泣きそうな表情を浮かべていた。


「それ、は……わたしのせい、で」

「お嬢様のせいではありません。別の任務でも同じです。護衛とは、そういうものです」

「でも!」

「私の両親ももう亡くなっています。小宮はそういう家系だと受け入れてますので」


 翼の両親のことをすでに察していたのだろう、無感情に言い切る翼を見て、心桜は薄く唇を噛んだ。


 翼と心桜をつなぐ、唯一とも言える存在――翼の父親について、彼があえて触れようとしなかったことに、聡い彼女が気づかないはずがない。


 しかし心桜は納得がいかないかのように、苦しげな表情で翼に問いかける。


「……あなたが亡くなれば悲しむ人だっているはずです」

「いないですよ。いないように、しています」

「して、いる? まさか……わざと独りでいると?」

「いつかいなくなる私に関わっても……悲しませてしまいますので」


 これこそが、翼が人を寄せ付けない理由だった。


 真意を聞いて言葉を失ったままの心桜を背に、翼は独りで歩き出す。


(ようやく、伝えるべきことを伝えられた)


 開いてしまった距離に、胸がチクリと痛む。

 だがその痛みを押し込めるように、翼は心の中で決意を反芻する。


 翼にとって何よりも優先すべきは、心桜の命だ。


 そのために自分の命が危険に晒されるのは覚悟の上だ。

 そんな使い捨ての護衛の身を気遣い、彼女が苦しみ続けるのはどうしても嫌だった。


 心優しい心桜だからこそ、気に病んでほしくない、感謝などいらない。


 だからこそ、主従の距離感を保っておきたかった。


 恩を感じて近づいてきてくれたからこそ、突き放すべきだと翼は思う。


 これで伝わったはずだと静かに息を吐いた。


 ――後悔しないために、おれはおれのできることをする。


 今までやってきたことと同じだ。

 遠ざければ、突き返せば、向こうから寄ってくることはない。


 翼は自分へ無数に言い聞かせた信念を再び胸に刻む。


 自分は独りでいいと、そう心に繰り返す。



 ――おれといても、父さんのように、悲しませるだけだから。


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