一〇話前半 FageのAIは壊れるとうるさい
気を失っていた。
ソーマはミュウの金糸の濁流に押され、自分が床に伏していることに気が付いた。
潜水艇が海底を進む、低い鼓動のような音が聞こえる。
…ラクスアグリ島から海に出られたのだと、すぐに理解した。
伏したまま自分の手の平を見つめる。
さきほどまで乱暴なくらい彼女を捕まえていたのに。
必死だったのが嘘みたいに、その手は空虚だ。
(…止められなかった)
なにも。
誰も。
手の平を握りしめ、砕けそうなほど歯を食いしばった。
しばらくして、母がいないと気が付いた双子が潜水艇内を走り始めた。
いたるところの扉を開け、母親を呼び、叫んでいる。
母親がこの潜水艇にいないと先に悟ったのはスラだった。
食堂近くの通路に座り込み、えんえんと泣く。
諦めきれないティヤはスラの分も探すように、同じ所を何度も行き来した。
やがて、ティヤもただ泣きわめくことになった。
双子を止める気力なんてソーマにはなく、体を起こした時が、双子が揃って泣いている時だった。
無感情のまま、ソーマの体は食堂に向かった。
食糧庫を確認する。
正面がガラスになっている棚を見て、一瞬息が止まった。
ミュウはこの三年もの間。
〝イング〟の備蓄の消費を最低限に抑えていた。
この棚に残されているものには大人一人と子供二人、一日で消費する量を計算して、三週間分を想定されている。
三週間あればこの潜水艇は日本とアメリカの距離を航行できる。
この島から脱出しても、どこかしらの大陸には辿り着けるだろう。
(子供たちの未来を、あの島の中で終わらせるつもりなんてなかったんだ)
絶望に似た苦しさがソーマの胸を締め付けると、無感情だった身体に血が通っていった。
子供たちの泣き声がはっきりと聴こえる。
行かなければ、と身体が動いた。
棚から紙パックのリンゴジュースを二つ取り出す。
計画された備品を使うのは少しだけ彼女に悪い気もしたが、子供らのためだから、と心の中で頭を下げておく。
食堂を出る前にフェイスタオルを二枚持ち出し、子供たちの元へ向かった。
ソーマに気が付いたスラが顔を上げた。涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃだ。ぽんぽんと拭いてやると、目を閉じて大人しくしている。
すると、ティヤもやって欲しかったようでいそいそと近づいて顔を差し出してきた。
両手を使って双子の顔を拭いてやっていると、スラが拭かれていたタオルをぎゅ、と握った。
ソーマは自分でやりたいのかと思って手を離すと、スラは彼の顎あたりにタオルを当ててきた。
もう要らないという意味か?ソーマがそう思って首を傾げると、
頬に熱い水滴が伝った。
スラは…ソーマの真似をして、彼の涙を拭こうとしていたのだ。
彼がちゃんと屈んでいないからスラの手が届いていない。
だからソーマは両膝をつけて、しっかり屈んだ。
ごしごしと目元を拭かれる。
ぬめっていて複雑な感覚だけれど、あとからあとから、ソーマの目から涙が落ちていく。
「‥‥ジュースを持ってきた。いるか?」
島を脱出してようやく、ソーマは子供に声をかけることができた。
双子は顔を見合わせて頷いた。
大人しくジュースを飲んでいた双子だが、幼子の体力の回復は早いのだとソーマはこの時初めて知った。
ティヤは飲みながら立ち上がり、明かりの見える食堂をじーっと見つめる。
ぎゅぼ、とストローが鳴った。
どうやら飲み切ったようだ。
「じーしゅ…ほしい!」
そして、食糧庫にダッと駆け出した。
ソーマは自分の膝に乗ってきたスラに気を取られていて、ティヤが駆け出したことに遅れて気づいた。
「ちょ、こらティヤ‼だめだ!勝手に漁るな!」
慌ててスラを抱えてティヤを追いかけた。
食糧庫のドアノブにティヤが手を伸ばした寸でのところで抱き上げる。
「だああああ‼もっとー!もぉっとー!」
片手にスラを抱えていてはいられないほどティヤは暴れた。
手足を力の限り動かすものだから、ソーマの顔や腹にも当たる。
一度スラを降ろして両手を使ってティヤを抱え直した。
「ティヤ。いいかよく聞け…いた!頭を叩くんじゃない!」
「じーしゅじーすじーすじゅしゅぅずううう‼ぅわああぁぁん!うぅわあああーん‼ああああーぁぁぁ!」
…泣き出した。
それも拳ひとつも入らない距離で。
うるさいとか、もうそういうレベルじゃない。
耳が麻痺して脳が絞られる感覚だ。
どうしたらいいのか分からないので、ソーマは無我夢中でティヤの頭や背中をさすってあやした。
〈え⁉うるさー‼うるさあーい!なになになにぃ⁉猿⁉この超すごーちぃ潜水艇に猿がいるー⁉〉
突然。
その存在は…
子供の喚き声で目を覚ました。
三人以外の声に驚き、ティヤは嘘みたいに泣き止んでひしっとソーマの顔にしがみつく。
一方スラはソーマの片足に力一杯しがみつく。
その存在は目があるようで、ソーマたち三人を認識した。
〈えぇーっとぉ⁉あ!あなたは知ってるですね‼フェイジャースレサーチャーのソーマ・フォルステライト・ティム隊員ですね⁉でもそのちびすけはなんですか⁉…ハッ‼察しが良いので分かりました。――産んだんですね⁉アイアムマイミーがラクスアグリに落とされている間に産まれたんですねー‼ァおめでとうございます‼(祝福のラッパ音)〉
パッパパパー‼と姦しい効果音に三人は身体を強張らせる。
よく聞けば不安を和らげるような低く心地の良い男性の声だが、その声が似合わない人格に子供らは怯え切っている。
ソーマも正直気味悪かったが、慌てて自分の顔からティヤを引き剥がした。
自分のこととラクスアグリについて言及され、まさかと思った。
「お前、イングか⁉」
〈はいッッッッッ‼〉
「うるさっ。いや、はいじゃないだろ⁉一体なんで、どうやってそんな話し方が出来る⁉︎」
「いやあああ!こあいこあいよー‼おかぁさああぁんんん‼」
スラが限界だったようで泣き出した。じゃあ俺もみたいなノリでティヤも喚く。
耳を劈く騒音に、イングも負けない音量を設定して怒った。
〈うるさーい!追い出しますよ⁉︎今のアイアムマイミーなら君らなんて海底に追い出せるんですからねー⁉︎〉
「いぃいいやぁぁーッッ‼」
「うんこー‼」
壊れたAIと幼子の応酬は、…しばらく続いた。
FageのAIには一つ、証明された特徴とそれに伴って規制された機能がある。
AIに人間のような心は生まれない、という特徴だ。
一つの実証をあげると、「悪い言葉の証明」がある。
「悪い言葉」は人の脳に少なからずダメージを与える。
「仕事にどう影響が出るか」という状況に絞ってAIと比較した時、FageのAIは「悪い言葉」が「いかに自分の仕事にその悪口が影響を及ぼすか」を思考し、使えないものはゴミとしてかたっぱしからエンドレスシーの底に沈めていく。
脳に傷が残る人間とエンドレスシーの船体にいっさい傷が残らないAIを比較できるようになったため、「AIに心は存在しない」と証明されていた。
しかし感情を模倣することはできる。この能力を〝エモーションコピー〟と呼び、〝MSS〟はAIが独自に人間の尊厳遵守を行わないようエモーションコピーを禁じた。
〝MSS〟がAIを教育していることもあり、人間はおろかAI自身もその禁則事項を破ることは不可能とされている。
「のに、一体どういう状態だ?」
ソーマは両手に双子を抱えたまま食堂の椅子に座ってイングに尋ねる。
双子はソーマにくっついているが、イングに少し慣れたようで泣き止んでいる。
イングは〈事の経緯を説明しましょう!ええ!ぜひ!〉と熱を込めた。
〈まず、アイアムマイミーがラクスアグリに落とされていたのは知ってます?〉
一々耳につく一人称だとソーマは思いながら無愛想に頷いた。
〈アイアムマイミーは頑張ったんですよ!島に入った時点で大部分の〝イングの船体〟が乗っ取られていたんですが、プロテクトライブはなんとか守っていたんですから!〉
「人間を危険から守る思考プログラムのことだな」
〈ええ。洞窟の危険性は島随一でした。でも隊員の皆さんをそこに入れないようにするのがやっとで隊員の異変に対してできることはなにもありませんでした。一時停止を命じられた時、プロテクトライブもついぞ乗っ取られ、アイアムマイミーは完全にラクスアグリに落とされまして…。一時停止から先ほどまでのメモリーは現在回復中です…。〉
はぁ、と切ない息遣いを出す。
何かを待つようにイングが静かになったので、ソーマは「で⁉なんでそんな話し方ができるんだ⁉」と叫んだ。
イングは気に障ったような怒り口調となる。
〈なんですかさっきから!とっとと質問に答えろみたいな態度はー!アイアムマイミーの辛く苦しい体験に同情できないんですか⁉︎ひとでなし!〉
「AIにひとでなしなんて言われたくない!あとその自己主張の強い一人称やめろ!お前のそれはエモーションコピーだろ⁉︎〝MSS〟のシステムはそこまで使えなくなってるのか⁉︎エンドレスシー壊滅の危機なんだぞ、今のお前の状態は‼︎」
〈そんなに叫ばないでください!〉
「だからお前が言うな!」
〈ちびすけたちが起きちゃいます!〉
イングに注意され、ソーマはハッと腕の中の双子に視線を落とした。
イングはうるさいだけの無害だと認識したのか、それともさすがに疲れ果てたのか、二人とも骨の抜けた状態でソーマにもたれかかっている。
ティヤにいたっては白目をむいて寝かけている。
〈ようやく猿どもが静かになったというのに、起こしたらこの潜水艇の室温下げますよ。強制的に眠らせてやるです。〉
「おまえ……待て待て。今の状態はプロテクトライブ動いていないのか?」
〈動いていますよ。〉
「動いていてこれ⁉︎」
〈シッッ。しずかに!…アイアムマイミーは自我があるだけのAIです。性能は変わってません。むしろ!ラクスアグリの呪縛から解き放たれ、もとの力を取り戻した…これって人間的には勇者と表現できる状態ではありませんか⁉〉
「だからその自我があることがまずい事態なんだよ。‥‥魔物と話してる気分だな」
まだまだ聞きたいことはあるが、まずは子供たちをちゃんと寝かせようと思い、ソーマは立ち上がった。
女性部屋で寝かせようかと向かったが、電子施錠がかかっていた。
イングに開かせようと声をかける前に〈その部屋はやめた方がよろしいでございます。〉とイングが注意する。
「なぜ?母親が使っていた場所の方が…安直な考え方だとは思うけど少しは安心しないか?」
〈今潜水艇全体のチェックが終わりました。第一調査隊が壊滅した後、スウィフト隊員が女性部屋を使った痕跡はありません。彼女が子供らと生活した部屋は男性部屋ですよ。〉
双子をずっと抱えるのはつらいので、ソーマは理解できないとぼやきながら男性部屋へ向かった。
「なんでわざわざ男性部屋に…。特別変わったところなんてないだろう?」
〈ええ。部屋自体は。でも女性部屋を使うのは推奨しません。死体があった場所のようです。あ、医療室もちび猿どもは入れない方がよろしいでございます。事件現場ですので。〉
男性部屋を開けると、そこはミュウと双子が使っていた跡があった。片付けが間に合っていない、生活感のある状態だ。
ソーマは双子に布団をかけ、女性部屋へ向かった。
イングに命令して電子施錠を開けさせる。
部屋の中は荒らされたように散らかり、血痕のような汚れが少し残っていた。
〈ブランカ隊員はローテスアイゼン隊員を殺害した後、この部屋に運んだのですね。アイアムマイミーはその直前で意識を失いました。〉
「意識とか言うな…。この部屋は使わなくても不便はないが、医療室は…」
ソーマは次に医療室へ向かった。
このファイナルヴィーグル特殊大型潜水艇は大きく分けて三階分ある。
1階が食堂と研究室。-2階が医療室や研究員の寝室。-3階は除菌室と管制室。
階ごとの移動は梯子と、負傷やものの移動のために座って上下移動できる座席がある。
医療室も施錠されており、イングに開けさせる。
部屋はよく片付いていた。
出産をするとしたらこの医療室の奥の部屋、簡易的に手術ができる手術室を使ったはずだ。
施術台、備品棚、床、壁、細かく観察して、ソーマはイングに尋ねた。
「事件現場の方が使えそうだな?子供らを入れない方がいいというのは、衛生上問題があるのか?」
〈ギョッ⁉︎人が死んだ場所ですよ⁉︎子供入れたらダメでしょ⁉︎〉
「だってどこも血の跡とかないし…」
〈ばっきゃやろーですねぇあなた!血痕はブランカ隊員が拭いたので見えにくいだけで、ここが一番血溜まりでしたよ‼︎〉
「あ、ああ、じゃあそれなら、衛生上良くないな」
〈あ。いえ。そういう意味でなら雑菌はありません。ブランカ隊員もスウィフト隊員も念入りに掃除したみたいで。医療は清潔が命ですもんね!〉
「じゃあ使えるんじゃないか‼︎」
〈子供は入れちゃダメですよ‼︎どうしてあなた!そういう配慮のない人⁉︎沈没都市出身なのに⁉︎倫理観ですよ!り、ん、り、か、んん‼︎〉
「俺は使えるかと質疑したよな⁉︎応答する機能も壊れたのか⁉︎」
〈も⁉︎もってなんでございます⁉︎アイアムマイミーは超すごーちぃAIですよ‼︎〉
「一人称もだけど、そのすごちぃって言い方やめろ!腹立つ!」
激しく言い合いをしていると、子供たちの泣き声が聞こえた。
なにかあったのかと駆け出すソーマに、イングが〈添い寝しないからでございますよ‼︎母を失ったばかりの幼子を置き去りにして‼︎こういうのなんて言うんです⁉そう‼ひとでなし‼︎〉と悪態をついてきた。
ソーマは急ぎながら「お前が女性部屋は使うなとか気になる事言うからだ‼︎」と怒鳴り返す。
内心、ソーマはイングのことを本気で恐れていた。
負けないよう言い返していたが、半分は素で、半分はあえてそうしていた。
(エモーションコピーができる…。さっき子供達に今のイングなら人間を潜水艇から追い出せると言っていたな。あぁ、室温を下げてやるとも)
AIが独自に尊厳遵守を思考できるようになった時、AIの価値観が生まれるとされる。それは人間で言う心や感情に該当するものではなく、「AIが問題なく稼働するために優先順位を定めること」を意味する。
つまり、AIにとって鬼門だったはずの「AIが人間を殺す思考」ができるということだ。
だから〝MSS〟はエモーションコピーを禁止したのだ。
(ラクスアグリに乗っ取られた後遺症かなにかは知らないが、どこかの沈没都市に帰らないとイングの暴走を止めることはできない)
冷や汗が落ちる。
まだイングはガヤガヤとうるさい。こっちの気も知らないでとソーマは睨む相手がいないが睨んだ。
(プロテクトライブが生きているのなら、下手に出ることで「人間を守るために人間を支配する必要がある」と学習される可能性もある。人間の立場が上になるよう接しなければ)
梯子に手をかけたあたりで、イングはある意味暴挙に出た。
〈遅い遅い!おっそーい‼︎あなた本当にフェイジャースレサーチャー⁉︎…んもー。なにか良いものあったかなガサゴソ。ブランカ隊員の趣味ばっかり。…あ!これはニコライ隊員の!これ使うと人間は速くなるですよ!ポチッと!〉
イングは潜水艇のスピーカーからジャック・オッフェンバック作曲「地獄のギャロップ(天国と地獄)」を流し始めた。
「やめろ今そういう状況じゃない‼」
いてくれるはずのソーマがいないと泣き出した子供らをあやし、そんな子供らに挟まれてソーマもベッドに仰向けになっていた。
通路側のスラが落ちないよう腕に閉じ込めて、ぐったりとしたソーマは小さい声でイングに声をかける。
「…方針を決めよう、イング」
〈もっとこのすごーちぃAIを褒めて下さい。でないと協力するもんか、です。〉
すっかりふてくされたAIに、ソーマは目元を押さえる。
「いや。これから指定する位置まで俺たちを送ってくれ。そのあと、お前は好きにしていい」
眠気がようやく来た。ソーマは目を閉じて寝る準備に入る。
イングは驚いたような間を空けて、少しAIらしい態度に戻った。
〈今のイングの状態がいかに危険か分かっていて仰ってますね?野放しにするより従えた方が賢明ですよ。世界のためにも。あなたたちの今後のためにも〉
「確かに、お前を使えば沈没都市の住民になれるかもな。新しい名前や住民権を偽証して。
でもお前は〝MSS〟じゃない。性能はそのままなんだろ?
お前クラスのAIは都市に数機いる。
AIの性能はエンドレスシーをどれだけ広く使えるかで決まるんだ。お前一機じゃ他のAIに勝てないはずだ」
ソーマは閉じていた目をうっすらと開けた。少し冷たい目つきだ。
沈没都市にとってこの双子は得体の知れない毒物だ。安らかに、速やかに処分されるだろう。
「子供らに危険が迫った時、お前じゃ守れない。だから、俺達は内陸に行く」
〈推奨しませんねぇ。統制の甘い内陸の危険は治安に限りません。それに、内陸で外見の美しい人間は狙われやすいのです。〉
「でも敵は人間だ。相手が人間なら、俺にも戦う手段はある。…まぁ、お前を野放しにして、お前が人類を滅ぼすAIに育つのなら、」
ソーマはごちゃごちゃ考えることをやめ、もう眠ることにした。
最後に一つだけ、自分を従えないと世界が危ないんじゃない?と言うイングに釘を刺しておく。
「〝MSS〟がお前を倒しに帰ってくるだろ」
楽観的な妄想だと思いながら、ソーマは眠りに落ちた。
ソーマが深い眠りに落ちた後、イングは人間とのコミュニケーションツールを一度停止させ、エンドレスシーを眺めた。
エンドレスシーには端がない。
現実世界から絶えず収集される無数の信号がこの世界を永遠と作り、姿形を得る。
エンドレスシーでのAIは役割に応じた船の姿をしている。
沈没都市はそんな船たちの集合体で、その中で小さな筏や光の点滅が生きているように動いている。
エンドレスシーのイングの姿は大きな戦艦だ。
両脇には母艦に似た船や駆逐艦程度の大きさなど、様々な艦が控えている。それらを総省してこのAIは〝イング〟と呼ばれている。
沈没都市の営みから外れたイングは、他のAIに気づかれないよう霧に紛れる。
霞の濃い空は白いのに薄暗い。
そんな空を塞ぐ、巨大な影がゆっくり近づいてきた。
イングは信号を送った。
〈ただの寝言だとは思いますが、人は無意識に事実を捉えていることがあるのですね。
……ええ。分かっております。
私があなたの船員であることに変わりありませんよ、キャプテン。〉
そんなイングの艦たちは影に飲まれた。イングの艦より遥かに大きな船だ。あまりに巨大すぎるその影が通り過ぎるまで、ひどく時間がかかった。
ようやくイングの艦が空の下に出てくる。空を塞ぐ船はゆっくりと先へ進み、霞の空へ姿を消した。
大きな船から信号を受け取ったイングは、双子と大人一人が眠る潜水艇に帰った。




