肉まんを焼く
「あー・・・今週も終わった」
私は安い発泡酒に舌鼓を打ちつつ、スーパーで適当に買ってきたつまみに手を伸ばした。好物のお徳用カルパスの袋を開け、一つつまんで口の中に放り込み、咀嚼する。
肉のうまみを感じながら、発泡酒で一気に洗い流した。
「あー・・・いいなこれ」
今日は金曜日である。金曜日の夜は、毎週酒を飲むことに決めている。とはいえ、毎週外食できるほどの給料をもらっていないので、必然的にほとんど家飲みになる。例外として給料日の後の金曜日だけは、せんべろを求めて安い居酒屋に飲みに行く。
東京に出てきて3年、自分でもパッとしない人生を送っていると思う。最初は何とか変えようと試みたのだが、やがて諦めた。彼氏もいないし、友人は皆故郷にいるので遊ぶこともない。孤独と言えば孤独だが、それはそれでいいかもしれないと思っている。
しかし、酒に逃げすぎるのもよくない。そんなわけで、私は金曜日以外は酒を飲まないと決めているのだ。今日はちょっと贅沢をして、スーパーでサワーを何缶か買ってみた。発泡酒が無くなったので、そのうち一つをラベルもろくに見ずに開けて、喉に流し込んだ。ぶどうサワーだった。
やがて酔いが回ってきたので、そのまま座椅子にごろりと横になり、ひざ掛けをかけて目を閉じた。
どうせ一人だし、誰にかまうこともない。一人暮らしの利点だ。
起きたら熱いシャワーを浴びて、朝ご飯を食べたら図書館に本を返しに行くかと考えながら、意識を手放そうとしたその時だった。
ガタン、という音が台所の方でした。台所は扉一枚隔てられた向こうにある。玄関がすぐ横にあって、帰ってくるともうそこに台所があるという寸法だ。
私はがばっと起き上がり、親戚から護身用にと押し付けられたナポレオンソードを手に取り、扉をばん、と開けた。
「な、何者だ!」
「お前こそ誰だ!」
そこにいたのは、真っ白なネグリジェを着た金髪碧眼の美少女と、黒い髪の美少年だった。
美少年は美少女を後ろ手にかばい、こちらを警戒している。少女の後ろの壁に、見たことがない重厚な飾りのついたドアがそびえていた。
「余はアストロ王国の王太子、イサークである。こちらは王太子妃であり我が妻、リディアだ」
「アストロ王国?」
「知らぬのか?よほどの田舎者と見えるな」
「そんな国は地球にはない!」
「地球だと?気でも触れたか愚か者め!大地は平らにできておるのだ。球ではない!」
「いつの時代だ!ガリレオ・ガリレイに謝れ!」
とち狂った応酬が数分間続いた後、我々はようやく置かれた状況を理解した。どうやら我が家の台所は異世界につながってしまったらしい。しかも、アストロ王国王太子の寝室にである。
どういうことなのかさっぱりわからないが、とりあえず大家さんに連絡してもどうにもならなそうだということは分かった。
王太子は王太子で、今日は王太子と王太子妃が結婚して初めての晩で、二人とも寝付けなかったところ、自分の寝室に見慣れぬドアがあるので開けてみた結果、ここに出てきたのだという。
重厚な飾りのついたドアを開けると確かに、一国の王子が住まうにふさわしい、豪華な寝室があった。
私はドアをぱたんと閉めた。これは夢だ。夢に違いない。
「ああもう、安酒飲みすぎたかなあ…」
「酒があるのか。すまぬがもらえぬか?喉が渇いてな…リディアはどうだ?」
「イサーク様、はしたないことを申しますが…わたくし、お腹がすきましたわ…」
くう、と腹が鳴る音がリディアからする。未成年に酒を飲ますわけにはいかないので、私はイサークに冷蔵庫に入っていた麦茶をグラスに注いで渡した。
そういえば私も空腹を感じた。食べたのがつまみだけだったせいだろう。しかたない、何か作るか。冷蔵庫を開けるとつまみと一緒に買った4個パックの肉まんが入っていた。
確か、明日の朝ごはんに食べようと買ったものだ。
「じゃあ、あれでも作るか」
ホットサンドメーカーを棚から取り出し、ぱかっと開けてバターを塗る。肉まんのパックを破り、一つ取り出してホットサンドメーカーにギュッと挟んだ。これで準備は完了。後はあぶるだけだ。
ガスコンロにホットサンドメーカーをセットして、中火でこんがりと焼いていく。バターの溶ける良いにおいが漂ってきた。二分焼いて、ひっくり返してもう二分焼く。焼けたらお皿に取り出し、美少女の方に差し出した。
「はい、出来ました」
「ありがとうございます…手づかみで食べてもよろしいのですか?」
「それが一番いい食べ方ですね」
リディアはおそるおそる肉まんを手に取り、ぱくっとかみついた。しばらく咀嚼していたが、顔が段々晴れやかになっていく。
「あ、熱いけど美味しい…!白いパンのような生地がサクサクで、でもふわふわの部分もあって…中のお肉もちょっと濃い味付けですが、生地に合いますのね!これ、美味しいですわ!」
「すまぬ、余にも焼いてくれぬか?」
「はいはい、ちょっとお待ちを」
リディアを見ていたらイサークの方も食べたくなってきたらしい。私は同じように肉まんを焼き、イサークに差し出した。
「うむ、バターの香りがたまらぬなあ!よほど良質のバターを使っていると見た!」
残念でした、スーパーで買った安物のマーガリンです。お菓子を作るのにも使えます。
イサークは結局肉まんを二つ平らげた後、お礼だと言って私に金色に光る装身具を手渡した。
「ささやかだがとっておけ。素晴らしい馳走であった。余とリディアはそろそろ休むが、そなたは深酒に気をつけよ」
「私ももう休みます。お二人に会えてよかったです」
「ええ、わたくしもお会いできて光栄でしたわ」
ドアがぱたんと閉じる。そのままゆっくりゆっくり消えていき、やがて元の白い壁に戻った。
「夢じゃなかったんかい!」
朝、私は枕元に放り出してあった金色に光る装身具を見て、頭を抱えた。肉まんのパックは綺麗に空になっていて、きちんとまとめてごみ箱に捨ててあった。
「うーわ……朝ご飯どうしよう……」
実は毎週金曜日に扉が開き、その時に王太子夫妻がやってくるようになるとは、その時の私には知る由もなかったのであった。