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 第六章 ボク女なんですけど? 

 決勝戦がはじまった。

 男樹高校はあと攻めだ。

 先攻は愛美学院。

 愛美学院はカネにものを言わせた強豪校だ。

 四番はホームラン王。

 投手は右の技巧派。

 その他の選手も粒ぞろい。

 アキラの練習球を受けた星見の顔が暗い。

 アキラの顔はにやけっぱなし。

 いい球が来るのは三割。

 あとはトボけた球。

 コントロールも変。

 初回。

 アキラはヒットを打たれたものの内野の守備でゼロに切り抜けた。

 虎丸戦の気迫がアキラにない。

 星見がベンチにもどる弓削山に訊く。

「凪野はどうなってるんだ? 顔にしまりがぜんぜんないぞ?」

「あんたのせいよ」

「おれの? おれのせいってどういうことだよ?」

「あんた。凪ちゃんをいい投手だってほめたでしょ? それで上機嫌になっちゃったの。完全に舞いあがっちゃってるわよ。弥之助も虎丸の球が忘れられないって恋わずらいみたいになってるわ。四番とエースがあっちの世界に行っちゃってるの。この試合。勝つのはむずかしいわね」

「リラックスしすぎってか。つくづく投手ってやつは厄介な生き物だな」

 星見がこめかみに指を当てる。

 アキラは泣き顔のほうがコントロールがいい。

 かといって無理に泣かせるわけにも行かない。

 一回の裏。

 男樹高校は先頭の弓削山と三番の一之倉で一点を先制した。

 崎守は三振だ。

 しかし二回の表。

 七番打者のソロホームランで同点に追いつかれる。

 愛美学院の打者はたしかに粒ぞろい。

 けど弱点がひとつ。

 各自がバラバラだ。

 チームワークがない。

 ヒットは出るが散発。

 送りバントもへた。

 ヒットをつないで点を取る野球ができない。

 監督と選手に一体感がないのだろう。

 理想学園の対極だ。

 その後も点を取ったり取られたり。

 混戦がつづいた。

 七回の表。

 得点は三対四。

 男樹高校が一点リードの場面。

 ついにアキラのコントロールがすっとこどっこいになった。

 どこに来るやらわからない。

 球は走っている。

 だが表現のしようがないおかしな荒れようだ。

 まさにすっとこどっこい。

 球がハイになって浮かれている。

 そんな感じ。

 調子がいいのか悪いのかわからない。

 仕方がなく能代と交代をした。

 能代が七回八回をナックルでおさえた。

 九回の表に能代がつかまった。

 ヒットを三本打たれる。

 愛美学院に一点が入った。

 四対四の同点。

 後続を能代がおさえてなんとかチェンジ。

 九回の裏。

 男樹高校の攻撃。

 先頭の七番二村がセーフティバントを決めた。

 理想学園戦で会得したフォークボールに合わせるバントだ。

 つづく八番の三笠が送りバント。

 ワンアウト二塁。

 九番に入った能代も送りバントでランナーを三塁に進める。

 ツーアウト三塁で弓削山。

 一打サヨナラの場面で男樹高校期待のオカマの登場だ。

 しかし愛美学院ベンチは弓削山を敬遠。

 ツーアウト一塁三塁にする。

 まあ当然の策だろう。

 弓削山の次は右天内だ。

 右天内は自他ともに認めるヒットが打てない男。

 ここで送りバントをしてもスリーアウトでチェンジになるだけ。

 リトルおれさまの陸本がベンチでわめきはじめた。

「おれの提案を聞いてくれよぉ。おれは恩返しがしたいんだぁ」

 みんなが陸本を無視する。

 アキラはかわいそうになった。

「どんな案?」

 待ってましたと陸本が話し出す。

「いまツーアウト一塁三塁だ。ここで弓削山を二塁に走らせる。盗塁だな」

 アキラは首をかしげる。

「はい? それがなに? ランナーを二塁三塁にしてどうなるの? 打者は右天内先輩だよ? 右天内先輩は打てないからスリーアウトは確実。同点で延長戦突入になるよ?」

「たしかにそのとおり。問題は延長になると能代が打たれるってことだ。すでに能代は握力が尽きてる。だからここで一点を取ってサヨナラにする。そのための盗塁だ。ランナーの弓削山がわざと二塁ベースの手前で転ぶんだ」

 アキラにはますますわからない。

「転ぶ? 転んでどうするのさ? アウトになるじゃない?」

「そう弓削山はアウトになる。しかしな凪野。一塁ランナーの弓削山がアウトになる前に三塁ランナーの二村がホームベースを踏めばいい。一塁ランナーの弓削山はタッチプレイだ。タッチされるまでアウトにならない」

 星見が声をあげた。

「わかったぞ陸本。弓削山が逃げ回る間に二村先輩をホームに着かせるわけだ。トリックスチールだな?」

「そうだ。弓削山はアウトになってチェンジ。しかし弓削山がアウトになる前にホームインすれば一点は認められる。そこで試合終了だ。二村が本塁突入のあとで弓削山がアウトになる。この点が重要だ。先に弓削山がアウトになるとその時点でチェンジだ。だから弓削山は一塁と二塁のあいだを逃げ回る。タッチされないようにな」

 アキラはうなずく。

「なるほどねえ。弓削ちゃんがタッチをかわしてるあいだに二村先輩で得点しようって作戦ね? けどそれはさあ」

 監督の桜子が声をあげた。

「美しくない!」

 崎守も口を開く。

「みっともねえ!」

 左池も。

「セコい!」

 陸本が泣き声を出す。

「なんだよぉ? みんなしてそれはねえだろ? おれは勝てる作戦を考えてやっただけじゃねえかよぉ。そんな言い方ってねえぞぉ」

 星見があごに手を当てた。

「けどな陸本。その作戦。問題がひとつあるぞ」

 陸本が星見をにらむ。

「どこが悪いんだよ? 完璧な作戦だぞ?」

「だってな。弓削山はいま一塁だ。タイムを取って説明するにはその作戦は複雑すぎる。そんな長い作戦を耳打ちすると愛美学院に気づかれるぞ?」

「なるほど。それもそうか」

「それにもうひとつ。弓削山がそんな根性の曲がった策に乗るとは思えない。あいつ案外ピュアなオカマだぞ?」

 根性の曲がった策?

 星見の言葉に全員がひとりの男に目を向けた。

 ひとりまだこの試合に出ていない男がいる。

 性格と変化球の曲がりが県内一。

 四番でエースのキャプテン。

 草津だ。

 もしここで負けたら三年生は最後の夏。

 出番としては最適かも。

 桜子がこめかみに指を当てた。

「うーん。いいかもしれないわねえ。正義の野球チームの中にひとりくらい悪役がいても」

 それで話が決まった。

 草津が弓削山と交代して代走に出る。

 しくじっても延長に入るだけ。

 ツーアウト一塁三塁。

 バッター右天内で試合が再開された。

 初球いきなり草津が盗塁をかける。

 右天内が球を見のがす。

 キャッチャーが二塁に送球した。

 一二塁間で草津が派手に転んだ。

 球をつかんだショートが草津に駆け寄る。

 草津があわてて起きあがった。

 草津が一塁に引き返す。

 ショートが草津の背中を追う。

 草津が一塁に近づいた。

 ショートが一塁手に球を投げる。

 球を取った一塁手が草津の行く手に立ちはだかる。

 草津が今度は二塁ベースに逃げた。一塁手が草津を追う。

 その間にスルスルと二村がホームに走る。

 キャッチャーが二村の動きに気づいた。

「ホームスチームだ! ファースト! バックホーム!」

 草津の背中を追っていた一塁手があわててキャッチャーに投げる。

 二村がすべりこむ。

 キャッチャーが二村の足にタッチをかけた。

 大道芸人志望の二村が絶妙の動きでキャッチャーのタッチをよける。

 ホームベースに左指でふれた。

「セーフ! セーフセーフ! 試合終了!」

 両校選手が整列する。

 県大会優勝は男樹高校野球部だ。

 実に二十年ぶり。

 能代がアキラに声をかけた。

 浮かない顔だ。

「ところでよ。これいいのかい?」

「いいってなにが?」

「最後まで勝っちまったぞ? よく考えりゃ勝つのは虎丸にだけでよかったんじゃ? これ優勝したってことはさ。次は甲子園じゃねえの? 女だとバレる危険が百倍増だぜ?」

 アキラは弓削山と顔を見合わせた。

 たしかにまずそうと。

 どうしようボク?

 ボク女なのに甲子園に出るの?

 ベンチでは教頭が男泣きに泣いている。

「うおおっ! もうだめだぁ! わしの毛が抜けるぅ! ハゲになるのが止められんぅ! 全国放送で毛が抜けるぅ!」

 さあどうなる男樹高校野球部?

 アキラが女だとバレずに甲子園出場はなるのか?

 バレると全国的スキャンダルは必至だ。

 アキラは星見とキスできないぞ?

 次回甲子園熱闘編をどうぞよろしく。

〈了〉


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