序章
ー序章ー
いっそ迷惑なくらい健康だった。マラソン大会が嫌だとか、完全に私的な感情でロックオンしてくる教授の授業が嫌だとか、明日の外回り営業でペアを組んでいる上司の加齢臭がきつくて仕事を休みたいだとか。そんなことがあってもなくても、体調を崩したことなんて一度もなかった。
小説やドラマの死因でよくあるのは、病死としては悪性腫瘍だったり白血病や心筋梗塞、あるいは不慮の事故だったり。
小さいころから周囲の言う「死にたくない」というその一言が理解できなかった。もしも俺が土壇場になったら、車にひかれる0.1秒前とか崖から落ちる瞬間とか、布団を干していたベランダの柵が老朽化が原因で鎖落ちて真っ逆さまになる瞬間とか、そこまで来たら俺にもそのセリフを言うことが出来るのだろうか。そんなことを考えるほど、死生観については人並みの感情を持ってはいなかった。
不謹慎だが死に憧れがあったのだ。
生きていることは嫌ではない。努力すればできないことなど何もないのだと心の底から信じられるほど、苦しみがあっても生きていることに生きがいを感じる瞬間があり、楽しいとも、幸せだとも、生きている中で何度も感じてきた。
それでも死に憧れを抱くのは、努力しても理解も想像もつかなかったからだろうか。
もう生きられないんだ、という事実に対して怒りや悲しみや後悔の感情を抱くのか、単純に知りたかったのだと思う。
もちろん興味があるというだけで実際に命を粗末にしよう思うことも、人の死をうらやんだり悲しまなかったりということはない。知人の死を知ればちゃんと苦しいし、心に穴が開くこともある。
だから知りたかった。あと何年したら、俺は死ぬのだろうかということを。どこで、どうやって、何が原因で。
だって想像できないじゃないか。こんなにも死と無縁な人生なんだから。
死と隣り合わせで必死で今を生きている人の気持ちが俺にわからないように、逆もまた然りではないのか。
知りたい、どうしても知りたい。
俺が死ぬ、その瞬間のこと。