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第33話 さらに接近してくる栞ねえ

 脳内で昔の栞ねえを想像し、あくまで女性ではなく、一人の幼なじみとして考えようとしたが無駄だった。




 栞ねえは、どこからどう見ても成熟した女性……とても魅力的な女性になっていた。




「……唯くん、どうしたの? 黙ってしまって……どこか調子でも悪いの?」




 栞ねえは心配そうな顔を浮かべて、俺の頬に片手を置く。




 そうするのが当たり前のように栞ねえの振る舞いは自然だった。




 そして、栞ねえは何を思ったのか、そのまま顔を俺に近づけてきて——




「うん……大丈夫……熱はなさそうね」




 と、俺の額に自身の額をピタリとつける。




 俺は栞ねえのあまりにも突拍子もない行動にただ言葉を無くしていた。




 しばらくの間、時間がフリーズしているような感覚に襲われていた。




 とても長く感じられたけど、それはおそらく俺が極度に心臓をドギマギさせていたからだろう。




 俺は何も言えなかったし、栞ねえを振り払うこともできなかった。




 栞ねえがどんな表情をしているかもわからなかった。




 栞ねえの顔が近すぎてその唇から吐息すら聞こえる。




 だけど、俺は栞ねえの顔をマトモに見ることができなかった。




 やがて、栞ねえは、無言のまま一段と顔を……いやその唇を俺の口元に近づけてきて——。




 と、不意に扉を開く音がした。




 先ほどの担任が戻ってきたらしい。




 栞ねえは、瞬間目にも止まらない速さで、素早く立ち上がる。




 担任が顔を上げた時には地面には俺しか残っていなかった。




 栞ねえって……こんなに運動神経よかったっけ……。


 


 昔はとてもか弱い感じだったけど……。


 


 いや……でもいつだったか。




 栞ねえが一人でいて、クラスの男たちにいつものようにからかわれていた時……。




 栞ねえは、その男たちをあっという間に組み伏せて……。




 でも……俺が現れたら、栞ねえはとても怯えたように俺の体に抱きついてきて……。




 いや……あんなことを栞ねえができるはずはない。


 


 あれは単に俺の見間違いだ。




 だが……今のは……。




 俺の思考はそこで打ち切られる。




 担任は、怪訝な顔を浮かべて、




「冴木くん、どうしたの? 一人で尻もちついちゃって」




 と話してきたからだ。




「唯くんは少し貧血気味で立ちくらみをしてしまったようです」


 


 と、栞ねえは何ごともなかったかのようにそううそぶく。


 


 一瞬、ものすごい怖い顔をして、担任を睨んでいた気がするが……あれはたぶん俺の見間違いだろう。




 いくら成長したとはいえ、優しい栞ねえがあんな顔をする訳ないしな……。




「え? そうなの! それはいけないわ。保健室に行かないと」




「……先生、わたしが唯くんと一緒に行きます」




「そう? それは助かるわ」


 


 と、いつの間にか俺ぬきで、話しが勝手に進んでいる。


 


 俺はといえば、未だに尻もちをつきながら呆然と栞ねえを見ることしかできなかった。




 と、栞ねえは目をウインクさせて、妖しげな笑みを一瞬浮かべる。




 このままだと……まずい。




 い、いや……でもこのまま栞ねえと一緒にいればさっきの続きが……。




 って、な、何考えているんだ。




 明らかな罠だろ。




 俺はなんとか理性を働かせて、




「お、俺はもう大丈夫です。そ、それじゃあ失礼します」




 と、半ば無理やり話しを打ち切り、立ち上がる。




 そして、慌ててその部屋から足早に出る。




 もう一度栞ねえを見たら、きっと俺の理性は本能に全面的な敗北をきしてしまう可能性が高い。




 だから、振り返りもせずにダッシュする。




「ち、ちょっと……冴木くん……話がまだ……」




 担任の呼び止める声が聞こえるが、無視する。




 こ、ここまて来れば大丈夫だろう。




 俺は、廊下の角を曲がる時に、どうしても気になってしまい後ろを振り返った。




 栞ねえはまたも満面の笑みを浮かべて、手をふっていた。

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