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第3章ー7

「しかし、それなら証拠を掴むべきでは」

 簗瀬真琴中将がなおも言い募ったが、岡村寧次大将は反論した。

「友軍、同盟軍が隠そうとしていることを探るということは、友軍、同盟軍を信用していない、ということになりかねない。そんなことが公然とできるのか」


「確かに、それは公然とはできませんね」

 簗瀬中将は、渋々と言わざるを得なかった。

「だろう。裏からそれとなく調べるしかない。そして、米軍も、さすがに毒ガス等の使用について、公然とやることは、今はそんなに問題にならなくとも、本来から言えば、戦時国際法違反である以上、後々、大問題になることを懸念せざるを得ない。だから、米軍も、できる限りの隠蔽工作を施している。だから、こちらも尻尾を中々掴めないのだ。掴めたら、それこそ、裏から手を回して止めることが出来るが、掴めない以上、こちらも疑惑で止めざるを得ない」

 岡村大将も内心では、かなり鬱屈を溜めているのだろう、本来なら味方の筈の簗瀬中将に対する言葉が、ややとげとげしいものになっていた。

 

 簗瀬中将は、それとなく周囲に目を配った。

 参謀長の今村均中将を始め、周囲の日本軍の高級士官も、ほぼ全員が岡村大将と同様の想いをしているのだろう、岡村大将と同感だ、という表情を浮かべている。


 簗瀬中将は(内心で)溜息しか出なかった。

 恨みに恨みで返す最悪の連鎖から、米軍は本当に荒んでいるようだ。

 いや、案外、米軍内部では合理的な判断として動いている可能性さえある。

 直接、銃撃を人に加えるというのは、幾らベテランの兵士と言えど、精神的な負担になる。

 それを少しでも減らすために、毒ガスの使用を米軍は決断した可能性さえある。


 実際、自分は直接に経験することは無かったが、先の(第一次)世界大戦では、同盟国軍側も、連合国軍側も毒ガス弾を大量に使用し合ったのだ。

 日本は使用しなかったが、それは実際的に毒ガスを兵器として量産、使用できるだけの技術基盤が日本には無かった、という点が大きかった、と自分は聞いている。


 もし、あり得ない話だが、当時の日本に独並みの技術基盤があったら、林忠崇元帥をトップとする日本軍は毒ガス弾の使用を本当にしなかっただろうか。

 独が使うなら、こちらも使う、という理由で、使用した気が自分にはしてならない。

 そして、今、中国に派遣されている米軍のトップのマッカーサー元帥は、その戦場の経験者だ。

 その経験から、毒ガスの使用を決断しない、と誰が言えるだろうか。


 それに毒ガス全てが、致死性のものではない。

 いわゆるくしゃみガス、催涙ガスといった非致死性ガスもある。

 勿論、非致死性ガスといっても、余りにも高濃度になると致死性があるのだが、米軍は、自らが使用した毒ガスについて、実際には致死性ガスであっても、非致死性ガスが高濃度になったという事故により、多数の死者が出た、と言いつくろう可能性もあるのだ。


 更に厄介なことに、毒ガス等の使用を禁止するジュネーブ条約について、米国は署名はしているが、批准まではしていない筈だ。

 だから、細かいことを言えば、米軍が毒ガス兵器を使用することは、道義的に問題があるとは言えるが、戦時国際法上も違法なのか、といえば微妙なグレーゾーンといえるのだ。


 簗瀬中将は、日本もジュネーブ条約については署名までしかしていないことを、更に想い起こした。

 これは、下手に日本が騒げない話だ。

 自分達の事を棚に上げて、敵軍ならまだしも、同盟軍の事を非難する、というのは極めてやりづらい。

 簗瀬中将は、岡村大将らの苦悩を察し、黙らざるを得なかった。


 その翌日、簗瀬中将は、鬱屈を抱えつつも、武漢を発って、第18師団司令部のある南寧に向かった。

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