第65話 壺でございます
鈴は、壺?と言い、樹は、〈ひ〉と〈い〉の中間音が思わず口から漏れて仰け反った。
樹の極端な反応に、鈴は驚きで思わず目を大きくして怪訝そうな顔をする。
壺はまさに、梅干しが入っていそうな大きさ。両手のひらでくるめるほど小さくはなく、一人で運は運べないほど大きくなく。口のところをしっかり持てば、樹でも片手で持ち上げられそうだ。
樹は過剰反応だったかもしれないと自分で反省した。そして、壺を見て慄くそんな自分の姿に、〈なんだこいつ〉の視線を投げている鈴は本当に今までクロデの壺を見たことがないのだな、と樹は確信した。
「うちに届くのは初めてではないんだけど、鈴がクロデほ仕事に関心を見せ始めたのはごく最近だからね。」
静流の言葉と樹の狼狽ぶりにに、鈴はハッとして、この壺って、もしかして、あの壺?と、思わず聞いていた。
横で樹がカクカク頷く。
「うわー、まじ?はじめて見たわ。」と、鈴が興奮する。
「ここではなんの変哲もない壺だけどね。クロデの仕事に興味がないとしても、まあ、高額のために見ておきたまえ。」
静流はそう言ったが、鈴がクロデに興味がなかったわけではなく、自分の疎外感、思い込みからくる劣等感から関心のないふりをぜざるを得なかったんじゃないか、と、樹は思った。
「ねえ、ねえ、触っていい?」と、鈴が興味深々で手を伸ばす。
あ、と、心配になって、思わず壺に向かって伸ばした鈴の腕を樹が止めようとした。鈴はそんな樹を怪訝そうに見て、静流は笑った。
「樹ちゃん、そう、神経質にならなくて大丈夫だよ。」と、笑い顔のまま、安心させるように静流が言う。
「今は、ただの壺、だからね。それこそ、梅干しも漬けられる。オレに漬け方はわからんけど。」と、言いながら、どうぞ、と言うように、壺をゆっくり滑らせるようにに鈴の方に押した。
〈今は〉と言う言葉が樹の耳に引っかかる。すると、どこかのタイミングでありふれた壺はクロデの壺に変わるのだ。「もっとも、鈴も乱暴に扱ったり、調子に乗って割ってもらったりしちゃ、困るんからね。また発注しなきゃいけないからさ。」
「発注してるんですか?」と、樹は尋ねた。
そうそう、と、静流は頷いて、「実はスーパーとかで買っても、多分なんの問題もないと思うんだけどね。それでも、壺はクロデの別の組合の本家に作ってもらう習わしになってる。
鏡もそう。
歴史だけはやたらある一族だから、色々分業されててね。
クロデの壺を作ってるとこの本家は製陶が家業なんだ。
作家の芸術品みたいなやつじゃなくて、雑器っていうの?日常で使う食器を作ってる。そうは言っても、たまに、芸術家の先生も現れるんだけどさ、まあ、それは脇道に逸れる話だから、置いといて、そっちの本家が陶を家業にしてるのは、うちが不動産を家業にしたのと似たような流れみたいだね。クロデの一族が壺が必要だとうなら、作りましょう、みたいなことから、家業になったんじゃないかな。
そこら辺は、そっちのクロデから詳しく話を聞いてまとめると面白いんだろうけど、そっちにあまり深く関わってると、オレ、伝奇蒐集家になっちゃうじゃん。
オレはお笑い系の芝居がやりたいんでね。それから、うちの仕事もあるし。そっちの方は、もう少し手が空いたら、かな。」
樹は他のクロデの系統があることを興味深く聞いた。だが、鈴は樹の問いにも静流の答えにも、全く興味が持てなかったので、自分の元に引き寄せた壺を手袋の手でペタペタ触ったり、ぺちぺち叩いたり、回転させたりしていた。




