地獄への旅行
⑴
時空の裂け目が発見されたのは、凡そ1年前のこと。
で、好奇心からか何なのか、発見した科学者が裂け目に入ってみたら、辿り着いた先は地獄だった、というわけ。
それを知った商売気たっぷりな人が、地獄に行くツアーを思いついて、科学者と交渉して実現させてしまった。
俺がそのツアーを利用すると決めた時には、既にルートは素晴らしく整備され、利用者も多く安心安全なものとなっていた。
⑵
ツアー当日、俺を含むツアー参加者は、添乗員に連れられて小さな駅まで歩かされた。駅構内には、牽引車と客車の、二両編成のトロッコ列車が既に待機しているようだ。
客車は、布製の幌がかかっているが、それ以外はむき出しで、遊園地のちゃっちい乗り物にしか見えない。
「こんなんで、本当に地獄へ行けるのかね?」
俺の前に座っている高齢の男性が、怪訝そうに呟いた。
「観光には向いてますわね」
俺の隣に腰掛けた美熟女が愛想よく答える。
出発の合図のベルが鳴り、ツアー参加者の期待と不安を乗せて、列車は動き出した。
時速15キロくらいだろうか、ノロノロ走り始めた列車は、直ぐに速度を上げて、あっという間に現世とおさらばした。
光り輝く裂け目にスーッと飲み込まれた瞬間、あたりは暗闇に包まれた。
⑶
「なんだか暑いですわね」
美熟女が言う。
たしかに、暗闇を抜けたら暑くなってきたようだ。もうもうとした蒸気が出ているせいだろうか。
その蒸気の先に、何かが蠢いている。
「あれは……?」
俺は窓から身を乗り出して、目を眇める。
それは、牛の頭に人間の体という化け物たちが鞭を振るっている姿だった。傍らでは、大勢の裸の男女が這いつくばるようにしてシャベルで地面を掘り、石炭のような黒い物体をかき集めている。
時折、ピシッという音が響いて、うめき声が聞こえる。どうやら、少しでも手を休める人間がいたら、化け物たちが鞭で殴るようだ。
添乗員の楽しげな解説が流れてくる。
「現世で色欲に溺れた人間は、ここで地獄の動力源となって、昼夜分たず働き続けなくてはなりません。ま、地獄に昼夜はございませんが」
美熟女が「まあ!」と言って、美しい顔を歪めた。
列車が更に進むと、プシューという音と共に生臭い匂いが漂ってきた。
添乗員は、さっきより暗いトーンで言う。
「大叫喚地獄。現世で殺人を犯した人間は、ここで拷問を受けなくてはなりません」
前方から悲鳴が上がり、あっと思う間もなく、俺の体は大量の液体でずぶ濡れになっていた。
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れた。
なぜなら俺の体を濡らしているのは、大量の血だったからだ!