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第32話 俺が二人の美少女に抱きつかれるなんてある訳がない。つまり罠だ。

 俺は緊張しながら、栞ねえの方を振り返る。




 いつの間にか、栞ねえは窓際から移動して、俺のすぐ近くに来ていた。




 そして、栞ねえの青い目が俺を見据えている。




 しかし、その目は、焦点があっていない。




 ただ熱にうかされたように一点を……俺の方を凝視している。




「ああ……唯くん……ついに……ついに……会えた。唯くんがわたしの目の前に……」




 と栞ねえは、なにやらつぶやいている。




 どう見ても栞ねえの態度はおかしい。




 完全に自分の世界に入ってしまっている気がする。




「フフフ……そして邪魔な人間ももういない。やっと……やっと……唯くんと二人っきりになれた……」




 栞ねえはうわ言のように何かを話している。




 そして、栞ねえは俺の方に笑顔を向ける。




 ただし、それは先ほどとは違い、おかしな……いや妖しげな笑みであった。




 俺は思わず背筋がぞわりとしてしまった。




 こんな栞ねえは見たことがなかった。




 ひとまずここは部屋から退散して——。




 俺が慌てて扉の方に向かおうとした時だった。




「……ああ……もう我慢なんてできるわけない。唯くん……唯くん……」




 栞ねえは突然そう声を上げると、俺の方に飛びかかってきた。




 俺は栞ねえから恨みでもかっていたのか。




 そう俺が思わず身構えた時には既に遅かった。




 俺は栞ねえに思いっきり抱きつかれていて、そのまま地面に押し倒されていた。




 昨日から通算すると3回も俺は地面に倒れている。




 そのうち全てが女性がらみだ。




 やはり、人と……女性と関わるとろくなことにならない。




 俺は地面に倒れ込み、天井を仰ぎ見ながら、そんな恨み節を心の中で言う。




 そして、俺は背中と肩の痛みをこらえながら、目を開く。




 そこには栞ねえが……彼女の青い両目が俺をじっと見つめていた。





 栞ねえは俺に馬乗りになって、上から俺を見下ろしている。




「唯くん……唯くん……ああ……やっと……会えた……」




 栞ねえの青い目は潤んでいるせいか、より一層その青さは深みを帯びているように見えた。




 俺はその眼を見ながらも、ただただこの状況に当惑していた。




 栞ねえが突然俺に抱きついて、涙を流しながら感激している。




 それが俺の目の前に展開している出来事だ。




 しかし、俺にはその理由がまるでわからない。




 栞ねえと俺は小学生の時に仲がよかっただけの関係だ。




 まるで海外のセレブ美少女なみにきれいになった栞ねえが、なぜ俺にこんなことをしているのか?




 俺の頭は一瞬激しく混乱した。




 しかし、俺はすぐにその理由を見つけることができた。




 なぜかと言えば、俺はちょうど昨日今と全く同じ体験をしているからだ。




 そう……栞ねえが今やっていること、そしてその態度は、昨日の真衣の行動に酷く似ている。




 百歩……いや一万歩くらいゆずって、眼前で繰り広げられていることが栞ねえの本心からの行動ということもありえなくはなかった。




 栞ねえは昔から、非常に優しかった。




 そして、感情表現も同じくらい大げさだった。




 実際、栞ねえはちょっとしたことで、よく俺に抱きついてきたり、頬にキスをしてきた気がする。




 栞ねえは日本人ではあるが、母方が西洋人である。




 だから、単純に文化の違いで、そういう振る舞いを好むのだろう。




 そういうわけで、偶然再会した昔の友達である俺を見て、感激をしてハグをするということもまあ……考えられなくもない。




 俺も心のどこかでそう信じたかった。




 しかし、今やそれはありえない。




 真衣と栞ねえ……二人の幼馴染が偶然同じ時期に俺の目の前に現れる。




 そして、俺と再会して、全く同じようにこんな大袈裟な……抱きついてくるなんてことがありえる訳はない。




 しかし、俺の眼前にはそのありえないことが起きている。




 つまるところ、これは茶番劇ということだ。




 真衣と栞ねえは互いに共謀しているということだ。




 そして、具体的な理由は不明だが、二人は俺に対して何らかのよからぬ企みをしている。




 それが、合理的に導き出される答えだ。




 とまあ……必死に頭を働かさなければ、俺は冷静さを……いや理性を保ってはいられなかった。




 なにせ今の俺は栞ねえ……いや美少女に抱きつかれて、体を密着されているのだ。




 スカートから露出した艶かしい太腿が俺の足に絡んでいる。




 そして、何やら色々と良い匂いと、栞ねえの体の感触が触れた肌越しに伝わってくる。




 ま、真衣もかなりグラマラスな身体だったけれど、栞ねえの方がもっと何か感触が柔らかい……。




 って、比較している場合ではない。




 こ、これは栞ねえの罠なんだ。




 そ、それに栞ねえは単なる幼馴染だ。




 落ち着け、冷静になれ。




 本能より、理性を働かせないと……。

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