怪しい占い師II
お金は取りませんから?
そんなわけがない。
自分は詐欺師ですと言っているようなものだ。
それに、丁寧な話し方の割には一人称が「俺」であることには違和感しか感じられない。
まさか何か幸せになる壺の類でも売りつけようとしているのだろうか。
だとしたら断るのに遣う気力も体力も勿体ない。
ああ、でも。
変な奴にあった、という話であいつの気の一つでも逸らすことができるかもしれない。例え要らぬ勧誘をされたとしても断り切る自信はある。
淡い希望が浮かび、希望と疑惑を天秤にかけながら露天の椅子に腰掛けた。
片肘をテーブルにつき、抑揚のない口調で尋ねる。
「あんたの言う本当の理由ってやつを聞いてやろうじゃん。言ってみろよ。」
「ええ。彼女は、自殺だったんですよ」
奴の表情は見えていないのに、まるで無邪気な笑顔が見えるかのような明るい声で答える。
その態度に神経を逆撫でされた気分になり、反論する。
「はぁ?なんでお前が分かるんだ。あんたが何故今回の事を知ってるのかは知らないが、死にたいと思っている様子なんて全くなかったと思うけど。」
「だから、死んだんですよ。」
「話の通じねえ奴だな。それのどこが答えになってんだ?だからって言葉の意味知ってんのか?」
「分かっていますよ。そして君も分かっているはずですよ。」
「俺が何を分かっていると?」
「彼女は生きたいと思えなかった。でも死にたくないとも思えなかった。彼女はこの世のマジョリティとは少し乖離している。彼女自身、それに気がつき始めていたのです。」
ードクッ…
占い師が話せば話すほど心臓の音がだんだんと大きく響く。
まるで、これ以上聞いてはいけないという警告音のように胸からつむじ、爪先まで全身が脈打つ。
俺の心中を知ってか知らずか、占い師は話し続けた。
「彼女はあなたのお友達と恋愛をすることになり、人を愛することが分からない自分を自覚せざるを得なくなってしまいました。」
「生きるも死ぬも愛も、人として大切とされる多くが分からないと気づいた彼女はパニックになりました。自分は本当に生きているのか、人間なのか、分からなくなったのです。」
ードクドク……
冷や汗が滲み出てくる。そして占い師は俺の心臓に杭を打つように言い放つ。
「死が怖くなかったから、死にたくないと思えるかどうか実験したのです。」
「…!!!」
ー……。
突然、心臓が大きく跳ね、全身が一瞬にして静止する。
意識が肉体から引き剥がされ、視界がじわじわ黒に染まっていく。
彼女が俺と同じだったと?
俺は生きたいと思えるかどうか知るためだけに死んでみたいと思ったことは無い。
いや、それは彼女も同じだったのか。
しかし萩原と付き合うことになったせいで本当に死んでしまったと?
自分も同じなのか?
確かに、同級生の死よりもその友人の心情の方に関心があるくらいだ。
もしかしたらこの先、萩原が死んだとしても、親が死んだとしても、俺は同じように死んだものに対して同情することもできないのだろうか。
彼女が人を愛せないと気づいた時と同じように、俺の死に対するある種の無関心は、人としてあるべき生との乖離から来ているのか?
人として何か欠如していて、異質である自分を認知しきれていないから死が怖くないのか?
何かがきっかけで自分の生に疑いを持ったら、俺は死にに行くのか。
それが俺の迎える死なのか?
頭の中でぐるぐると、自分でも訳が分からないほど枝葉の広がった思考が繰り広げられ、結論として一本にまとまる前に散っていく。
占い師がまだ交通事故に見えるように細工した内容を説明していたようだが、その声は俺には届かなかった。
「…というわけです。まぁ彼女の死についてはこのくらいですが、こんな怪しい人間の話は信用されないでしょうが、とにかく聞いてくれてありがとう。最初の約束通り、あなたにお礼をしなくては。」
「あなたは何を知りたいですか?」
心ここに在らずのまま、しかし最も明確な言葉を、渇ききった口から絞り出すように告げる。
「俺が死ぬ時について知りたい。」
瞬間、風で靡いた占い師のベールの隙間から口角の上がった薄い唇が見えた気がした。
俺は重たい足を引きずりながら、べっとり白いペンキを塗ったような回らない頭で帰路についた。