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第5話 幼馴染がめちゃくちゃ接近してくるんだが……

 真衣のやつ……なんでここに。




 まさか……俺の後をつけていたのか。




 このままやり過ごしたいが、俺の存在を気づかれている以上、このまま無視する訳にもいかない。




 俺はしぶしぶ立ち上がり、真衣を見る。




 旧校舎の教室は薄暗いせいか、なんとも言えない陰気な空気が漂っている。




 それにも関わらず真衣がこの場に現れた瞬間、周りの空気が華やかになった気がしてしまった。




 いや……それだけじゃない。




 認めたくないが、真衣を見て、俺の心は無意識に弾んでしまっていた。




 クソ……外見だけはやはりとんでもなく美人だな。




 真衣がなぜこんな場所まで俺を追ってきたのか定かではない。




 だが予想はつく。




 きっと、俺に華麗に嘘告をスルーされたことが悔しくて文句の一つでも言いにきたのだろう。




 となれば……ここは無視に限る。




「唯……さっきはごめんなさい。久しぶりにあなたに会えて……そのついつい感情を抑えることができなくて……」


 


 真衣はそう言うと頬を赤らめて、顔を背ける。


 


 ……真衣のやつ……まだ先ほどの演技の続きをするつもりか。


 


 そんなに俺を騙して、からかいたいのか。


 


 認めたくはないが、たしかに真衣の今の仕草は……とてつもなく可愛らしい。


 


 俺レベルの陰キャボッチでなければ、男ならば秒で騙されるくらいに可憐で感情をかき乱される。


 


 い、いや……俺ですら今の真衣のこの美貌と表情には……。


 


 こ、このままだとマズイ。


 


 俺は無言のままなんとか眩しすぎるオーラを放っている真衣から顔をそむける。


 


 な、なんとか……この心のドキドキを止めないと……真衣の思うつぼだ。


 


 が……真衣は何を思ったのか、俺が無視しているのにも関わらず、一方的に俺に近づいてくる。




「肩……大丈夫だった? ごめんね……痛かったよね?」


 


 真衣はそういうと、あろうことか俺の肩にその手を載せてくる。


 


 真衣の滑らかな手の感触が肩越しに伝わる。


 


 そして、長い黒髪が揺れて、なんとも甘い匂いが鼻をくすぐる。


 


 たったそれだけの真衣の仕草で、またも俺の心は大きく惑わされてしまっていた。


 


 く……真衣め……まだ諦めていないのか。




 だ、だが……俺はこんなことでは騙されないぞ。


 


 俺はなんとか真衣の手を振り払って、無言のまま真衣の横を通り抜けようとした。




 と……真衣に手をギュッと掴まれた。


 


 それは思わず痛みを感じるほどに力強いものだった。


 


 真衣のやつ……無視をされて怒っているのか。


 


 さすがに大人気なかったか……。


 


 いや、これでいいんだ。


 


 下手に人……女性と関係を築くと、またあの時みたいに裏切られる。


 


 それならば、最初から関係を結ばなければいい。


 


 そうすれば、俺はあんなショックを受けずにすむ。


 


 とはいえまあ……人として最低限の礼儀を欠く訳にもいかないか。


 


 こうなるとさすがに真衣を無視はできない。




「……なにか用?」


 


 俺は真衣の方を向かずに、極力感情を見せずにそう言った。


 


 正直真衣の顔をこんなに近くで見たら、俺は否が応でも感情をかき乱されそうで怖かった。


 


 それでなくとも、俺は真衣に今手を握られているのだ。


 


 ……というか、俺、女子に自分の体を触られたのって小学生以来じゃないか?




 と、とにかく……真衣のような美少女がこんなに近くにいるのは、高校生の男……俺にとって色々な意味で危険すぎる。




 そうこうしているうちにも、真衣の柔らかくて繊細で滑らかな手の感触と温かさがダイレクトに伝わってくる。




 女子の手ってこんなに柔らかいのか……。




 期待、不安……そして密かな興奮と色々な感情が渦巻く。




 気づいた時には、いつの間にか俺の背中は汗でびっしょりになっていた。


 


 真衣はしばらく無言だった。


 


 だが……俺の手を離そうとしない。


 


 それどころか俺を握るその手の力はますます強くなっていく。




「……い、いい加減に離してくれないか?」


 


 俺は感情を出したくなかったが、思わず焦りを隠しきれずに裏声ぎみに言う。


 


 というのも、既に俺の手は汗で濡れていた。


 


 真衣に触れられて、キョドって汗だくになっているところを知られたくなかった。


 


 真衣はそれでも無言のままだったが、やがて




「……唯……わたしのこと本当に忘れちゃったの……。わたし……そんなの耐えられないよ」


 


 と、押し殺したようにそう漏らす。


 


 真衣は涙声だった。




 俺は思わず真衣の顔を見てしまう。


 


 涙で濡れた真衣の表情は消え入りそうにはかなく見えて、俺はしばらくの間、目を離すことができなかった。


 


 気丈な真衣が人前で泣く訳はない。


 


 だから……これも演技だ……そうに決まっている。でもこんな表情——。




「三年間も会っていなかったのに今更……なんで——」


 


 俺は思わずそう呟いていた。




「わたしはずっと会いたかった! 唯をずっと探していた! そのためにアイドルにだって——」




 真衣はそこまで言うとはっとした顔を浮かべてそのまま押し黙ってしまう。




 感情的になりすぎたと思ったのかもしれない。




 実際、俺は真衣の態度にただただ驚かされていた。


 


 そして、俺は同時にその仕草に昔の真衣の姿を重ねた。


 


 真衣は当時から大人びていて、自分の感情を自制する癖のようなものがあった。




「で、でも……よかった……唯……わたしのこと覚えていてくれたんだ……」




 そう言うと、ようやく掴んでいた真衣の手が緩くなる。


 


 そして、真衣は心底ほっとしたように安堵の表情を浮かべる。




「そ、そんなに簡単に忘れないよ。むしろ真衣……い、いや水無月さんが俺のことを覚えていてくれたのが驚きだけど」


 


 俺はそう努めて冷静に言おうとした。


 


 が……実際はまただいぶ声が上ずってしまっていた。


 


 実際のところ、俺がこんなに長い間女性と話すのは久しぶり……三年ぶりくらいなのだ。


 


 多少挙動不審になってもしょうがないじゃないか。


 


 俺はそう心の中で言い訳をして、自分の不甲斐なさを慰める。


 


 幸い、真衣は俺のそんな様子を気にもとめていないようだ。


 


 それどころか、




「覚えているにきまっているよ……絶対に忘れない……ああ……やっと唯の手に……肌に触れられる……それに……この匂い……唯の匂い……もう絶対に離さない……」




 と、真衣は、何やらそうつぶやきながら、俺の胸にしなだれかけていた。

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