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第16話 俺が幼馴染の胸に触ったのは不可抗力である

 俺は過去のトラウマから、女性全般が苦手だが、特に長い髪の女性は余計にそうだ。




 でも、再会した時、真衣の長い髪を見ても不思議と嫌な気持ちにならなかった。


 


 真衣は昔から自分の腰まで伸びた美しい黒髪をほこりにしていた節がある。


 


 実際、その長く艶やかな黒髪は真衣のトレードマークと言ってよいほどに見る者を……俺を魅了してやまなかった。


 


 俺は小学生の頃、よく無邪気に真衣の黒髪を褒めていたような気がする。


 


 そういえば真衣が髪を伸ばしはじめたのもそれくらいからか……。


 


 その時まではここまで長くなかった気が……。


 


 とにかく、真衣の長い髪は何故か今でも俺にとって例外という訳だ。


 


 むろん……そんなことを面とむかって真衣に言える訳がない。


 


 たぶん……というか間違いなく、そんなことを言ったら、真衣に本気で気持ち悪がられるに決まっているしな。


 


 ちなみにこれは、別に俺が、真衣に特別な思い入れがある……からとかでは断じてない。




 単に真衣とはあの人たちに捨てられる前からの付き合いで、嫌な思い出がほとんどないだけだ。




 真衣との思い出は良いものばかりだ。




 何も知らずに仲の良い幼馴染たち——真衣たち——とただ無邪気に遊んでいた頃のナイーブ……馬鹿な俺……。


 


 いずれ破綻する砂上の楼閣にいるとも知らずに……。


 


 現実を知った今の方がマシだ。


 


 楽しいことは少なくなったが、心が乱されることもないのだから。


 


 しかし……長い髪が苦手などと言ったら、真衣は怒るだろうか……。




 いや……それはないか。




 今の真衣は俺のことなどからかう対象としてしか興味がない。




 当然……俺の言葉などまったく気にしないだろう。




 と、俺はそう思っていたのだが……。




 真衣は先程から、顔を下に向けて、微動だにしない。




 そして、体をプルプルと震わせている。




 あまりにもずっとその状態だったから、さすがに心配になってきた。




 もしかしたら、俺が出したお茶に問題があったのかもしれない。




 激安スーパーの特売品とはいえ、健康には問題はないと思うが、お嬢様の真衣には合わなかったのかもしれない。




「え、えっと……だ、大丈夫か?」




 真衣は突如として天を仰ぐと、




「……そ、そんな……だ、だから……わたしがあんなにアイドル活動を頑張っても……」


 


 と、なにやら独り言をいったまま、ヨロヨロと体のバランスを崩してしまう。


 


 そして、そのままその場に倒れ込みそうになる。




 俺は思わず真衣を支えようと、体が動いていた。


 


 いくら俺がリアルな女性が苦手でも、さすがに体調不良の人間を放置はできない……。


 


 と……まあ柄にもなく、とっくの昔に捨てたはずの幼稚な正義感を発揮してしまったのだが……。


 


 それがまずかった。


 


 まずもって、俺は陰キャで運動不足だ。


 


 そして、この部屋はせいぜいが6畳という狭さだ。




 結局、俺は真衣を支えるどころか、彼女とともに床に倒れこむはめになった。


 


 やはり現実はラブコメのように甘くはない。


 


「あいてて……」


 


 俺はそううめきながら、痛みで体を抱える。


 


 今日だけで、俺は2回も盛大にこけている。


 


 まったく……俺の誕生日は呪われているのか。


 


 俺はそう恨み節を心の中で吐く。




 そして、その時ようやく俺は目の前の状況に気がついた。


 


 いつの間にか、俺の下には真衣がいた。


 


 どうやら倒れ込んだ時に、互いの体が絡まっていつの間にか、俺と真衣の上下は逆になってしまっていた。




 つまり、それは俺が真衣の上にうま乗りになっていることを意味する。


 


 しかも、俺の両手はいつの間にか、何か柔らかいものを掴んでいた。


 


 いや……これは真衣の胸じゃ——。


 


 俺はその瞬間、事態の深刻さを認識して、すぐに立ち上がろうとした。


 


 しかし、俺はそこで体が止まってしまった。


 


 決して、真衣の胸のやわらかさを……このなんともいえない滑らかで、吸い付いて離れがたいこの触感をいつまでも味わいたいと思ったからではない。


 


 ま、真衣のやつ……いつの間にかこんなに成長したんだ。




 昔は全然小さかったのに……。




 顔も美人で、こ、こんな……大きな胸をしてるなんて、は、反則過ぎるだろ。


 


 い、いや……とにかくだ。


 


 俺の理性は間違いなく離れようとしていた……少しばかりのためらいはあったが……。


 


 俺が立ち上がれなかったのは、その時、俺は真衣と目が合ってしまったからだ。


 


 俺は、その目に思わず吸い寄せられてしまった。


 


 真衣は無言だった。


 


 だが、彼女の顔を見れば何を言わんとしているのかはすぐにわかった。


 


 真衣は今まで見たこともないほどに、その頬を朱に染めて、俺のことをじっと睨んでいる。

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