第1話 バイトですか?
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…ずいずいすっ転ばしごまみそずい 茶壺に追われてとっぴんしゃん…
遠くで童謡が流れている。
大方夕方の子供番組だろう。
うちのテレビはついてないから、近所の家かもしれない、と、テレビの消えた食卓のテーブルに両親と向かい合いながら樹はぼんやりと考えた。
彼女はこの春から大学に通う。
親元からは通えない距離のため、彼女はてっきり憧れの一人暮らし生活が始まるものと思っていた。
だから、親が不動産屋、と口にしたときには、部屋探しの話が始まるものと思っていた。
ところが、続いたのは、クロデ不動産というところに勤めろ、という話だった。
勤めると言っても、当然親元を離れるのは大学に行くためであるけら、就職という意味ではなく、バイトとして、ということだ。それはわかる。樹は自分でも大学生活に慣れたら、バイトを始めようと思っていた。国立に行けるとよかったんだけど、残念ながら合格を許可されたのは私大だった、自分のうちはそう生活に苦しいとは思っていなかったけど、流石にのほほんと小中高時代を過ごしはしたが、私立の学費は家計に優しくないのはわかる。
とはいえ、入学式も引越しさえまだなのに、バイトの話が先とは。うちって、そんなに困っていたのかしら、と、樹は不安に思いながら、とりあえず父親の話を聞く。
父が告げたバイト先は不動産屋だった。不動産系の資格は一つも持っていないし、彼女が入部したのは法学部だ。全く関係なくはないかもしれないけれど、不動産方面に興味はない。弁護士は無理でも弁護士助手にはなれないだろうか、と考えている。まあ、ダメ元で、司法試験も何度か挑戦したい。もちろん、就職について膝を交えて親と話をしたとまでは言えるほどではないが、それでも両親共に彼女の希望は知っているはずだった。
父親の話によると、その不動産屋というのが、たまたま、樹が合格した大学のある街にある。しかも、ちょっと遠いが歩ける範囲にある。バスも出ている。
不動産屋自体が、大学のある街の駅から歩いて20分くらいの距離にあり、店舗の場所は駅から大学に向かうバスの路線の途中でもあった。不動産屋の店舗の近くにバス停もある。
父親からバイトの説明が出るかと思ったが、父親は、滔々と樹に不動産屋の立地条件を語り続ける。
どういうこと?そこから大学に通えって言ってるみたいじゃない、と、樹が不信に思い始める。それを見抜いたように、大学に通うには、ここに住まなくてはいけない、と、父が言った。
バイト先に住み込み?いつの時代よ、と、樹が反論のために息を吸うと、まあ、その前にもう少し話を聞いてもらいたいな、と、父も困ったように言う。それまで何も言わずに父の横に座っていた母も、ハの字の困り眉を作ったまま、うんうんと頷く。
なんなのよ、二人とも普段見せたことのない神妙な様子で。
ハイハイ、どうぞ。では、とにかく話を伺いましょう。と、樹は前のめりになった体勢を元に戻して、食卓の椅子にお尻を落ち着けた。