牛丼屋で
「それでお前、アドレスゲットしたのは良いけど、これからどうすんの? 」
「どうすんの、とは? 」
萩原の性格的に、そんなに積極的にアプローチできるタイプじゃないと思うんだが……。
親しき仲にも礼儀あり、という言葉が頭をよぎったが正直に尋ねてみる。
「その……、付き合いたいの? 」
萩原は一瞬驚いたように目を見開く。しかしほんの少しの間が空いたあと、萩原はまたすぐ口角を上げて口早に答える。
「あっ、お前俺のことバカにしてるな! なんと、もう付き合うことになったのだ! 」
「え、まじ? どうやって? 」
「ちょっとツテでな。 いやぁ友は持つべきものだなぁ。メールアドレスを狙っていたのは単に告白する手段が欲しかったから。実はもっと前から話す機会あってさ。」
「へぇ、やるじゃん。良かったな、ツテがあって。」
「おい、ツテだけでお付き合いが成立すると思うなよ、このバカちんが。俺の血と涙のおかげだよ。」
「はいはい、そうだな。」
さっきから口調が所々おかしいと思っていたが、嬉しさで舞い上がっているからだったのか。
俺の茶化しさえも嬉しそうな屈託のない笑顔を見ていると、念願叶って本当に良かったなと思う。
それから萩原は弾丸の如く喋りまくった。
彼女のどこがどのように素敵で好きで堪らないのか、時々「間違っても取るなよ」と冗談か本気かわからない牽制も添えて。
普段から明るくお喋りであるが、今日は特別うるさかった。店員さんが牛丼を運んで来たときも、その牛丼から湯気が消えても、俺が時々今日出た課題をいつ解こうかとか考えている時でさえお構いなしに話し続けていた。
やっと満足して会計を済ませようとしていた時。
終いには、
「本当にいい日だなぁ! 今日は俺の奢りだ。お前も幸せになれよ! 」
こちらを振り向き、牛丼2人前780円分の小銭をカウンターに置きながらこう言い放ったのだった。
その時の俺はきっと絵に描いたような苦笑いをしていただろう。
翌日以降、萩原とはあまり喋らなくなった。
というよりも、会う時間や機会が無くなったと言った方が正しい。
しかし話さないだけで、たまに萩原を見かけることがある。もちろんその隣にいるのは、吉岡さんその人だ。
大抵その2人は同じ表情をしていたように思う。
女の子らしく、花吹雪でも纏うかのように清楚に笑う彼女に対して、蕩けそうな笑顔で話しかける萩原の面影を持った男。(いや、萩原なのだが。)
バカップル……。
毎度のこと、無感情のまま独り口をついて出た言葉はそれだった。
飽きるほど平和に満ちた毎日が続いた。
友人の幸せそうな姿は、冷めていた自分のいくらかの支えになっている。それなりに満ち足りた日々が続き、生や死について考えなくなった頃。
俺たちにとっては青天の霹靂で、しかし運命にとっては満を持して、その日は訪れた。
俺は珍しく朝寝坊をしてしまい、登校が遅刻ギリギリになってしまった。
遅刻でもしたら、萩原から向こう1週間くらい変なあだ名をプレゼントされそうだ。
くだらないことばかりに頭を回し、乱暴に靴を履き替え、階段を駆け上がって教室に滑り込む。
しかし、予想は外れた。
いつもならいの一番に「おはよう! 」と駆け寄ってくる萩原の姿が今日は見当たらなかった。
おはよう、と話しかけてきたクラスメイトに尋ねる。
「はよ、萩原まだきてないの? 」
「来てないんだよ。珍しいよな。」