友人の恋路
最初に死に近づいたのは、高校3年生の7月だった。
いよいよ受験生として生活のすべてを勉強に捧げよ!という雰囲気の高まる中、俺は今期の席替えで目論見通りゲットした一番後ろ窓側のベスト賞を引き当て、窓一つ気ままに開閉ができる権利を手に入れていた。ついでに障害物なしに窓枠から外をぼんやりと眺める眺望権も取得していて、授業中はひたすら教室の窓から空を眺めるだけだった。
文系の大学に行くことにしたのに理系のクラスに進んでしまい、不必要な数学Ⅲのブンブン回転する放物線とか、ちっともわからない。
それに、受験に必要ない分野の知識を頭に入れるならその容量分を日本史とかに回した方がまし、と勝手な理由をつけて完全に意識をどこかへ飛ばしていた。
その時、机に小さな何かがコツンと当たり床に落ちたのが見えた。気になって拾い上げてみると、雑に四つ折りされたノートの切れ端のようだった。
今時授業中に手紙なんて流行らない。こんな女子小学生みたいなことをしてくる奴は1人しかいない。
そう決めつけ、すでに頭に思い浮かべる2つ分右斜め前に座る男の方を見ると、突っ伏しているようだったが、すぐにその脇の下から覗く片目と視線が合った。
こちらの視線に気がつくと、少し顔を上げて脇の下から手が出てきて、ピースをしている。
よく分からないのでとりあえずピースマンのことは無視して、メモを開いてみる。
『帰りに牛丼』
居眠りこいたのかと言わせるような汚い字で、それだけが書いてあった。
なぜ今言う…。せめてメールにしとけよ、ますます意味がわからないな。
とりあえず『分かった、お前の奢りでな』と本気にもしていない脅し文句を付け足して、先生が板書している隙に頭に当たるように投げ返してやった。
帰りのホームルームが終わり、一斉に教室から人が出ていく。
鞄に教科書を乱雑に詰めこみ立ち上がると、例のピースマンが机に片手をついて立っていた。
「萩原、お前部活は?」
「ん、今日はいいや」
「いいやってお前、テキトーはやめとけよ」
「いやいや〜今日は試合が近いから、出場メンツだけしか集合かかってないのよ」
「へぇ…。」
「じゃ、まぁ行きますか!今日はキング食ってみようぜ!」
バンバンと俺の背中を叩きながら笑って言う萩原に違和感を感じつつ、教室の外へと歩いていく。校舎を出て、野球部やらサッカー部やら陸上部やらの掛け声を聴きながら門の外に出た。
「お前、今日どうしたの?」
「あっ気づいちゃった?どうしたと思う?」
「質問に質問で返すなよ…。何か分かんないけど、変な感じするんだけど。」
「ちょっと興奮覚めやらぬことあってな。」
「はぁ?」
「いいからいいから、牛丼食べるときに話すって。」
さぁさぁと背中を押されて駆け足になりながら牛丼屋に入る。
牛丼屋で席に着いた瞬間、メニューも見ずに注文ボタンを押し、店員に二人分の注文をする。
おい、と心の中で突っ込みつつも声には出さない。
萩原が勝手に注文するとき、いや、牛丼屋に誘うときは決まって話したいことがあって、その話をするのが待ちきれないときだからである。
今に始まったことではなく、幼馴染だからこその暗黙の了解とでもいうべきだろうか。
幼馴染という響きにいささか特別感を抱いているからか、その行動を止めたことは一度もなかった。
「それでさ、俺が言いたかったことってのはさ、つまり、な? 」
「な?ってなんだよ。早く言えよ。」
「なんと! あの子の連絡先をゲットしたのである! 」
「であるってお前……。あの子って、前にお前が廊下で見かけて以来何かと話題に出してきてたA組のあの子?」
「おお、俺の話一応聞いてるんだな。そう、吉岡さんです! ってか俺そんなに話題に出してた? 」
「気づいてなかったとはびっくりだ。」
「……って感想それだけかよ? もっと聞けよ! 」
「ドウヤッテゲットシタンデスカ。」
好きな女の子のメールアドレスをゲットしたという。
その連絡先を友人のつてでもらったのがあんまり嬉しくて、授業中だったからとメールでなく手紙を投げよこしたということらしい。