ランプの魔神
このランプの中にいれば、そなたの身は護られる。昼夜の区別はないが、暑くも寒くもなく、身体に害を及ぼすものは入ってはこない。
食べたいものがあれば、パンパン、こう手を二回叩き、食べたい物を言えばテーブルの上に現れる。そなたが一度も食したことがない物は現れないがな。
おお、さっそくテーブルの上が賑やかになっているな。どうれ、我も一ついただくとしよう。
我か? 我はランプの魔神と名乗っておこう。そうだ、あのランプの魔神だ。その魔神が何故とな? そうだな、暇つぶしがてら語るとしようか。
あの日、もうあの日としか云いようもない、遙か昔のことだ。
我はいつものように、この世界とは違う世界、――異界と称そうか。その異界から、この世界を眺めていた。
普通、この世界と異界は行き来出来ない。異界から、この世界が見えるが、この世界から異界を見ることは叶わない。そうだな、マジックミラー越しに覗き見る様と同じだといえばわかるかな。
ただ違うのは、異界からこの世界にちょっかいを出せることだ。ちょっかいと云っだなと首を捻りたくなる出来事だったり、これをしたら面白いかもといった悪戯めいた行動を異界の住人にそそのかしたり、そんな程度だがな。
我もそんなちょっかいをしているうちに、この世界に転がり込んでいた。そうして魔神と呼ばれ、このランプに封じられてしまった。
しまった。
人間の暦で一千年もの昔。あの日としか云いようがない昔のことだ。
この世界で語られる数多の『魔法のランプ』の物語。その物語と同じように、我はランプの封を解いた者の願いを叶えながら、この世界を渡りに渡った。
一番多かったのは大金を得たいと言う願いだったな。そういうときは、大量の金貨を積み、海の底に沈んだ船から少し分けてもらったものだ。
だが、そういった金貨は、金独特の色合いを持ち合わせてはいないからかな、願いで得た金貨を投石器の弾として使う者を見たときは、思わず目を疑ったものだ。
以来、金貨を渡すときは、見た目からも金貨だとわかるようにしてから渡すようにしていたのだが、突然手にした大金は、時に願い主に厄介ごとを招いてしまうものだと、たびたび痛感せざるを得なかった。
大金を得る願いの他にも、願いごとは多岐にわたる。その願いの中で、我の力を持ってしても叶えられぬ願いがある。過ぎ去りし過去を変える願いだ。
そう、そなたも我から三つの願いをと問われ、真っ先に口にした願いだ。
過ぎ去り過去が変えられるならば、真っ先に、我がこの世界に来るはめになったあの日の我自身を変えている。それが出来ぬ故に、我は今この世界に存在する。
……そうそう、忠告がてら話しておこう。なぁに、今のそなたが望んでいるであろう一番の願いに通づる話だ。
今のそなたと同じように、迫り来る危機から逃れるために、我に安全な場所に連れて行ってくれと願いを口にした者がいた。
我にとって安全な場所といえば故郷だ。我は願い主の最後の願いを利用して異界へ戻ることにした。
だが、この世界の生活にすっかり馴染んでしまった我にとって故郷は、我にとっても居心地が悪いものへの変わり果てた。
異界に連れて行った願い主はどうなったかとな? 異界はこの世界と理が大きく違う。たちまちその願い主は発狂し、そのまま事切れてしまったがね。
そなたも発狂したくはないだろう?
否、そなたはすでに発狂者と言って過言はないようだが。
我は願い主の願いを叶える為に、同じ轍を踏まぬために、その願いの背景を詳しく調べた。そうして我は集めた情報の中に、願い主と同じような想いを抱く者が数え切れないほどいることを知り、手始めに我は我の牢獄から、心地よい住まいとへと造り替え、我の住まうランプを敬譲品としてその者の元へと運び込ませ……
――どうやら、そなたに語る千夜一夜物語はここまでのようだ。そなたが怖れる暗殺は回避され、今ここに我の真の願い主の願いが発動することくになる。
さあ、時はきた。
そなたが招いた数々の悲劇を終幕させる、裁きの時が。