第4章ー23
作中で、アラン・ダヴー少佐が、アラン・ハポン少佐と呼ばれていますが。
ダヴー少佐は、スペイン青軍団内では、フランス軍からの派遣であることを隠すために、ハポン少佐という偽名を公式には名乗っていることからくるものです。
(更に細かく言えばですが、ダヴーは、スペイン青軍団内では少佐ですが、フランス軍では大尉のままでもあります。
そのために、今、フランス軍に復帰したら、アラン・ダヴー大尉が公式の官職姓名になります)
そう言った行動を執る人の中には、当然、この人も含まれていた。
アラン・ダヴー少佐は、カスピ海の岸辺を自ら散策している際、フランス外人部隊士官であるルイ・モニエール中尉、ことナポレオン6世が、同様に散策しているのを、目ざとく見つけてしまった。
周囲には、外人部隊を含むフランス軍の将兵か、スペイン青軍団の将兵しかいない。
そういったことから、ダヴー少佐は、少し大胆な行動を執ることにした。
「モニエール中尉、久しぶりだな」
「これは、アラン・ハポン少佐」
わざと大声で呼びかけたダヴー少佐に、ナポレオン6世も大声で返し、急速にお互いに近寄った。
そして、近寄った後、お互いに声を潜め、笑いながら言った。
「皇帝陛下には、真にご機嫌うるわしく」
「うむ、1世にできなかったことが、自分にできるとは思わなかった。嬉しくて仕方ない」
「本当に、まさか、ここまでの進軍を果たせるとは思いませんでした」
「主にアメリカと、そして君の父の国である日本のおかげだがな。それにしても、1世がこの現実を見たら、心から驚嘆するのは間違いないな」
「それは確かに。フランス軍と、義勇兵とはいえ、スペイン軍が肩を並べて、ここまでの進軍を果たしているのですから。この現実を天国から見られたら、本当に驚嘆されるでしょうね」
二人は、物思いに浸らざるを得なかった。
暫く、お互いの沈黙の時が流れた後、ナポレオン6世の方から、ダヴー少佐に問いかけがあった。
「南方軍集団の戦域は、現在、どうなっているのだ。できれば、明かせる限りの情報を明かして欲しい。どうしても士官とはいえ、フランス外人部隊第1師団を編制する歩兵連隊中の一小隊長という地位では、ロクな情報が入って来ないのだ。君の立場なら、かなりの情報が手に入るだろう」
「確かに、私はスペイン青軍団の広報参謀という立場にありますから、それこそ黙っていても、情報が自然と入ってくることになります」
そう前置きを付けて、ダヴー少佐は、自分の把握している情報を話していった。
「成程な。我らが南方軍集団は、カスピ海の岸辺に立ち、更にカフカス山脈のふもとまでも、事実上は占領下におくことに成功したか。ここまでの戦果を挙げられるとはな」
一通り、ダヴー少佐の話を聞き終えた後、ナポレオン6世は、現在の南方軍集団の戦果について、気が遠くなったかのような口調で言った。
ダヴー少佐も、その言葉に心から同意せざるを得なかった。
「唯一、トゲのように残っているのが、セヴァストポリ要塞という訳か。もっとも、あの要塞は、時代が違うとはいえ、英仏土の三国連合軍、それに伊の前身ともいえるサルデーニャ王国軍までもが加わることによって、クリミア戦争の際には、ようやく陥落した程の要塞だ。そこを、ルーマニア軍だけで落とすのは、確かに困難な話で、現在の状況はやむを得ないだろうな」
ナポレオン6世は、少し過去を振り返るかのような口ぶりだった。
ちなみに、クリミア戦争時、フランスは第二帝政下にあり、ナポレオン3世の統治下にあったのだ。
それもあって、ナポレオン6世は、色々と考えざるを得ないのだろう。
そう、ダヴー少佐は推察していたが。
「ところで、この辺りにハザール、という国があったのを知っているか」
ナポレオン6世は、いきなり沈黙を破って、ダヴー少佐に問いかけてきた。
ダヴー少佐は、その国名をすぐに思い出せずに、言葉に詰まってしまった。
「すぐに思い出せるのは、この辺りの歴史に詳しい者だけだろうな。その国は、ユダヤ教に改宗したトルコ民族が支配層を占めていたそうだ」
ナポレオン6世は遠くを見ながら、ダヴー少佐に遥かな中世にさかのぼる歴史について語り始めた。
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