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告白

 彼等の最大の問題は、互いが自分より相手を大切に想っていると言う事を、自覚せずに居ること。要するに、想えば想うほど混乱の度合いが深まっていく。


 オルデンブルク公領の北に位置する避暑離宮は、今年23になった当代のコンスタンツ・アウロォラが代替わりする前から無人に成っていた。20年近く前、先代の公爵が僅かな側近だけを連れて唯ひとり、世俗と離れて過ごしていた故に、逝去の後は内装も外観も、そのままでは使用に耐えない程荒れ果てていた。


 当代の公爵が、シェネリンデの中央政治に関わり、家を立て直した今でなければ、補修すらままならなかっただろう。先代の怠慢によって零落していた公家を立て直し、二大勢力の間で、傀儡政権と成り果てていた王家に主権を取り戻させ、東の干渉すら断ち切った。


 血の軛をかけられ、身動きも成らなくなるはずだったリント伯爵家でさえ、いずれ、彼の息子によってコンスタンツ・アウロォラの支配下に置かれる。


 リント伯爵家と同様、シェネリンデを2分していた俺の一族、カーライツ伯爵家の現状も、穿った見方をするなら、王で有るアウルの兄に娘が嫁した時点で、あからさまな反目は有り得ない。


 要するに、シェネリンデ王国は総じてアウルの掌中に有ると言っても過言では無いのだった。加えて、彼は俺を有している。


 なので、時折俺に言う。


 「私が、お前を愛していると言う、この言葉が真実か否かは、証明の方法すら無い。権力の掌握の為に騙しているのかも知れないぞ」

 「私の行動は見方によれば、籠絡に他ならない」


 俺にしても、因縁のリント伯爵家を倒して、国を掌中に納める事を、延々と目論んできた一族の末裔で有り、直、当主となる。が、俺の返答は決まっていた。


 「どうでも良いことです。俺が惚れているのはオルデンブルク公コンスタンツ・アウロォラじゃ無い」

 「気障な奴」


 彼の口が何を言おうと、水に映る翠に似た、清廉な魂に触れてしまっているのだから。初めて見えた時からずっとこの腕に抱いていたような気がする。

 ……違うな。俺が浸っていたんだ。


 火にかけた薬缶がカタカタと音を立てると、ひと言も口を効かずにいたアウルが、立っていってコーヒーを淹れると戻ってきた。

 これもまた、何時もは俺のしていた事だった。何時もと違うはまだ続いていた。


 「アレン」


 何故俺が何時ものように動く事が出来ずに居るのか、知っているかの様に、コーヒーのカップを手渡してくれる。


 「すみません」


 半ば呆然として言うが、それにもこれと言って応えず、元居たソファに戻ってカップを口に運んでいる。彼も何かを決めかねているんだ。

 読むとはなしに開いていた本を閉じ、切っ掛けを口に出した。


 「何を拗ねているんです?!」


 問いを投げた俺をチロリと見遣ると口を開く。


 「別に。考え事の邪魔をしないようにしているだけだ。気になるのか?!」

 

 俺のせいって事か?!


 「気になりますね」

 「じゃあ寝る。目に付かなきゃ良いだろう?!」

 「眠れるんですか?!」


 俺は単にたった今コーヒーを飲んだのに…何て具合だったんだが。


 「考える事を止めればな。眠れるはずだ……無駄なことだ。土壇場に成ってから考える事にするさ」


 やはりアウルは時を測っていたんだ。


 「何を考えるんです?!」


 問い返した俺を何の表情も載せない顔で見ていたが、ふいと視線を外して言う。


 「トリガーを引くか引かないか……かな?!」


 余りにも予測に即した応えに慄然とした。


 「土壇場って何時です?!」

 「ウェディングベルの鳴る時……だろう?!」


 ここまで同調してしまうと、驚きも憤りも湧いてこない。


 「……大当たりだ」

 

 明らかに脱力してしまった俺を見て取っているのだろうに、側を通り抜けて寝室へ向かうアウルは、余りにも事も無げだった。


 「……だろうな。眠れそうだ。おやすみ」


 だろうな?!だろうなって……


 「アウル!!それだけですか?!」


 思わず縋り付くように声を掛けた俺を、階段の手摺に手を置いて振り返った、氷のような表情が迎えた。


 「他に何か言って欲しいのか?!」


 冷たい捨て台詞を投げて、彼は階上に消えた。


 そうさ……これこそが彼の本質。

 名を馳せた「翠の貴公子」


 俺が心底惚れた男の中に正しく存在しているものだった。腕の中で、甘く綻ぶ者も、果断な執政者で有る者も、総てをして俺を魅了する者だった。


 失うと感じた時には、人ならざる者に成っている。

 君を裏切る者を容認せざる者に。


 そうさ……彼は躊躇わない。

 両断されていてさえ、俺は反撃を躊躇うだろう。


 手の中でまだ湯気を立てているコーヒーを、ブランデーで割って飲み干すと、階段を上がった。ドアを開けるとたった今シーツを被ったのが見え見えだった。


 「ほらね。眠れるわけ無いんだ。何やってるんです?!シーツ被っちゃって」

 「馬鹿!!引っ張るな!わっ!」


 何でこんなに落差があるかな?!


 言いながら手で塞いだ唇を覆った。掴んだ腕が抗って、振り払うと意外な事を口にする。


 「この野郎!私を玩具にしようってのか?!」

 「えっ?!」

 「惚けるな馬鹿ッ!!」

 「誰が?!昨夜は何を考えて眠れなかったんです?!俺を切り捨てる事をじゃないんですか?!」

 「俺が貴方に踏み込みすぎてるとか、負担に成っているとかなら……」

 「……何を馬鹿な……」


 掴んでいた手首に力が入りすぎて居たのに気付いていなかった。アウルの声が苦痛に途切れて慌てて放した。


 「……す……すみません」


 跡の付いた手首を他方で覆って言う。


 「痛ければ振りほどけば良いんだ」


 眉根を寄せ溜め息交じりに。


 「らしさの本質が力じゃ無いなんて言うなよ。理屈の話じゃ無い。現実がこれだ。瞬間お前をはね付ける手段は有る。だが、それだけだ」

 「お前に抱かれて空白に成った頭の中に、妙に鮮明に声が響く。いっそ総てを任せてしまえ。強がる程でも無かろうに」

 「でも、これまでをなし崩しにするのが惜しくなって、丁度良い、お誂え向きじゃないかって始めたんだが、これが、上手く行かなくてさ」

 「もう少し放って置いてくれれば振り払ってみせる。隷属するのは嫌だからな」

 「……だから、もう、私を見ていなくて良い」


 俺を想う気持ちを振り払って……って事だよな?!アウルの場合。事実上の最後通告。

 何でそうなるんだ?!何がそう言わせている?!思い当たる節が無くて途方にくれた。


 「貴方が俺に隷属する訳が無い」

 「それでも良い。するわけが無い。おやすみ」


 言うと再びシーツに潜って俺を拒絶する。


 「…貴方が俺にこびを売っても、しなを作って誘って見せたって、お願い…と、女言葉で哀願しても、貴方が変わるはずも無いのに」


 言いながら俯せている耳の後ろを撫でてみる。俺は貴方の知らない貴方を知っているんだ。何かを誤解してる。見てろ!言わしちゃる!!


 ますますシーツの中へ潜り込む所を見ると、俺が嫌になったと言うわけでは無いらしい。シーツに隠れている背中を、なぞる様に指先で辿り、襟足の辺りに鼻先を突っ込む様にする。

 ばっ!!と振り払って起き上がると怒鳴られた。


 「いい加減にしろっ!!そんなに言わせたきゃ言ってやる!ルイザとお前が結婚するからだ!!阿呆らしい事にジェラシーだよ!!原因は!!」


 本当に思いがけなくて呆気にとられた。

 つい、嬉しくてにやけた。

 そんな俺を悔しげな顔で睨まれて殊更惚けた。


 「阿呆らしくて情け無くて涙が出る……」


 本当にアウルが俺に嫉妬している?!


 「お前……本当に根性悪いな」


 ルイザ……ウエディング・ベルの鳴るとき?!……結婚?!


 何日前のことだろう?!登省した俺は、エントランスでルイザと一緒になった。執務室へ向かう道すがら、男目線でのウエディング・ドレスの見立てを持ち掛けられた。


 旦那に成るハンスも上司で有るアウルも、とんとファッションには疎いとかだった。

 アウルにセンスも興味も無いのは解っていたので、引き受けざるを得なかった。で、カタログに集中していて、アウルの登省に、俺もルイザも気付いていなかった。


 「おはよう。何の相談?!」


 アウルの声に、ルイザは、仕事場に持ち込んだ私事に跳び上がった。


 「お……おはようございます!申し訳ありません!!あのっ!!」

 「構わないさ。一生に1度の事だもの。ドレスを選んでたんですよ。ウエディング・ドレス」


 何の屈託も無く俺が言い。何の屈託も無く、アウルもごく自然に返した。


 「へぇ。知らなかったな。おめでとうルイザ」


 「…たったそれだけの事で……」


 力が抜けすぎて俺が言い、アウルの声は微かに震える。


 「それだけの事だよ…!」


 薄く涙を浮かべた自分に羞恥を含んで俯く。


 「でも…あの時は何も言わなかった」

 

 堪えきれなくなった感情を、喉元を押さえる手で押し込めようとしているようだった。


 「何とも思わなかった。当たり前の事だと…感じていなかった……自分がこんなに……お前を……」

 「俺を?!何です?!」


 促すと、悔しげに睨む。薄く開いた唇が告白しかけて、そのまま頑固に閉じかけた。


 思わず、細い顎を捉えていた。

 愛しさがこみ上げる。

 俺の手に揺すられて、解け掛かったプライドをこの手に墜ちろ……と。


 「言い掛けた事でしょう?!」

 「…ぁ…」


 ひれ伏して、差し出してしまいかねない己の心に抗う彼に、鼓動が跳ね上がる。


 「俺を捕まえて置きたいんでしょう?!なら、言って!俺を?!」

 「捕まえておける?!」

 「ええ」

 「本当に?!」

 「ええ!ずっと」


 心が溶けていく……彼は総てを差し出しても俺を贖いたいと思っているんだ。唇は引き結ばれたままなのに、見詰める瞳は涙を湛えて零れ落ちそうに成っている。


 雫がこぼれ落ち、吐息と共に寄せた唇が触れるかと思ったその時、アウルの手が乱暴に俺を引き寄せた。


 「お前の好きな様に何て言ってやらない!ねぇ…だから…何て!!」


 言い様唇を重ねるとベッドに押し倒された。


 「お前を待ってなんか遣らない」


 ベッドサイドの灯りの中、半身を起こして煙草に火を点す横顔が呼びかける。


 「アレン」

 「ん?!」

 「お前が遊び慣れてるのは知ってたけど、ホント痛感したよひでぇのな」

 「酷いのは知ってますよ」


 言いながら咥え煙草を盗ると、一息吸い込んだ。


 「順繰りでね。俺にも教えた奴が居たって事」

 「そいつらとルイザは違う。同じ様に扱うな」


 驚いた。アウルは事ここに至っても、俺とルイザが結婚する事を疑いもしていない。

 既に、自分を影に置くことを覚悟しているんだ。それでも俺と……余りのことについ笑った。


 「こりゃ、良いや…」

 「笑うな!!私の台詞じゃない事くらい……」

 「違いますよ!アウル。良い事教えてあげます」


 全く、貴方は何処まで掛け値無しなんだろう。


 「良いですか?!よく聞いて。ルイザと結婚するのはハンスです」


 心底驚いて見開かれた瞳が何て可愛いんだろう……そうだよね。赤くなるしか無いよね?!

 ほら。逃げない!


 「誓約を建てた俺を疑うのも限度ってもんが有るでしょう?!……俺は貴方に誓う。何方かに死が訪れる時も共に有る事を」



 「アウル。寝ぼすけ。起きなさい」


 声を掛けても起きない彼を、指で突いてみる。突かれる頭を庇ってくぐもった声が言う。


 「……ん…アレン…もう少し……」

 「駄目ですよ。休暇は終わりです。俺は出勤しますからね」


 はっとした顔で振り仰いだ唇を捉えると、少し奥まで踏み込んだ。


 「出勤って……そうか、昨日がお前の公休だった」


 がっかりしたように言われたのが嬉しい。


 「用事は終わったし、私も帰るかな」

 「駄目ですよ。鹿のローストが届く事に成っているのを忘れましたか?!ホテルで出すメニューの試食して欲しいって言われてたでしょう?!待って居なきゃ」

 「……だった」


 しゅん……と、置いて行かれる子供の様な顔をするのは反則だと思いませんか?!


 「今夜、ワインを持って此処へ帰ります。俺がし損じた鹿じゃ無いけど、味見は俺にも依頼されてるので……と、貴方の休暇はバースデーの代わりでしょう?!1年のエージングの味見も悪くない」

 「お前が楽しんで如何するんだ?!」

 「俺がじゃない、貴方が俺をです」


 ん?!と、一拍の後、やっと意図が呑み込めて、ぶわっと赤くなると、言いようが無くてふるふるしてる。

 ……か……可愛い!!飽きない!


 「…もう少し…力抜いていきましょうか?!覚悟は決めたはずです」

「お前…ほんとに根性悪だな……」


 赤くなったまま、そう言って溜め息を付いた。


 

 

 お読み頂き有り難うございました!

 この最後の「告白」を漫画で友人に見せたとき、「好きな事並べてるなぁ」と言われました。確かに、釣りに猟に車に、作者の好きな事の羅列ですが、同時に彼等の日常なんですね。当時から常に拾っていたネタでした。

 また、お目に掛かる日を楽しみに。

 有り難うございました!

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