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 第五章 ボクきみとキスしたい

 翌日。

 準々決勝の第一試合が終わった。

 準決勝の組み合わせ抽選がはじまる。

 男樹高校は虎丸の旭日高校と第一試合を引き当てた。

 男樹高校の応援スタンドは一塁側だ。

 第二試合はいま勝った愛美学院と午後からはじまる第二試合の勝者が対戦する。

 抽選を終えた草津キャプテンを崎守が出むかえた。

「よくやったぞキャプテン。これで虎丸の球が打てる」

 草津は青い顔だ。

 きょう午後の第二試合の勝者となら勝ち目がある。

 そう思って抽選に臨んだ。

 虎丸との一戦を一日でも遅らせようと。

 それがいきなり午前の第一試合で当てた。

 最悪だ。

 喜んでいるのは崎守ひとり。

 ほかは全員が複雑な顔。

 虎丸を倒さなければ野球部は復活できない。

 しかし虎丸と対戦すると負けるに決まっている。

 愛美学院もまずい。

 このまま時間が止まってくれればいいのに。

 そんな顔ばかり。

 いまならベスト四。

 理想学園に勝った栄光が輝いている。

 虎丸と対戦して負けたらただの敗者だ。

 誰も見向きをしなくなる。

 野球は勝者にだけスポットライトが当たる。

 敗者は忘れ去られるのみ。

 台風は九州を迂回して日本海に回りこんだ。

 台風の雨雲がかかるのは試合当日と天気予報が告げた。

 崎守以外の部員が祈る。

 大雨で試合が一日でも延びてくれ。

 しかし祈りはむなしい。

 泣きそうな空の下。

 ついに旭日高校との一戦が幕をあけた。

 もう逃げも隠れもできない。

 男樹高校は先攻だ。

 いきなり虎丸の球を打たねばならない。

 一番の弓削山が打席に立つ。

 プレイボールがかかった。

 初球が来る。

 ストレートだ。

 とんでもなく速い。

 スピードガンは百五十キロ。

 弓削山の手が出ない。

 ワンストライク。

 二球目。

 ドまん中に来た。

 弓削山がふる。

 けどかすりもしない。

 ツーストライク。

 三球目もまん中だ。

 弓削山がまたふった。

 当たる気配もない。

 三振。

 ワンアウト。

 二番の右天内が打席に入る。

 男樹高校ベンチが右天内から顔をそむけた。

 打てるはずがないと。

 一球目が来た。

 コーン!

 いい音がした。

 男樹高校ベンチが一斉に右天内を見る。

 右天内がバントのかまえをしている。

 ランナーもいないのに送りバントだ。

 球はピッチャー前にコロコロ。

 虎丸が拾って一塁に投げた。

 ツーアウト。

 右天内は手がしびれたらしい。

 走りもせず手をブラブラふる。

 ベンチにもどって来た。

 草津が右天内に声をかける。

「どうして送りバントだよ? ランナーはいないんだぜ?」

「あの球は打てないよキャプテン。だから当ててみようかって。もしもランナーが出るだろ? でも送りバントを成功させる自信がない。それで試してみたんだ」

「なるほど。で。送りバントは成功しそうか?」

「むずかしいね。凪野の球よりまだ重い。あれをサードやファーストに取らせるのは無理じゃないかな? 三回やって一回成功すればバンバンザイだ」

 ううむと全員がうなる。

 右天内の送りバントが成功しない相手から打つ?

 とうてい不可能では?

 そんな会話の間に三番の一之倉も三振に倒れた。

 来る球はすべてストレート。

 しかもドまん中。

 なのにバットに当たらない。

 きょうの虎丸は特に調子がいいらしい。

 一回の裏の攻撃がはじまる。

 きょうもアキラは先発だ。

 星見がドまん中低めにミットをすえた。

 アキラはふりかぶって投げる。

 旭日高校の先頭打者が大ぶり。

 ボールがバットをすり抜けた。

 ワンストライク。

 二球目三球目と星見がまん中にミットをかまえる。

 アキラはただ星見のミット目がけて投げた。

 打者がおもしろいように空ぶりをする。

 三振でワンアウト。

 気持ちよくなって次の打者にも投げた。

 やはり三振。

 ツーアウト。

 次も同じ。

 三者を三振で切って取った。

 マウンドをおりるアキラは思う。

 きょうのボクってイケてる?

 二回の表。

 男樹高校の攻撃。

 打順は四番の崎守。

 ベンチの草津が崎守を笑う。

「あいつもきっと三振するぜ。ここまでノーヒットだもんな。虎丸は一年坊主に打てる投手じゃない。おれだ。やっぱエースで四番でキャプテンのおれが出なきゃだめだぜ」

 崎守に初球が来た。

 崎守がふっと息を吸う。

 すうっとバットの先端が沈む。

 カキーン!

 会心の音が県営球場にこだました。

 打った崎守の身体はまったくぶれてない。

 白球は雨の落ちそうな空を飛んで行く。

 センターのバックスクリーンに一直線だ。

 ゴンと音がしてバックスクリーンに当たった。

 ホームランだ。

 審判の手がグルグルと回る。

 大会第十五号ソロホームラン。

 男樹高校が一点を先取。

 ふり返っていた虎丸があぜんとした顔をホームベースに向けた。

 虎丸の打たれた初ホームランだ。

 崎守がホームベースを踏む。

 ベンチに足を向ける。

 弓削山が草津を見た。

 ざまあみろという目で。

「ふっふっふっ。ねっ。あたしが言ったでしょ? 弥之助はたよりになる四番打者だって」

 草津だけではなく全員声が出ない。

 まさか本当に崎守がホームランを打つとは。

 崎守がベンチ前で吠えた。

 目からは涙だ。

「うおおぉ! なんでこんなに楽しいんだあ! 虎丸はいいピッチャーだぞぉ!」

 リトルおれさまの陸本が肩をすくめる。

「打ったほうが泣いてるぜ。どうなってんだ?」

 弓削山が答えた。

「うれし泣きよ。とんでもない球だったみたいね」

 つづく五番の星見は三振。

 六番の左池も三振。

 七番の二村も三振。

 三者連続の三振でチェンジ。

 しかしこの回は一得点。

 二回の裏。

 旭日高校の攻撃。

 先頭は四番の虎丸。

 虎丸が左打席に立った。

 百九十センチの長身がもっと大きく見える。

 虎丸も崎守同様かまえにゆらぎがない。

 星見が初球のサインを出す。

 外角低めにはずすストレート。

 様子をうかがう球だ。

 アキラはふりかぶった。

 投げる。

 虎丸のバットがスッと動いた。

 カキーン!

 球は糸を引くようにライトへ飛ぶ。

 フェンスを越えた。

 芝生をコロコロ。

 大会第十六号ソロホームラン。

 アキラはがっくりと肩を落とす。

 いきなりホームランを打たれた。

 せっかく弥之助が一点取ってくれたのに。

 虎丸がダイヤモンドを一周する。

 その間に星見がマウンドに行く。

「気を落とすな凪野。きょうのお前の球は走ってる。いまのは出会い頭の一発だ。なーに。まぐれだよ」

「まぐれでも一点取られたよ星見?」

「ソロホームランだ。まだ同点になっただけ。あとの打者をおさえるぞ。回は二回だ。あと七イニングも残ってる。野球部を復活させるんだろ?」

 そうかとアキラは思い出す。

 この試合に勝つ。

 勝って真由美さんに告白をさせるんだと。

 アキラは胸を張った。

 次の打者に向かう。

 初球を投げる。

 またホームランを打たれるかと不安になった。

 しかし次の打者は簡単に空ぶりをする。

 あれ?

 どういうことだろ? 

 アキラは二球目を投げる。

 また空ぶり。

 三球目もあっさりふってくれた。

 三振でワンアウト。

 つづく旭日高校の六番七番も三振。

 スリーアウトでチェンジ。

 アキラは自分の調子がわからない。

 球は走っているように思う。

 だがそれなら虎丸に打たれたホームランはなんだ?

 外角低めの速球をホームランにされるなんて球が来てない証拠だ。

 アキラは思い出す。

 草津キャプテンは言っていた。

 旭日高校は虎丸以外は素人だと。

 そのせいでみんな三振をしているのでは?

 なるほどとアキラはベンチで自分の打席の用意をする。

 三回の表。

 男樹高校の攻撃。

 打順は八番の三笠から。

 あっさり三笠が三振に倒れた。

 九番のアキラはバッターボックスに立つ。

 虎丸がふりかぶった。

 投げる。

 クオォー!

 うなりを立ててボールが飛んで来た。

「キャア!」

 アキラはバットを投げ出す。

 怖い。

 こんな球を打てるはずがない。

 アキラは打席に立っているだけが精一杯。

 バットをふるどころではない。

 三球三振。

 アキラは次の弓削山に報告をする。

「すっげー怖かった。弓削ちゃんはあの球が怖くないの?」

 弓削山が素ぶりをしながら答えた。

「あはは。バカねえ。あんたの球と同じくらい怖いわよ。あんたの球を空ぶりする旭日高校の選手の顔を見てみなさいよ」

「はい? ボクの球って怖いの?」

「怖いに決まってるでしょ? あんたのきょうの最高速は百四十八キロよ。虎丸の球と二キロしか変わらない。当たればきっと同じくらい痛いわ」

 弓削山が打席に向かう。

 アキラはベンチ前にもどった。

 そのアキラに崎守が声をかける。

「おいアキラ。当たれば痛いどころじゃねえぞ。骨折まちがいなしだ」

 アキラは崎守に訊く。

「弥之助も怖い? 虎丸の球をホームランしちゃったけど?」

「おれは楽しい。こんな楽しいのははじめてだ。もっと味わって打てばよかった。気がつけば打ってたんだ。身体が勝手に動いちまう。だからどんな球を打ったのかわかんねえ」

「ふうん。そうなんだ」

「ホームランってのはそんなもんだ。来たと思った瞬間もうバットが勝手に出てる。打とうかななんて考えて打てるもんかよ」

「そりゃまあそうか」

「アキラ。怖けりゃお前は打席の奥に引っこんでろ。打つ必要はねえ。おれがきょうの全打点を叩き出してやる」

「ありがとう。期待してるね」

 アキラと崎守の会話の間に弓削山が三振に倒れた。

 スリーアウト。

 チェンジ。

 アキラはマウンドにあがる。

 三回の裏。

 旭日高校の攻撃。

 八番九番一番。

 簡単に三振が取れた。

 あれれとアキラは思う。

 やっぱりきょうのボク調子がいい?

 四回の表。

 男樹高校の攻撃。

 二番の右天内から。

 また右天内が送りバント。

 今度はキャッチャーゴロ。

 一塁に送られてワンアウト。

 三番の一之倉。

 直球なのにふり遅れ。

 一之倉が首をかしげる。

 コースは見えている。

 球すじもわかる。

 変化球ではない。

 なのにバットに当たらない。

 手品みたいだ。

 バットをよける薬品をボールに塗ってあるとしか思えない。

 三球三振。

 ツーアウト。

 四番の崎守が打席に入る。

 バットが立つ。

 ピタッとバットのゆれが止まった。

 かまえにゆらぎがない。

 来るなら来い。

 そんなかまえだ。

 それなら投げてやろう。

 そういう顔で虎丸がふりかぶる。

 モーションを起こした。

 投げる。

 内角低めに直球がズバッと来た。

 カキーン!

 打たれた虎丸がふり返る。

 打球はレフトに一直線。

 弧を描いてレフトフェンスを越えた。

 二打席連続のホームラン。

 大会第十七号ソロホームラン。

 虎丸が帽子越しに頭を指で叩いた。

 なんであの球がホームランになるんだ?

 そんな顔だ。

 崎守がホームイン。

 男樹高校が二点目。

 二対一。

 ホームを踏む崎守の目には涙。

 虎丸が気を取り直す。

 次の星見に投げた。

 星見のバットが空を切る。

 虎丸が首をかしげた。

 やはりきょうのおれは調子がいいぞ?

 そんな表情をしている。

 星見が三振。

 スリーアウトでチェンジ。

 四回の裏。

 アキラはマウンドにあがる。

 星見のサインにうなずく。

 初球を投げた。

 先頭の二番打席が内角球に身をちぢめる。

 判定はストライク。

 けど打者は怖そうだ。

 ふうんとアキラは思う。

 ボクの球も怖いらしい。

 ぶつけないようにしなきゃなと。

 ふたりを三振に取った。

 四番の虎丸が左打席に入る。

 かまえた。

 星見がサインを出す。

 内角高めに釣り球。

 アキラはうなずく。

 ふりかぶって投げた。

 球が虎丸のひじのあたりに入る。

 その瞬間。

 虎丸のバットがクルッと回った。

 カキーン!

 アキラは反射的にふり向いた。

 言葉が口から勝手に出る。

「うそ?」

 球はレフトの芝生にポーンと跳ねた。

 ホームランだ。

 大会第十八号ソロホームラン。

 得点は二対二。

 試合がまたふりだし。

 アキラは思う。

 やっぱりきょうのボク調子が悪い?

 けど調子が悪けりゃ悪いなりに投げるのが投手だ。

 仕方がない。

 次の打者から気合いを入れ直そう。

 アキラは深呼吸をひとつ。

 次の五番打者にふりかぶる。

 五番打者は簡単に三振してくれた。

 スリーアウト。

 チェンジ。

 五回の表。

 男樹高校の攻撃。

 六番七番八番が連続三振。

 チェンジ。

 五回の裏。

 旭日高校の攻撃。

 六番七番八番が連続三振。

 チェンジ。

 六回の表。

 男樹高校の攻撃。

 九番一番が連続三振。

 二番の右天内が送りバント失敗。

 スリーアウト。

 チェンジ。

 六回の裏。

 旭日高校の攻撃。

 九番一番二番が連続三振。

 チェンジ。

 七回の表。

 男樹高校の攻撃。

 三番の一之倉から。

 ああでもないこうでもないと首をひねっている一之倉に崎守が声をかける。

「考えて打てるものじゃねえぞ先輩。男はなにも考えずドカーンだ。ドカーンと行け」

 一之倉がうなずく。

「きょうの崎守の言葉は説得力があるなあ。そうか。そうだよな。考えて打てる球じゃない。おれもドカーンと行くか」

 一之倉はフッと気が楽になった。

 理想学園戦で悩んでいたのがバカらしくなる。

 頭を空っぽにして打席に入った。

 ドカーンだドカーン。

 そうつぶやきながら。

 初球が来た。

 ドカーン。

 自分で言ってみた。

 バットには当たってない。

 球はミットの中。

 二球目も同じ。

 口だけドカーン。

 三球目も口だけ。

 かすりもしない空ぶり三振。

 しかし一之倉はふっ切れた。

 気持ちがとつぜん軽くなる。

 次の崎守に報告をする。

「ドカーンって言うだけじゃ飛ばないぞ? お前あの球をどうやって打ってんだ?」

「ドカーンだ」

「そうか。ドカーンか」

 一之倉は悟る。

 崎守に聞いてもむだだと。

 こいつはなにも考えてない。

 きっと男樹高校の誰よりも頭を空っぽにしているんだろう。

 頭がカラなやつしか打てない球だ虎丸の球は。

 一之倉がベンチに帰る前に音が聞こえた。

 カキーン!

 一之倉がふり返る。

 白球がライトに飛んで行く。

 フェンスを越えた。

 芝生に落ちる。

 一之倉がつぶやく。

「嘘だろ?」

 マウンド上の虎丸の口も同じ動きをした。

 崎守がダイヤモンドを一周する。

 大会第十九号ソロホームラン。

 三対二。

 男樹高校がまた一点のリード。

 崎守がうれし涙をかみしめてベンチに帰る。

「虎丸の球。どんどん速くなりやがる。こんな楽しい試合ははじめてだ。おれはアキラに感謝してる。アキラよ。よくぞこの野球部に誘ってくれた。ありがとう」

 アキラは崎守に手をにぎられた。

「えっ? いえ。どういたしまして」

 アキラの背中から陸本がコメントをつける。

「ということはだな。虎丸の球がどんどん遅くなればホームランはなかった。いや。それ以前にうちの四番さえ敬遠すればうちに勝ちはねえ。虎丸は投手としては超一流。けどチームプレーヤーとしては最低なんじゃねえ?」

 その間に五番の星見がぼうぜんと打席に入る。

 崎守は三打席連続のホームランだ。

 敵ながらマウンドの虎丸が気の毒に思える。

 ピッチャーはショックなんだよなと。

 そのショックにつけこもうと星見はセコイことを考えた。

 しかし虎丸にはショックでないらしい。

 あっさり星見は三球三振。

 つづく六番の左池も三振。

 スリーアウト。

 チェンジ。

 七回の裏。

 旭日高校の攻撃。

 アキラは三番を三振に打ち取った。

 次のバッターが問題だ。

 四番の虎丸。

 二打席連続でホームランを打たれている。

 外角と内角。

 どちらの球も通用しない。

 ボクの球速じゃだめなのかな?

 そんな弱気になる。

 星見のサインはドまん中。

 弓削山のようにまん中があんがい穴かも。

 そう読んだらしい。

 アキラは星見を信じる。

 理想学園戦の最終回ではいっぱい食わされた。

 けど星見は勝つためにアキラをだました。

 負けるための嘘はつかない。

 アキラはふりかぶる。

 投げた。

 球がホームベースの中心に走る。

 虎丸のバットがヒュンと見えなくなった。

 カキーン!

 アキラはポカンと口をあけた。

 虎丸の中心軸はずれてない。

 音は会心の響きだ。

 ふり向くまでもない。

 またホームランだ。

 まあしょうがないか。

 ドまん中のストレートだもんな。

 そう思ったときセンターのバックスクリーンで音がした。

 ドンと。

 バックスクリーンを直撃したらしい。

 虎丸がダイヤモンドを一周する。

 大会第二十号ソロホームラン。

 三対三。

 試合はまたまたふりだし。

 そのころ放送席は声をなくしていた。

 こんな妙な展開の試合は初めてだ。

 投手は今大会を代表する右腕と左腕。

 てっきり投手戦になると予想をしていた。

 ところがふたをあけてみると打撃戦だ。

 ホームランがすでに六本飛び交っている。

 ひと試合で六本ホームランが出る試合だ。

 なのに得点は三対三。

 しかもろくでもないことに両投手はホームラン以外すべて三振。

 ホームランさえなければ完全試合だ。

 ここまで常識はずれな試合は経験がない。

 解説者とアナウンサーはどう放送していいかわからない。

 どういう形で決着がつくか予測がつかない。

 乱打戦ではない。

 だが投手戦でもない。

 両チームの主砲だけが活躍をしている。

 あとはしゅくしゅくと三振の山。

 このままホームラン合戦がつづけばどこまで行っても終わらない。

 それとも両投手のどちらかが緊張の糸が切れて突然の乱調で試合が終わる?

 アキラにはアナウンサーの声が聞こえそう。

 いやあ。

 いよいよわからなくなって来ましたねえと。

 投げているアキラ自身がよくわからない。

 調子が悪いときにホームランを連発されるのならわかる。

 しかし調子がいいのに打たれている。

 虎丸に投げるときだけ調子が悪くなるのかな?

 アキラは知らない。

 虎丸も同じ疑問を崎守に感じていることを。

 アキラはつづく五番と六番を三振に打ち取った。

 虎丸以外アキラの球をバットに当てた打者はいない。

 受ける星見も疑問だ。

 きょうのアキラはこれまでで最高の球を投げている。

 百五十キロにかぎりなく近いはずだ。

 それを虎丸にはピンポン球のように運ばれる。

 どうなっているんだいったい?

 八回の表。

 男樹高校の攻撃。

 七番八番九番が連続三振。

 チェンジ。

 八回の裏。

 旭日高校の攻撃。

 七番八番九番が連続三振。

 チェンジ。

 ついに三対三で九回をむかえた。

 九回の表。

 男樹高校の攻撃は一番の弓削山から。

 きょうの弓削山は三三振。

 一度もバットに当てていない。

 試合がここまで進むと三回バットに当てた右天内が偉大に思えて来る。

 崎守は別格だが右天内はどうしてバットに当たるのか?

 弓削山がネクストバッターズサークルの右天内に訊いてみた。

「右天内先輩。どうしてバットに当たるのよ?」

「こうかまえてだな。カツンだ。するとバットに当たる」

 弓削山は首を横にふる。

 だめだこりゃ。

 弥之助と同じ人種だわこの先輩。

 頭が空っぽでなきゃ当たらないのよねきっと。

 あたしって知性派だから真似できないわ。

 弓削山がつぶやきながら打席に入る。

 ぜんぜんバットに当たらない。

 空ぶり三振。

 ワンアウト。

 つづく右天内がまたバントのかまえ。

 言葉どおりカツンと当てた。

 球がピッチャー前に転がる。

 虎丸がすくいあげた。

 一塁に投げる。

 ツーアウト。

 三番の一之倉が打席に立つ。

 一之倉もバットに当たる気がまったくしない。

 こいつは延長戦だな。

 そうつぶやいて一之倉がかまえる。

 虎丸がふりかぶった。

 投げる。

 球がうなりをあげない。

 山なりのボールだ。

 外角に大きくはずれている。

 捕手があわてて腰を浮かせた。

 一之倉が眉を寄せる。

 手を出せる速さだ。

 しかし球が外角に遠い。

 バットが届かない。

 捕手が横に移動して球を取った。

 時速百二十キロていどの球だ。

 スッポ抜けか?

 一之倉がかまえ直す。

 ビデオで見た虎丸の投球にこんな球はなかった。

 一之倉がネクストバッターズサークルの崎守を見る。

 次の崎守が怖い?

 だから腕がちぢこまったのか?

 それならチャンスだ。

 一之倉が意気ごむ。

 バットをかまえる手に力がこもる。

 虎丸が投げた。

 また外角に大きくはずれるスローボール。

 捕手が大あわてでボールを取る。

 次の三球目も同じ。

 一之倉は自分の右ひじをさわってみる。

 次に虎丸の左ひじを見た。

 虎丸のひじはまっすぐ伸びている。

 故障が起きたのではないらしい。

 一之倉がかまえて待つ。

 はたしてまた同じスローボール。

 フォアボールで一之倉が一塁へ。

 一塁上で一之倉は思う。

 これではまるで敬遠だと。

 アナウンサーはきっと唾を飛ばしているはず。

 こんな感じに。

「突然コントロールを乱した常盤くん! この試合最大のピンチです! つづくバッターはきょう三ホームランの崎守くん! 九回の表に思ってもみない展開がやってまいりました!」

 崎守が打席に立つ。

 虎丸がふりかぶる。

 マウンドで伸びあがった。

 一塁ランナーは無視だ。

 アキラは息を飲む。

 虎丸はきょう最もリラックスしている。

 最高の球が来るだろう。

 崎守の頬がゆるんだ。

 うれしそうだ。

 ごちそうを前にした子どもみたい。

 虎丸の全身がしなる。

 左腕が弓のようにたわんだ。

 一気に頭の上からふりおろされる。

 剛球がうなりをあげてホームベースに走る。

 崎守のバットの先がかすかにゆれた。

 その瞬間。

 アキラの目は崎守のバットを追えなくなった。

 カキーン!

 快音とともに白球が舞いあがる。

 いまにも雨が落ちそうになっている空だ。

 いつの間にか雲が黒色を濃くしていた。

 今度は虎丸がふり向きもしない。

 マウンド上でコキコキと左手首をふっている。

 次の打者にそなえるように。

 球はバックスクリーンの上を越えた。

 場外ホームランだ。

 大会第二十一号ツーランホームラン。

 五対三。

 崎守がホームにもどって来た。

 次の星見が崎守をむかえる。

「百五十八キロは出てたな。いまの球」

 涙目で崎守が答えた。

 最高に楽しい。

 崎守はそんな笑顔で泣いている。

「そうか? 止まって見えたぞ?」

 星見が肩をすくめた。

 こいつは化け物だと。

 星見が打席に入る。

 マウンドにいるのも化け物だ。

 星見はそういうあきらめ顔。

 あっさり星見が三振に倒れた。

 スリーアウト。

 チェンジ。

 星見がベンチにもどる。

 そこで騒ぎに気がついた。

 リトルおれさまの陸本がわめいている。

「お前ら頭がおかしいんじゃないか? 次は九回裏だぞ? おれはもしって言ってるだけだ。もし凪野がフォアボールを出したらまた虎丸に回る。そしたら虎丸を敬遠しろ。虎丸に打たせなきゃこの試合は勝ちだ。せっかく二点リードしたんだぞ? 凪野と星見。お前ら正直に勝負しすぎだ。ほかの学校はみんな虎丸を敬遠した。理想学園なんか虎丸を全打席敬遠だ。打倒虎丸だろ? 虎丸に勝つんだろ? 敬遠だって野球の戦法だぜ? 敬遠しちゃいけねえなんてルールはねえ」

 たしかにそのとおりだと星見は思う。

 アキラは口を開く。

「でもボクそんなのはちょっと」

 監督の桜子も口をあけた。

 桜子が口出しをするのは初めてだ。

「美しくない。ねえ陸本くん。それは悪役の使う手よ。青春野球映画の主人公の使う手じゃないわ。そんな美しくない映画。わたしはごめんよ」

 崎守も口を開く。

「おれも反対だ。男にはさけられねえ勝負がある。逃げて道が開けるか」

 そのとき審判がうながした。

 早く守備につけと。

 男樹ナインが守備に走る。

 その背中に陸本が声をかけた。

「凪野ぉ! ピンチが来たら敬遠をするんだぞぉ! 卑怯でも卑劣でもないからなぁ!」

 アキラはマウンドに立つ。

 九回の裏。

 旭日高校の攻撃は一番から。

 一番二番三番をいままでどおり三振に取れば試合は終わる。

 もう虎丸と対戦しなくていい。

 この三人さえおさえれば勝ちだ。

 虎丸にはもう投げなくていい。

 アキラはそう自分に言い聞かせた。

 目は三塁側ベンチ前でバットをふる虎丸に釘づけ。

 三塁側のスタンドには桃子の姿も見える。

 チアガールたちも。

 桃子はきょう虎丸の応援だ。

 若竹真由美の姿はない。

 来ていないらしい。

 空からはいまにも雨が落ちそう。

 アキラは気が散っている自分に気づいた。

 一番バッターが打席に入って来る。

 なのに集中力が散漫だ。

 アキラは星見のミットを見る。

 内角の低め。

 フォアボールさえ出さなければ虎丸には回らない。

 この回さえおさえれば虎丸に勝てる。

 星見とまた野球ができる。

 星見に球を受けてもらえる。

 アキラは投げた。

 球が予想以上に打者の内角に食いこむ。

 だめだ!

 アキラは小さく悲鳴をあげる。

 打者が球をよけそこねた。

 太ももの表面に当たった球はバックネットへ。

 デッドボールだ。

 打者はあまり痛そうには見えない。

 しかし足を引きずり一塁へ。

 アキラは帽子を取って頭をさげる。

 どうしよう?

 アキラは不安になった。

 出してはいけないランナーを出した。

 ダブルプレイに取らないかぎり虎丸に回る。

 そのアキラの動揺がひじをちぢめた。

 球が走らない。

 きょう最も遅い球が二番打者に向かう。

 二番打者が快打した。

 センター前にクリーンヒット。

 ノーアウト。

 一塁二塁。

 星見がタイムを取った。

 マウンドに走る。

「どうしたんだアキラ? いきなり?」

「ごめんカナメ。ボク。ボク」

「不安になったわけだな。大丈夫だ。まだ球は走ってる。お前なら打ち取れる」

 星見がナインをマウンドに集めた。

 議題は次の三番バッターだ。

 ノーアウトで一塁二塁。

 三番は送りバントの率が高い。

 しかしそのあとの四番虎丸はきょう三ホームラン。

 さっきの陸本ではないが一塁があけば敬遠はとうぜんの策。

 虎丸を敬遠させないために送りバントをしない。

 そんな選択もある。

 ファーストを守る一之倉が声を出す。

「星見。いちおうバント警戒だ。けどはずす必要はないぞ。バントしたけりゃやらせろ。アウトカウントがひとつ増えて好都合だ。とにかく打者を三人切ればいい。ランナーは気にするな凪野」

 星見がアキラを見る。

「いけるなアキラ?」

「うんカナメ」

 星見がナインを守備にもどす。

 自身がホームにもどる前ふと気づく。

 アキラに声をかけた。

「凪野。おれの呼び方がカナメになってるぞ。星見にもどしといてくれ」

「う。うん。わかった」

 星見がホームベースのうしろにすわる。

 旭日高校の三番打者が右打席に入った。

 星見はバッターの立ち位置をうかがう。

 この三番はきょう打席のうしろでかまえていた。

 踏みこんで打つタイプのバッターだ。

 それがいまは前。

 バントに来るらしい。

 星見がサインを決めた。

 外角の低めにストレート。

 危険は大きいかもしれない。

 しかしバントをファーストに取らせればワンアウトだ。

 ダブルプレイを狙って内角に投げさせるのも考えた。

 けどまたデッドボールになればノーアウト満塁になる。

 それよりはワンアウト二塁三塁がまし。

 アキラはセットポジションから投げた。

 外角の低めに球が走る。

 さっきヒットにされた球より速い。

 三番打者がバットを寝かせた。

 コツン!

 星見の狙いどおり一之倉の前に球が転がる。

 一之倉が取ってアキラにパス。

 星見が指示を飛ばす。

「ファーストだ凪野!」

 アキラは一塁に投げた。

 カバーに入った二村がキャッチ。

 ひとつアウトを取った。

 ランナーはそれぞれが進塁。

 ワンアウト二塁三塁。

 むかえるバッターは四番の虎丸。

 きょうは三打数三ホームラン。

 得点は五対三。

 男樹高校が二点のリード。

 旭日高校の走者は二塁と三塁。

 外野に抜ける単打で同点。

 ホームランが出れば逆転サヨナラ。

 九回の裏に来て最大のピンチ。

 アキラはマウンドで泣きそうな顔だ。

 最終回の裏にサヨナラのランナーを背負った。

 思い出すまいとしてもアキラは思い出す。

 去年の夏のサヨナラパスボールを。

 あのパスボールが家族の死を呼んだ気がしている。

 あのパスボールさえなければみんなはまだ生きているんじゃないか。

 そんな思いがアキラにこびりついて離れない。

 きょうもパスボールでサヨナラ負けするんじゃないか。

 そうなれば野球部のみんなともまた悲しい別れになる。

 不安がアキラを押しつぶしそう。

 そんなアキラを見て星見がまたタイムをかけた。

 マウンドに男樹ナインを集合させる。

 議題は虎丸を敬遠するか否か。

 時間をかせぐために全員の靴ひもをほどけさせた。

 審判はイライラするだろうが靴ひもをむすび直すまで試合再開はない。

 ベンチで陸本が叫んでいる。

 敬遠しろぉと。

 アキラは気弱な提案を出す。

 顔色はまっ青だ。

「虎丸を敬遠したほうがいいんじゃない? ホームランを打たれたらサヨナラだよ?」

 崎守がこぶしを突きあげた。

「すでに三本打たれてる。三本も四本も変わらねえ。お前のせいでおれたちは野球ができる。今日ほどおもしろい思いをしたのは初めてだ。人生太く短く。最後まで男を貫けアキラ」

 アキラは弓削山と顔を見合わせる。

 ごめん。

 ボク女ですと。

 右天内がアキラの背中をグラブで叩く。

「おれたちがここにいるのは凪野のおかげ。凪野がいなけりゃおれたちはいまごろぐったりと自宅でダラけてたろうよ。することのない夏休みを持てあましてたはずだ。それがなんと準決勝だぜ? 一本のヒットも打てないおれがだ。おれは負けても満足。サヨナラ負けけっこう。おれたちの夏にしちゃ上等だぜ凪野」

 左池が靴ひもをむすびながらつづく。

「人生はスマートに。それがおれのモットーだ。だがな。根性もたまにはいい。最後の大勝負を見せてくれ凪野」

 一之倉も声をかける。

 糸のように細い目がさらに細まった。

「おれが野球にもどる決心をしたのは凪野の球を打てたからだ。おれに打たれる球だぜ。虎丸に打たれて当たり前。虎丸は打者としてもすごいやつだ。あんな打者に投げられるお前は幸せ者だぞ凪野」

 二村も靴ひもを慎重に緊めこんだ。

「そうだぞ。本来この大会も棄権する予定だったんだ。負けて悲しむおれたちじゃない。男ならストレート一本勝負だ凪野」

 三笠が関係のないことを口にした。

「おれ。帰ったら親父に言ってやる。カネのためにマンガを描くならやめろって。自分の描きたいマンガを描けって。親父がずっと悩んでたのをおれは知ってた。けどおれは言えなかった。親父がマンガを描かなくなったらおれたち路頭に迷うからな。でももういい。おれも高校生になった。路頭に迷ってもなんとかしてやる」

 アキラはあわてる。

「いや。路頭に迷うのはまずいでしょ三笠先輩。おカネのためにも描く。描きたいものも描く。その両面で話をすすめるべきだよ」

「そ。そうか?」

「そうだよきっと」

 三笠がうなずく。

「じゃそうしよう」

 アキラは弓削山の耳にささやく。

「男らしいやつばっか」

 弓削山があきれた。

「みんな男だもん。純粋な女はあんたひとりよ凪ちゃん」

「あ。そうだっけ。つい忘れるよボク」

「お気楽な性格ねえ。まあそうでないと男子校で男装して野球なんかできないわよね」

 アキラは笑った。

 男樹高校に来て毎日が楽しい。

 昨年から泣いてすごしていたのが嘘みたいだ。

 しかし自分だけがこんな思いをしていいのか?

 アキラは全員の顔を見回す。

「試合に負けると泣きたくなるよ? それでも虎丸と勝負に出ていいのみんな?」

 崎守がアキラの背中を叩く。

「ここにいるやつはみんな負けたやつばかりだ。負けて悔しくねえやつなんかいねえ。けど負ける以上も悔しいこともある。あの虎丸のバカはよ。おれと勝負がしてえから一之倉先輩を敬遠しやがった。お前もかたく考えるな。バカになれ。野球をやってるやつはみんなバカだ。かしこい人間がこんなくだらねえタマ遊びをするかよ。お前は虎丸以上のハンデをくれてやったと思えばいい。この場面をおさえれば勝ち。ホームランでサヨナラだ。これ以上の見せ場はねえ。名場面だぞ。はなばなしい負けもスッキリと気持ちいいものだ。逃げるなアキラ。虎丸と勝負しろ」

 星見がうなずいた。

 ナインを解散させる。

 審判が早くしろとせかす。

 星見が靴のひもをぎこちなくむすぶ。

 演技ではなく手がふるえてうまくむすべない。

 それだけ虎丸を前に緊張している。

「アキラ。お前はいいピッチャーだ。おれお前に会えてよかったよ」

 アキラには星見の言葉が打たれてもいいと聞こえた。

「勝つんだろ? 勝って野球部にするんだろ?」

「いいや。そんなことはもうどうでもいい。試合に勝ったってお前が負けちゃだめだ。ピッチャーに胸を張って投げさせられる捕手じゃなきゃだめなんだ。お前の最高の球をくれ。打たれたって悔いはない。そんな球を投げろ。こんな試合。落としたってどうってことはない。試合に勝ってもお前の腕がちぢんじまえばおしまいだ。最後までビビらず投げろ。うちのエースはお前だアキラ」

 アキラは涙があふれる。

 星見がアキラの背中に手を当てる。

「泣くな。泣くのは勝ったあとか負けてからだ。試合が終わったあとで泣け。いまは泣いてるときじゃないぞ。ああ。そういやな。ひとつ気になってんだが」

「なに?」

「そんなに涙もろくていいのか? マウンドで表情がだだ洩れだぞ? それともそれは演技か? 相手打者を混乱させるためにわざとやってる? 泣きそうな顔のほうがコントロールがいいもんな」

 アキラは口を突き出す。

「演技で泣けるか! ボクはそんなに器用じゃないぞ!」

「そいつはすまなかった」

 アキラは涙をそででぬぐう。

「あのねカナメ。中学のボクの最後の試合さ。最後の打者を三振に取ったんだ。けどパスボールでサヨナラ負け。球が速すぎたんだ。ゆるい変化球を投げりゃよかったのか。打たせりゃよかったのか。ボクはずっと考えつづけてる」

 星見が気づく。

 こいつの不安の元はそれかと。

 星見も思い出す。

 去年の夏を。

 あの最後の一球を。

 星見が捕手をやめる決心をしたあの球を。

「そいつはちがうだろ。最後の打者には目一杯の球だ。お前はまちがってない。お前にこんなことを話してもわからないだろうがな。おれもずっと後悔してるんだ。去年の夏の最後の球を。スライダーがよかったのかストレートがよかったのか」

「ボク。その試合見てたよカナメ」

「まさか? なぐさめはいいよアキラ。ずっとおれは投手がまちがってると思ってた。けどお前といっしょに試合をしてわかった。おれも投手もどっちもまちがってたんだ」

「どっちもまちがってた?」

「ああ。どちらも正解だったと言うべきか。おれは勝つための選択をした。けどそれは投手に不信を抱かせただけだったんだ。投手はリラックスさせなきゃ最高の球は来ない。おれはあいつの言うことを聞いてやるべきだった。投げたい球を投げさせるべきだった。すくなくとも投手にわだかまりを抱かせて投げさせるべきじゃなかった。あのとき打たれた内角のストレートは中途半端な球だった。もし外角のスライダーだったとしても投手に迷いがあれば打たれる。最も危険なコースでも投手のベストな球なら打ち取れたはずだ。投手の最高の状態を引き出してやるのが捕手だとおれは思う。あのときは試合に勝つことが一番だとおれは思ってた。しかしベストを尽くして負ける試合もある。試合に勝つより大切なこともあるんだろう。アキラ。おれはいまお前の最高の球が見たい。見せてくれ。お前の最高の球を」

 アキラはうなずく。

「うん。見せてやるよカナメ。ボクの最高の球を」

「よし。どんな球でもおれが取ってやる。お前は安心して投げろ。パスボールなんか絶対にしない。命がけで取ってやる。ところでアキラ。いや凪野。おれの呼び方がまたカナメになってるぞ」

「えっ? ごめん。気づかなかったよ。ところでさ星見。名前を呼ばれてボクにキスしたくなった?」

 星見の頬が赤く染まった。

「えーと。聞かないでくれるかそんなこと」

「ふふふ」

 笑うアキラの顔に血色がもどっている。

 審判が大声を張りあげた。

「早くしたまえ! 遅延行為で退場にするぞ!」

 星見がホームベースにもどった。

 アキラは打席に立つ虎丸をにらみつける。

 気迫で負けるわけにはいかない。

 しかし虎丸もすごい気合いだ。

 張り詰めた気が押し寄せて来る。

 アキラは星見のサインを見た。

 ドまん中の低めにストレート。

 星見の顔に書かれている。

 渾身の球で来いと。

 アキラはうなずく。

 セットポジションに入った。

 ボールを胸で止める。

 祈りをこめた。

 勇紀。

 父さん母さん。

 ボクに力を貸して。

 右腕をうしろに引く。

 小さくモーションを起こす。

 投げた。

 球はうなりをあげてホームベースの中心に飛ぶ。

 虎丸のバットがピクッと動く。

 虎丸がバットをふった。

 キーン!

 ファールだ。

 球はバックネットを越える大飛球になった。

 星見が立ちあがっている。

 ボールは低めに行ったはず。

 なのに星見のミットは胸の位置。

 アキラは首をかしげた。

 どうして星見のミットがそんな位置にあるのか?

 星見がまたすわる。

 二球目もサインはドまん中の低めだ。

 アキラはうなずく。

 ボールにねがいをかけた。

 もう一度同じところに行ってと。

 セットを起こした。

 投げる。

 虎丸のバットがスッと回った。

 パキン!

 ファールチップだ。

 審判の肩の上を抜けてバックネットを直撃する。

 打った虎丸が首をひねる。

 たしかにとらえた。

 そんな顔だ。

 星見がまた立ちあがっている。

 星見がすわった。

 サインを示す。

 ドまん中の低め。

 アキラはうなずく。

 ボールに話しかけた。

 勇紀。

 お姉ちゃん頑張ってるよ。

 この試合を見せてやれなくてごめんね。

 モーションを起こす。

 左足をあげた。

 右手を地面すれすれに沈ませる。

 右手首をうしろに引いた。

 ボールをがっしりとつかむ。

 指先でボールの感触をかみしめた。

 左足を踏み出す。

 右手が右足をかする。

 ひじがビュンと伸びる。

 球が指を離れた。

 身体が前にのめる。

 球がホームベース目がけて疾走する。

 虎丸のバットが始動した。

 会心のスイングがホームベース上をなぎ払う。

 ボールがバットのまん前に飛びこんだ。

 打たれた!

 アキラは目をつぶる。

 しかしボールはバットの上をすり抜けた。

 立ちあがった星見のミットに収まる。

 虎丸のベルト付近から胸の高さに浮きあがる球だ。

 下手投げ特有のライジングボール。

 本日最高の一球。

 バシンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 アキラは目をつぶったまま審判のコールを聞いた。

 アキラの身体がそのまま前に倒れこむ。

 引きもどすだけの力が湧かない。

 バットをふり終わった虎丸が体勢を崩した。

 ずっと身体の芯がぶれない虎丸だったのに。

 ついに虎丸を空ぶりの三振に取った。

 アキラはマウンドから転がる。

 全身の力が抜けてグニャグニャ。

 星見がタイムをかけてアキラに駆け寄った。

 アキラを助け起こす。

 アキラは勢いがつきすぎてこけただけらしい。

 元気な声を出す。

「やったよカナメ! ボク。ボク。虎丸を三振に取ったんだ!」

「おい凪野。またカナメになってるぞ」

「あ。ごめん」

「いいよ。よくやった。いまのはきょう最高の球だったぞ。でもあとひとり残ってる。野球はツーアウトからだ。わかってるな?」

「うん!」

 アキラはマウンドにもどる。

 ふりかぶった。

 アキラにはランナーが見えてない。

 見えるのは星見のミットだけ。

 残り三球を全力で投げた。

 五番バッターがかすりもしない。

 三球三振。

 審判の右手があがる。

「ストライク! バッターアウト!」

 アキラは次の球を待つ。

 けど星見が次の球を投げない。

 星見は立ちあがっただけ。

「あれ? 星見ぃ。どうして次の球をくれないのさ?」

 うしろから走って来た弓削山がアキラの背中をグラブで叩く。

「なにボケてるのよ凪ちゃん? 試合終了じゃないさ」

「はい? も。もう終わったわけ?」

 アキラはもっと投げたい。

 いま投げることがとっても幸せ。

 星見のミットだけを見ていたい。

 審判が声を張りあげた。

「早く整列しないか! 試合終了だぞ!」

 大粒の雨がポツリポツリと落ちはじめる。

 ホームベースをはさんで両校の選手があいさつをした。

 アキラは虎丸に声をかける。

「これで男樹野球部は正式に復活してもいいよね?」

 虎丸がブスッと答えた。

「仕方がない。約束だからな。認めよう」

「やったぁ! また星見と試合ができるぅ!」

 雨粒がさらに大きくなった。

 いきなりのどしゃぶりだ。

 全員がベンチに避難をする。

 陸本がアキラのユニフォームをつかむ。

「どうしてあそこで虎丸を敬遠しなかったんだよ? 三振に取れたのは幸運だっただけだ。ホームランを打たれたらサヨナラだったんだぜ? あんな野球があるか!」

「ごめんリトルおれさま。コントロールが乱れて来たの。虎丸を敬遠したら緊張の糸が切れちゃう。あとはフォアボールだらけになりそうだったわけ。許してね」

「そ。そうか。それなら許そう。九回をひとりで投げたわけだ。たしかに握力も弱るだろう。でも今度からおれさまの指示に従うように。わかったな凪野?」

「はーい」

 次は能代だった。

 アキラの耳にささやく。

「えらいよお前。よくあの虎丸と九回を投げ抜いたな。おれや草津キャプテンだったら途中で心が折れてる。しかも最後は勝っちまった。おれは女を見直したぜ。お前はすごいやつだ。貧乳だけど」

「貧乳はよぶんだよ能代くん」

「能代と呼んでくれ。お前は女じゃねえ。マブダチだ。貧乳だけど」

「貧乳はやめてよぉ。とっても気にしてるんだからさ」

 一方。

 教頭がまた泣いていた。

 今回の教頭の心の叫びはこうだった。

「うおおっ! また毛が抜けたぁ! たのむぅ! もう勝つのはやめてくれぇ!」

 雨で第二試合が翌日に順延になった。

 虎丸に勝ったことで男樹高校は決勝戦に進む。

 実に二十年ぶりの県大会決勝進出だ。

 アキラと崎守をのぞく野球部員は全員がウキウキ。

 第二試合の勝者がどこになるか気をもむ。

 予想は愛美学院が圧倒的だ。

 教頭の報告を聞いた校長も次の愛美学院戦で負けるよと太鼓判を押す。

 台風は足早に日本海を駆け抜けた。

 夕方に雨があがった。

 あしたは晴れると天気予報が告げている。

 あした準決勝の残りひと試合が予定どおり行なわれそうだ。

 もし愛美学院が負けてくれれば男樹高校の優勝もありうる。

 アキラは弓削山と雨あがりの道を真由美のアパートに歩く。

 アパートの戸をノックした。

 真由美が顔を出す。

「あら? なんの用? 虎に勝ったんでしょ? わたしにもう用はないんじゃなくて?」

 弓削山が一歩前に出る。

「約束は守ってもらうわよ」

「約束? なんの?」

「とぼけないで。虎丸に告白するって賭けよ。あたしたち虎丸に勝ったわよ。あんたの虎丸にね」

「やだあ。あれ本気にしてたの? あんなの冗談に決まってるじゃない。やーねえ」

「嘘つき! だからあたしは女がきらいなの! 女と女の約束をやぶる気?」

「あ。廊下で騒ぐのもなんだから。入って」

 アキラと弓削山は部屋に入る。

 またお茶を出してもらった。 

 真由美が頭をさげる。

「ごめん。やっぱりわたし」

 弓削山がポケットからスマホを出した。

 電話をかける。

 話をはじめた。

「もしもしあたし男樹高校の野球部よ。虎丸を出して。男樹野球部と言えばわかるから」

 虎丸にかけているらしい。

 虎丸が出た。

「なんの用だ弓削山? さっそく勝った自慢か?」

「ううん。ちがう。別の人が用なの。代わるわね」

 弓削山がスマホを真由美ににぎらせる。

「さあ。約束を守ってもらいましょうかしら?」

 真由美が弓削山をにらむ。

「いやみな女ねえ。本物の女でもあんたみたいにやなやつはすくないわ」

「うだうだ言わないの。ほれ。待ち合わせ場所を決めなさい。それとも電話で告る?」

「わかったわよ。ああ。虎。わたし真由美。二丁目の公園に今晩八時に来て。待ってる」

 真由美が一方的に告げて通話を切った。

 アキラと弓削山はいったん真由美のアパートを出る。

 帰るふりをして二丁目の公園に先回りをした。

 八時前にまず真由美が来る。

 八時ちょうどに虎丸が現われた。

 時間に正確な男らしい。

「いまさらなんの用だ真由美? こんなところに呼び出して?」

 真由美がくちびるをかむ。

 虎丸に背を向けた。 

「そうよね。いまさらよね」

 真由美が帰ろうとする。

 弓削山がアキラの耳に口をつけた。

「あのバカ男。なんで引き止めないのよ? 帰っちゃうじゃない」

 虎丸が動く。

 真由美の手首をつかみ止める。

 弓削山の声が聞こえたはずはないが。

 虎丸が真由美の顔を正面から見た。

「真由美。おれはお前が」

 真由美が虎丸の口に手を当てる。

「ごめん虎。その先は言わないで」

「おれじゃだめか真由美? お前まだ花咲のことを?」

「ううん。そうじゃない。ある人と約束したの。だから言わないで。口をつぐんで。おねがい」

「わかった。おれが悪かった」

「ちがうわ。悪いのはわたし。ねえ虎。わたしあなたが好き。好きなの」

 虎丸が真由美を見つめた。

「おれもお前が好きだ真由美」

 虎丸と真由美の顔が接近する。

 弓削山が声をひそめた。

 腕を力強くふる。

「そこだ! 行け虎丸! いまよ!」

 虎丸と真由美の顔が重なる。

 アキラは息を飲む。

 いいなあ。

 そう思った。

 とてもうらやましい。

 真由美が虎丸から顔を離した。

「ごめんね虎。あんた方向音痴なのに置き去りにしちゃって」

「まったくだ。おかげでおれは二年間迷いっぱなし。おれは野球よりお前がいいんだ」

「わたしもなによりもあんたがいい。わたしの虎」

 またふたりの顔が重なる。

 弓削山がアキラの手を引いた。

「さあ。とっととずらかりましょう」

「なんで?」

「なんでって凪ちゃん。こんなところを誰かに見られたらあたしたち変態のぞきコンビじゃない? また校長室に呼び出されるわよ?」

「なるほど。けどもうすこし見てたいのに」

「あんたもあとしばらくしたらするようになるって。自分たちのを見てなさい」

「どうやって見るのさ?」

「ビデオに撮って見りゃいいじゃない。とっても変態的で気持ち悪いわよ」

「あはは。そんなの見たくないよ。だいたい誰とするわけ?」

「星見とに決まってるでしょ?」

「うーん。そうなりゃいいんだけどさ。男装してずっといっしょの部屋に住んでた男がね。実は女だって知ったら引かれない?」

「男に愛されるよりはまし。きっとそう思うでしょうね」

「そうかなあ。軽蔑されそうな気がするけど」

「軽蔑されるならもうされてるって。夜中にあんな落書きをする男なのよあんたって。あたしなら叩きのめして部屋から追い出してるわ」

「なるほど。でもさ弓削ちゃん」

「なあに?」

「ボクがソフトボールなんかやってなきゃボクの家族は死ななかった。そのボクが一年も経たないうちに笑ってる。ボク。笑ってていいのかな? 三人に申し訳ない気がする」

「バカね。あんたなにをバカなことを言ってんのよ? もしあたしが先に死んで妹が泣き暮らしたらさ。あたしは化けて出るわ。ぶん殴ってやる。笑いなさい前を向くのよって。よく考えなさいよ。もし死んだのがあんたならどうなの? 弟が泣き暮らすのを望む? 弟が笑ってるとあんた悲しい? 弟が泣いて泣いて生きるのもいやだなんて言って欲しい? あたしはそんなのごめんだわ。あたしが死んだって家族には笑ってて欲しい。たまに思い出してくれりゃいいだけ。毎日泣き暮らすなんてとんでもない。笑って前を向いてしっかりと生きて欲しい。あんたの両親や弟だってきっとそうねがってる。あんたが泣いてちゃだめ。笑うの。前を見て歩くの」

「ボク笑ってていいの? 幸せでいいの?」

「ええ。あんたの幸せがあんたの家族の幸せよ。生き残った人間が幸せにならないでどうするの? あんたが笑うとあんたの家族も安心できるはずよ。すくなくともあたしが先に死んだらそうねがうわ。あんたが家族のぶんまで笑いなさい。あんたの家族のぶんまで幸せになるのよ」

「うん。わかった。努力する」

 翌日。

 また夏の青空が広がった。

 台風一過だ。

 順延になった愛美学院戦が終わる。

 決勝の相手は予想どおり愛美学院に決まった。

 スタンドで見ていた男樹高校ナインが席を立つ。

 通路の横に虎丸と真由美が立っている。

 理想学園の毛利監督もだ。

 愛美学院の偵察らしい。

 虎丸と理想学園の夏の大会は終わった。

 けど秋がある。

 春のセンバツのためだろう。

 真由美がアキラと弓削山の手をつかむ。

「約束は守ったわよ」

 つづいて真由美がアキラに抱きつく。

「ありがとう凪ちゃん。あんたたちから勇気をもらった。わたし母虎と戦う決心がついたわ。この恩は一生忘れない」

 虎丸が目を見開いた。

 アキラと離れた真由美の手首をつかまえる。

 真由美を問い詰めた。

「真由美。凪野とどういう関係だ?」

 虎丸は焼きもちを妬いたらしい。

 真由美が眉を寄せてアキラを見た。

 困った顔の真由美にアキラは寄る。

 真由美の耳に口をつけた。

「ボクが女だとバラしていいよ真由美さん」

 真由美が意外といった顔を見せる。

「いいの凪ちゃん?」

「うん。ボクもういっぱい星見に受けてもらった。弓削ちゃんやみんなとも友だちになれた。ボク女のくせに男の友情も味わえたよ。野球部も復活したしね。バレたら女だと打ち明けてみんなにあやまろうと思ってるんだ。だからいいよバラしちゃって。せっかく虎丸とうまく行ったんだろ? ボクのせいでまたおかしくなったらいやだもん」

 真由美がうなずく。

 虎丸をわきに引っ張った。

 虎丸の耳に真由美が口を寄せる。

 虎丸がエッという顔でアキラを見た。

 アキラは笑顔で虎丸に手をふった。

 虎丸の肩ががっくりと落ちた。

 おれは女に負けたのか。

 そんな顔だ。

 アキラは虎丸を三振に取ったときより満足。

 ざまあみろとガッツポーズを作った。

 その間に星見が毛利監督に寄った。

「監督。失礼ですけどひとつだけ教えてください。どうして崎守を全打席敬遠したんです? 崎守はたぶん全打席三振に終わったはずだ。おれにはあの敬遠の意味がわかりません」

 毛利が笑って星見を見た。

「崎守くんは今大会屈指のスラッガーだ。むらはあるが実力は虎丸と並ぶ。私は数学の教師でね。勝つ確率の高いほうを提示しただけ。崎守くんが全打席三振するってのは結果論だ。とつぜんその気になったらホームランが出る。旭日高校戦はそのとおりになったろ? 私はあのとき勝てる最善を選手たちに選ばせた。その結果が崎守くんの全打席敬遠だ。私は選手たちをしごく。しかし試合では選手たちに選ばせる。試合をするのは選手だからね」

「なるほど。崎守の全打席敬遠は選手が選んだ策だったんですか」

「そうだ。うちは全員が凡人でね。凡人は天才に勝てない。それが私の教育哲学だ。ただしチームプレイは別。勝てないまでもひと泡吹かすことはできる。特に野球はそうだ。うちの投手は崎守くんと対戦したくなかった。そういうことだね。凪野くんにはストレートで充分。そう思って投げたんだろうさ。まさかハンバーグ定食に負けるとはね。私の計算にもなかったよ。男樹高校の学食のハンバーグ定食はおいしいと聞いている。食べておくべきだったかな」

「そんな情報まで仕入れてるんですか?」

「なにが勝ちに結びつくかわからん世界だ。どんな情報も耳に入れておくべきだよ星見くん」

 ううむと星見がうなる。

 礼をして星見が男樹ナインたちと合流した。

 毛利監督が虎丸と真由美の横に立つ。

 アキラのうしろ姿を見ながら虎丸に声をかけた。

「惜しいな。あれだけのピッチングができるのにプロに進めないとは」

 虎丸が毛利の顔を見た。

「どういう意味だおっさん? 惜しいとは?」

「女を受け入れるプロ球団はない。ちがうか虎丸?」

 虎丸が口をあけた。

 ポカンと。

「おっさん! 知ってたのか! 凪野が女だと!」

「おいおい虎丸。私がどれだけの数の男子高校生を見て来たと思ってるんだ? お前が生まれる前から私は高校生の相手をして来た。男と女くらい見わけられる」

「じゃどうして高野連に申し立てない? 規定違反で男樹高校は失格だろ?」

「私は教育者だぞ? 女の子に負けました。大会の規定に違反ですからうちを勝ちにしてください? そんな恥ずかしいことを言う教育者に習いたい生徒がいるか? 男樹高校の違反は投手が女ってだけだ。あとは正々堂々と戦った。お前と全打席勝負した女だぞ? うちの腰抜け投手より男らしい。うちは実力で負けた。それがあとからあれは女だから違反で失格だ? そんなものはクソくらえだ。私は腐った大人でいるより生徒たちからそっぽを向かれない教育者でありたい」

「ふふふ。そんなことを言ってると春のセンバツもあやういぞ」

「すでに練習メニューを増やした。お前を打ち崩すためにもな。今回の負けでうちの選手たちはさらに燃えてるぞ。秋季大会はうちがもらう」

「そうは行くか。おれだってひとつ目標ができた。どうしても甲子園に行きたい目標がな」

 虎丸が真由美に目を向ける。

 毛利が肩をすくめた。

 ここでも女か。


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