27話 灯台もと明るし
自然とペダルを踏む力が強くなる。制限速度をやや超えた道交法違反スピードで、水混ぜ小麦ちゃんは車を走らせていた。
海に沿って進む道路。右に視線を逸らせば、窓の向こうに、夜空と、ひたすら先に伸びていく水平線があった。
「ムカツクミズマゼゴハンダッタナ」
呟く声に怒りが乗る。
馬鹿にされることは不快ではあるものの別によかった。
「ナンデ、アンナニキショクワルインダ」
得意げにドヤ顔を輝かす水混ぜご飯くんが脳に常に表示され、水混ぜ小麦ちゃんは吐き気を禁じ得なかった。
価値の低い食べ物が如何に調子に乗ろうが、彼女にとってはどうでもよいこと。だがあの男に関しては、どういうわけかそうもいかなかった。
「タブン、ヤツガサベツシュギシャダカラダ」
水混ぜご飯くんがその類の食べ物であることは疑いない。しかしながら、水混ぜ小麦ちゃんの胸には釈然としないものが残っていた。
少し進んだ所。地上から空に向かって拳を突き上げるような灯台があった。
その足元に、小さく二品の影があった。寄り添い、何かを語らっている。柔らかい笑い声が窓を通り抜け、水混ぜ小麦ちゃんの耳を撫でた。
「フン」と鼻を鳴らして、水混ぜ小麦ちゃんは怪訝に顔を歪めた。クラクションに手が伸びる……が、嫌がらせはやめた。
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てる声に覇気はなかった。アクセルペダルを踏む足から無意識に力が抜けていく。
「馬鹿馬鹿しい」
水混ぜ小麦ちゃん同様、あの水混ぜご飯も元々は水混ぜではなかっただろう。
なぜビショビショでシャビシャビの嫌味野郎があの場に居たのか。なぜ自分はそんな奴を、一度は車に同乗させようと思ったのか。
「ハァ……」
ビショビショの手で、ハンドルを急回転させた。
「はぐあああ〜……」
水混ぜご飯くんは、堤防に座り込んで生命のお母さん、海にアホ面を晒していた。
脇腹を押さえ、呻き声を漏らす。なんとも不思議なことに彼は水混ぜ小麦ちゃんを追い、それなりの距離を走ったらしい。車に追いつくつもりだったのだろうか。
ブンズバン!
素敵な音色が響かせ、シャビシャビの体液を滴らせる小麦の女の子此処に在り!と、水混ぜ小麦ちゃんは自らの存在をかのアホ面に知らせた。
「なに?どういうかぜのふきまわし?」
水混ぜご飯くんは当然のように上手に出る。
己の目的達成のため、目の前の食べ物の力が必要なこと。
彼女は好意でその手助けを申し出てくれたこと。
そしてそれを己の失言でフイにしたことを忘れ去った(またはそもそも気づいていない)彼なのだった。
水混ぜ小麦ちゃんは何も言わず、乗車を促す。水混ぜご飯くんもまた何も言わず乗り込んだ。
水平線の向こうでは、朝日がゆっくりと、顔を出す準備を整えていた。
あざますっ☆
 




