3.絶体絶命の勇者
2話も読んでくれた方に感謝。
俺はオレクさんから貰った地図を頼りに洞窟にたどり着いた。土砂降りの雨は丁度良い。視界が悪くなり、ゴブリンに発見されにくくなる。俺は近くの茂みに隠れ、洞窟の入り口を偵察する。洞窟の前にはゴブリンが2体。恐らく見張りだろう。見張りが2体、交代に2人と考えれば4人。中に10匹以上いるのは間違いない。
「さてと、どうするかな...。」
ゴブリンぐらい。と思って今朝死にかけた。まともに戦って勝てるとは思わない方がいい。いざとなったら背中の剣を使うが、咄嗟に抜くのは難しい。冷静でいなくては。
そう思っていると見張りのゴブリン達が洞窟に入り、新たに2体のゴブリンが出てきた。その2体は、先程の見張りのゴブリンと同じ位置に立った。これでしばらく奴らの交代はない。仕掛けるなら今だ。暫く待っていると、見張りの一体が、草むらに近づいてきた。どうやら小便をしに来たようだ。俺は草の中を這って進み、そいつの喉に短剣を突き刺した。
「グガッ!」
短い悲鳴を上げて倒れる。
「ガッ?グガガァ...。」
待っていたもう一体が仲間の悲鳴を聞き付けやって来た。俺は木に隠れ、通りすぎようとしたゴブリンの首を思いっきり切り付けた。
「...ふぅ。ようやく入れるな。」
殺したゴブリン達の死体を茂みに隠したあと、俺は慎重に洞窟の中へ入っていった。
そんな俺を離れて見ている者がいた。
???「......。」
・・・・・・
俺はしばらく洞窟を進んでいたが、いっこうにゴブリンに出会わない。道中で部屋のようにくりぬかれた場所が何個かあったが、その中にもいなかった。それどころかゴブリンの声すらしない。奴らに俺の侵入はばれていないはずだ。待ち伏せされている可能性はないはず。どういうことだろうか?
しばらく進んでいると、広い場所へ出た。俺は中には入らず、聞き耳を立てる。するとようやく、微かに音が聞こえてきた。
「ょぅゃ......これさえ......災厄が...滅ぼす...。」
途切れ途切れでしか聞き取れないが、何か物騒な話しなのはわかる。そしてその声の主を見つけることはできた。奴は部屋の隅のほうで、大窯の中身を混ぜながらぶつぶつと独り言を言っている。俺は目を凝らして見る。そいつは人の形で、肌は毒々しい紫色で、頭には一本の角が生えていた。この姿に俺は見覚えがあった。
「魔人だ...。」
魔王は自身の特別な魔力を、生きた人間に大量に注ぎ入れることで、その人間を変異させることができる。そうして生まれるのが魔人だ。彼らは人であった頃の記憶はなく、ただ魔王の命令に従うだけとなる。
そして魔王の魔力を与えられているため、並みの実力では歯が立たない。そして奴らは、魔王と同じように魔物達を統率できる。魔王と違い、魔法で無理やり操っているだけではあるが、魔人の意のままに動くのだ。
どうりで洞窟内でゴブリンに出会わなかったわけだ。奴は自分の任務を手伝う必要最低限のゴブリン達を、魔法で操っていただけということだ。だからゴブリンが6体だけなのに、外の巡回を2体でやっていたわけだ。ゴブリンは一体一体が弱い。だから巣の中に最低でも5体は残ろうとする。
だがしかし、魔人であるならその必要はない。魔人はかなりの強さだ。仮に巡回している一体がやられても、もう一体が逃げ帰れば、後は自分で対処してしまえるのだ。だが今回は巡回のゴブリンは倒したうえに、その日の内に来た。俺の存在にまだ気づいていないだろう。
「...急いで報告しないと。」
俺はゆっくりと来た道を戻る。勝つ方法はあるにはある。だがしかし、魔人が送り込まれているということは、魔王がこの地を狙っているということ。魔人をサポートする強い魔物がいてもおかしくない。ここは一度ギルドに戻って報告し、軍隊か一流の冒険者達を連れてきてもらうべきだろう。
その時、俺の脳内に直接語りかけるような声が聞こえた。
『何処に行こうというのかね?』
謎の声が聞こえた瞬間、俺は全力で走る。クソッ、最初から俺が洞窟に侵入していたことはばれていたのか。だとしたら俺は洞窟の奥まで誘導されてたってことだ。俺を確実に仕留めるために。
「早く逃げないと...うおぉ!」
目の前にゴブリンが現れた。数は2体。恐らくさっき洞窟の見張りを交代した2体だろう。やはり魔人が俺を包囲するためにゴブリン達を隠していたようだ。俺はゴブリン達の攻撃を待つが、奴らはただ俺をじっと見ている。
「カカカカッ。」
奴らは魔人の到着を待っている。もうやるしかない。俺は背中の剣を鞘から引き抜いたはずだった。
「あ、あれ。剣が...ない。」
動揺していると後ろから声が聞こえた。
「お前が探しているのはこれか?」
目をこらして見ると、奥から俺の大剣を持った魔人がゆっくりと歩いてやってきた。
「ふむ、貴様の背中から魔力を感じていたが、案の定だなぁ。まさか魔剣を持っているとは。身に付けているものの割には、ずいぶんといい剣ではないか。どこから盗んだんだ?」
そんな馬鹿な、落とさないように、ちゃんと注意していた。奴の魔法なのか?どちらにせよ、本当にまずい。俺の奥の手があっけなく敵に奪われてしまったのだ。
「素晴らしい造形だ。私にふさわしい。さぁ、名も知らぬ魔剣よ、お前の力を見せてくれ。」
奴はゆっくりとその剣を鞘から引き抜いた。すると奴の体は白い煙に包まれる。
「おぉー...!強い魔力を感じる。これが魔剣か!さぁ、力を見せておくれ!」
しかし、何も起こらない。
「な、なんだこの剣は?体が軽くなる感じもない。この剣の魔力が体に流れ込んでも来ない。魔剣というのは鞘から抜けば、その剣の持つ力を使えるはずではないのか!?いったいなんなんだこのクソ剣は!!」
俺は奴が動揺している間に、前方のゴブリン達を突破しようとする。あの魔剣を置いていくのはもったいないが仕方ない。今は生きて帰ることが大切だ。
ゴブリン達は向かってくる俺に斬りかかる。俺は朝のようなへまはせず、今度こそ奴らの攻撃をいなしそのまま突破した。しかし、後ろにいた魔人が怒りを露にして叫ぶ。
「おのれ...。私をコケにするということは、魔王様をコケにしたということだ!絶対に許さんぞ!」
魔人は俺に向かって手を伸ばす。
「魔王の力において、奴を引き寄せろ!」
魔人がそう叫んだ瞬間、俺は強い力で、魔人の目の前まで引き寄せられる。
「死ねぇぇー!」
奴が俺を思いっきり殴ると、俺は一気に洞窟の外まで吹っ飛ばされた。
「ぶはっ!げほっ、げほげほっ...かはっ...!」
クソッ!短剣で受けてなかったら、間違いなく俺の腹に風穴が開いていた。だがどちらにしてももうダメだ。あまりの痛みで立ち上がることもできない。クソがっ!
俺はうずくまり、奴が近づいてくるのをただ見ていることしかできない。奴は肩を上下させ、怒りで煮えたぎっているようだ。
「こんな鉄屑を大事そうに背負いよって!こんな剣で私を殺せるなどと思ったのか!」
「うっ...!」
腹を蹴られ、あまりの痛みに声を出すこともできない。あぁ、俺の人生もここまでか。結局何もできずに終わっちまったな。まぁ、人生なんてこんなもんか。そう思いながら俺が目を閉じかけた時、こっちに向かってくる人影が見えた。
???「まったく、つい最近冒険者になりましたって風貌の奴が洞窟に入っていくから待っていたが、まさかまさか。魔人がいるとはなぁ。魔王の使いが、こんな辺鄙なところに何用かな?」
「あぁ?...ほぉ、ずいぶんと歯応えのありそうな奴だ。」
俺は今にも閉じそうな目で、その人間を見る。肩や脛など所々に鎧をつけているが、体のほとんどの部分が服を着ているだけの軽装で、大きな体躯の女が立っている。左肩には大きなグレートアックスを担いでいる。
???「そうか?あたいからしたら、お前を殺すのなんて赤子の手を捻るより簡単だがな。」
ブンッッ!あまりの速さに俺は目で追うことができなかった。俺が気づいたときには、魔人の首があった場所から鮮血が溢れ、魔人の体が力なく倒れた。
???「ずいぶん災難だったなぁ新人。あたいがいなかったら今頃なぶり殺されてたぞ♪」
俺は誰かもわからん奴に顔を覗かれながら、そのまま意識を失った。
3話読了してくれた方に感謝。