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見習い少女は傷だらけ  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
おまけ 『その後の「ダンジョンの大家さん。」〜三階のラーフェンさん。編〜』
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02/「いきなり襲ったりしないよ」

 インプンドゥルは見かけは順調に治癒していった。けれども眼球が再生しても、なぜだか視力が戻らない。

 不思議に思ったメディの問いに、青年は申し訳なさそうに答えた。

 ――僕には血が必要なんです。


 どうやらこの魔界において、インプンドゥルという生物は他に存在しないらしい。ただ他にも血液を好む種族は少なからずいるようで、青年の生態は思ったよりすんなり受け入れられた。

 さらに、懐かしい砂漠だらけの故郷よりも科学が発達しているらしいこの世界には、医療用に血液を保存する技術があった――通称「救護室の輸血パック」だ。

 あまりの利便性に思わず眩暈がした。世界が違えばそんなものがあるなんて。


「でも、いただいてしまっていいんですか? 誰かが怪我をしたときに無いと困るのでは」

「気にしないで。それぞれが暇なときに自分用に抜いておくんだけど、ここって挑戦者自体が少ないし、いつも輸血が要るほど大きな怪我をするわけでもないから。一応結界に保管するけど、それでも劣化しないわけじゃないしね。だから古くなったのは捨てちゃうのよ」

「も、勿体ない……!」

「ふふ、でしょう? 取ってくるわね」


 部屋から出て行ったのか、メディの気配がさっと薄くなる。

 そして直後、恐らく壁一枚隔てた程度の少し離れた場所から、話し声がした。


『あなた、そこで何してるの? 暇なら彼のこと見ててちょうだい』

『え、でも、お父さんが入っちゃダメって』

『ああ……あの過保護親父の言うことをぜーんぶ守ってたら、あなた一生結婚どころか彼氏もできないわよ。母さんが許可します。……気になるんでしょ?』

『あう。……でも何すればいいの?』

『そうねえ……処置はもうほとんど済んでるし、話し相手にでもなってあげて』


 会話はそこで終わったが、メディと話していた相手――声の感じと話していた内容から察するに、彼女の娘だろう――が彼の寝かされている部屋に入ってきたようすはなかった。けれども弱いながら気配はある。

 見えないけれど、たぶん扉から顔だけ出して中を伺っているような感じだろうと想像して、インプンドゥルはくすりと笑った。


「そんなに怖がらなくても、いきなり襲ったりしないよ」

「うひゃっ……バレちゃった。もしかしてその状態でも眼、見えてるんですか?」

「いや。視力を失ってみてわかったが、他の感覚だけでも案外わかる。それで……お嬢さん、君の名前は?」

「ソルマ。あなたは?」

「ラーフェン」


 青年が名乗ると、相手――ソルマは緊張を解いた。見えなくてもそれくらいわかる。

 彼女が纏っている魔力の質は、張りつめていると父サルバトリアスのものに少し似ていて、緩むと母メディのそれに近くなるらしい。結べば強くしなやかで、解けば温かく柔らかかった。


 それからソルマはちょくちょく病室を訪れるようになった。メディも大家の妻としてそれなりに忙しく、自分で立って歩ける程度の怪我人の世話くらいは素人の娘でもなんとかなる。

 何より当のソルマは暇そうだった。


 どうやら娘は逆に家業をほとんど手伝わされていない。サルバトリアスはなかなか子煩悩で、戦闘の可能性もある「迷宮の主」の仕事を娘に継がせるのは、まだ時期尚早と思っているらしい。

 声の感じからすると娘もそれほど幼いわけではなさそうなのだが。ちなみに学生だそうだ。

 ちなみに、たまに部屋の外から「ソルマ! 男はみな野獣だ!! たとえ病人相手でもうかつに近づくんじゃないぞ!!!」というあまりにもわかりやすい警告が聞こえてきたりする。


 そんなわけで、ソルマと話すときはたいてい彼女から父親の過保護に対する愚痴を延々聞かされた。

 彼女はまだ若いからか、あまり見識が広いとは言えない。今度はラーフェンのほうが故郷を説明する側になった。

 ソルマは砂漠を知らないし、人間の暮らしも想像がつかないようで、まるで物語の世界でも聞いているかのような相槌が返ってくる。


「同じ魔女でもクェンティアおばさんと全然違うんだぁ……あ、うちの二階に住んでる人なんですけどね? 年齢不詳といいつつどう見ても一千歳は越えてるんですけど、まだ結婚は諦めてなくって、しょっちゅう人型魔族向けの街コンに行ってるの」

「本当に面白いくらい文化が違うね。向こうじゃ婚姻は親族同士で采配するから、自分で相手を探す必要はあまりないんだ」

「えーっ……親に結婚相手を決められるなんて嫌じゃないんですか?」

「そうかもね。僕にはそういう存在がいないんでわからないけど」

「……あの、ごめんなさい、知らなくて」

「いや違うから気にしないで。僕のいた世界の『霊』は、最初から血縁という概念がないんだ。つがいになることはあっても子どもが生まれないからね」


 たとえば樹上の吸血鬼アサンボサムと森の精霊シャマンティンは、もともとまったく異なる種族同士だが、惹かれ合って夫婦になった。そういう二次的な家族ならいる。

 だが霊には生物のような肉の身体がなく、ゆえに彼らのような形式で繁殖はしない。

 この身は大気中に散らばった霊気が束ねられたもの、自然発生した陽炎のような存在。それに魂が包まれて生命の体を為している。


 という説明をかいつまんでしてみたが、ソルマはいまいちピンとこなかったのか、周囲の魔力ももにゃもにゃと淀んでいた。


「子どもが持てないのは、それはそれで寂しいかも。だから人間の女の子を魔女にしたんですか?」

「……そういうわけじゃないよ。それに結局、彼女とは一緒に居られないし」


 言いながらそっと目元に触れると、その上からひと回り小さな手が添えられた。

 眼窩はもう空洞ではない。きちんと詰まった眼球が瞼の下から指を押し上げているし、もう包帯越しになんとなく明暗を感じられるようになってきた。


 それはつまり、ここを発つ日が近いことを示してもいる。


「ねえラーフェンさん。……本当はその子のことが、好きだったんですか?」



 →

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