第1章ー7
そんなある意味では厄介な戦争が、土方勇中尉の身辺では起こっていたが、それが、第二次世界大戦の推移に影響を与える訳が無く、1943年1月初頭において、ロシア諸民族解放委員会の設立が世界に宣言され、連合国側の多くの政府、軍が、それを後押しする声明等を出す、という事態が起きた。
更に、サンクトペテルブルクに集った連合国の各国首脳は、ソ連政府に対し、ロシア諸民族解放委員会との話し合いに応じ、第二次世界大戦終結を図るように勧告を出した。
だが。
「スターリン率いるソ連政府は、勧告に応じませんでしたね」
「当たり前だな。自分で自分の処刑命令にサインするようなものだからな」
北白川宮成久王大将は、1943年1月5日、吉田茂外相とそんな会話を交わしていた。
ちなみに、本来なら吉田外相と基本的に行動を共にせねばならない梅津美治郎陸相は、別行動を現在は取っている。
梅津陸相は、このサンクトペテルブルク近辺にいる主な陸軍部隊の慰問に飛び回っていたのだ。
陸軍部隊の多くが、少しでも梅津陸相に慰問に来てほしい、と希望しているためだった。
これまでの戦争において、陸相が現地部隊を直接に慰問することは無かった、といってよい。
ところが、今回、陸相が現地部隊を直接、慰問に訪れるという事態が起きたのだ。
そのために陸相訪問を求める希望が殺到し、梅津陸相はそれに応じざるを得ず、吉田外相とは別行動を半ば強いられていたという次第だった。
それはともかくとして。
「ロシア諸民族解放委員会を構成している面々の多くが、ロシア革命により国外亡命を強いられたり、いわゆるスターリンによる大粛清から辛うじて国外に逃れたり、国内で生き延びたりしていた面々だからな。ロシア諸民族解放委員会とソ連政府との話し合いが、穏やかなものになる筈がない」
吉田外相は、何とも悪い顔をしながら言った。
「つまり、ロシア諸民族解放委員会の主要メンバーは、スターリン等、ソ連政府の幹部の死を望んでいる」
「そういうことだ。ロシア諸民族解放委員会の求めるソ連政府への講和条件は、ソ連政府の全面解体、及びスターリン等のソ連政府幹部に対する死刑、それも拷問の上での虐殺、といっても過言では無い」
北白川宮大将の問いかけに、吉田外相は、そこまで言った。
「それは止めないといけないことでは」
「止めるか、どういう理由で。それこそ連合国による内政干渉だろう。それに、ロシア諸民族解放委員会の主要メンバーは、ソ連政府により、親兄弟、妻子を拷問等の末に殺された者が多い。しかも、いわゆる族滅になった者まで珍しくない、といってよい。そして、そういった面々に、家族を殺された被害者として、スターリン等を処刑するのは、当然の権利だ、と主張されたら、それでも我々は止められるか」
「確かに。否定できない話ですな」
二人は更なる苦渋に満ちたやり取りをした。
「ともかく、春になっての攻勢で、モスクワ等を陥落させ、その上で連合国の首脳会談により、ソ連政府及び共産中国政府に降伏を勧告する宣言を出す予定だ。それにソ連政府や共産中国政府が応じなければ、後はロシア諸民族解放委員会の後身となるロシア政府や、蒋介石率いる中国政府に、事実上は後を任せて、連合国は第二次世界大戦を終わらせる方向で、連合国の主な政府は考えている。遣欧総軍としては、その方向で奮闘してもらいたい。統帥権干犯と言われても仕方ないが、それが、日本政府の意向だ」
「分かりました。微力を尽くします」
吉田外相は、北白川宮大将に事実上の指示を伝え、北白川宮大将はそう答えた。
北白川宮大将は憂鬱な気分にならざるを得なかった。
本当に大量の血がこの戦争で流れている。
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