第4章ー25
同じ時を、リディア・リトヴァク中尉は、スターリングラード近くに急きょ、建設された女性専用の捕虜収容所の中で過ごしていた。
スターリングラード陥落後、サラトフ近くの飛行場まで、リトヴァク中尉は部隊の仲間と共に後退して戦おうとしたが、既に燃料も弾薬も、機体を整備する部品も事欠く有様となっていて、地上部隊として戦うしかない有様となっていた。
そして、地上部隊として戦おうにも、既にパイロット2人に旧式の銃が1丁、1丁当たりの銃弾も約30発といってよい有様だった。
更に、モスクワからの指示も、まともといえる状況ではなくなっていた。
そうしたことから。
空軍の将兵には、それなりの知識が要求されることが多く、合理的な考えができる者が多い。
更に部隊に配属される政治士官も、そういった環境に感化されてしまっていた。
そのためにリトヴァク中尉の周囲や上官、更に政治士官まで巻き込んだ議論が行われた末に。
「我が第586飛行連隊は、連合国軍に投降する」
との連隊長の鶴の一声で、リトヴァク中尉らは、連合国軍への投降を決断した。
勿論、彼女達は、彼女達なりの方法で、ケジメを付けた上で投降した。
彼女達は、本来的には許されないことかもしれないが、自分達の愛機が、祖国以外のマークを付けることが我慢できないことだと考え、愛機を破壊した上で投降することを決断したのだ。
最後に遺されていた航空燃料を掛けて、彼女達は愛機を火葬にした。
思い思いの方法で、彼女達は愛機の最期を悼みながら見送った。
リトヴァク中尉は、愛機が燃え尽きるまで、涙を溢れさせながら、できる限り目を見開き、ひたすら敬礼を続けて、愛機の最期を看取った。
まぶたの裏に、できる限り自分の愛機が浮かぶように、との想いからだった。
そして、彼女達は連合国軍、具体的にはフランス軍に投降した。
連合国軍は、女性の捕虜が出ることを余り想定していなかったらしく、慌てて女性専用の捕虜収容所を建設することになってしまった。
看守のできる女性は、そんなにおらず、フランス本国から慌てて連れてこられた人員は、ロシア語が話せず、意思疎通に苦労する羽目にもなった。
それでも。
国際赤十字の査察も、随時、行われるとのことで、食事は充分なモノが出てくるし、監視付きとはいえ、運動も毎日できて、シャワーも毎日、浴びることができる等、リトヴァク中尉にしてみれば、有難い環境としか言いようが無かった。
そうした中で。
リトヴァク中尉は、斉藤雪子と名乗る日本海兵隊の軍医中尉と知り合った。
ロシア語の話せる女性軍医が不足気味であり、友軍である日本軍から臨時に派遣されたとのことだった。
習うより慣れろ、という感じで、実際の会話で、ロシア語を覚えてきた、とのことで。
はっきり言って、士官というより粗野な兵がしゃべるロシア語だったが、それでも意思疎通がロシア語でできるのは、リトヴァク中尉にとって有難かった。
「もうすぐ戦争が終わる。そうなったら、どうする。私は、同僚の軍人と結婚して、小児科医になれたらいいな、と思っている」
「そう言われれば、もうすぐ戦争は終わり、家に還れるのですね」
二人の下には、モスクワが連合国軍の前に陥落した、という情報が届いていた。
アルハンゲリスクからアストラハンに至るラインが、現在の大雑把な戦線となっており、最早、ソ連は断末魔の時を迎えていた。
リトヴァク中尉の下には、モスクワの家が破壊された、という家族からの手紙が届いていた。
ユダヤ人の自分の家族はパレスチナへの移住を検討しているらしい。
「私はユダヤ人として、パレスチナに行きたいな」
「それもいいかもな」
2人の女性は、お互いに将来の事を語り合った。
第4章が終わり、次から最終章の第5章になります。
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