第3章ー5
そんな会話が東京で交わされていたこと等、当時、ウランバートルから、至急、中国本土にいる第18師団長として転任することになった簗瀬真琴中将に分かる訳が無かった。
だが、その会話と似たような重い想いをしながら、簗瀬中将はウランバートルを出立せざるを得なかった。
ウランバートルを出立しようとする簗瀬中将を、当時、外蒙古から内蒙古を実質的な支配下においているといえた徳王殿下は、表向きは暖かく送り出したが、実際は泣く泣く送り出したという真情を、出立直前の送別会において、簗瀬中将に示してくれた。
「これは特製のアルヒだ。君のために特に渡したい」
「本当にありがとうございます」
徳王殿下からの送別の品を、敬礼しながら、簗瀬中将は受け取った。
簗瀬中将が、徳王殿下の顔を見返したところ、徳王殿下は涙を浮かべてながら、更に言った。
「もう一つ、特製のアルヒがある。この戦争が終わったら、ウランバートルにまた、来てほしい。その際にはそのアルヒを、あらためて特に酌み交わしたい」
「それは余りにも、1師団長に対して過分なお言葉です」
「君がモンゴルの独立、そして、発展のために、粉骨砕身してくれたことを、私は決して忘れないだろう。鉄道を敷設する手伝いをしてくれ、更に多大な武器等の援助まで、日本本国との間の仲立ちになって働いてくれた。私の部下達も、君には感謝している。モンゴルは、真の独立を10年以内に成し遂げることになるだろう。本当に感謝してもしきれない」
徳王殿下の真情溢れる言葉を聞いて、簗瀬中将は想った。
いわゆる満州国政府、蒋介石政府の意に反することにはなるが、日米両国政府の意図は間違っていない。
モンゴルやウイグル、チベット民族は、中国からの独立を願っている。
彼らの願いを叶えるために働けて、本当に良かった。
だが、それはその一方の願いを破壊することでもある。
蒋介石の真意、中国本土の住民というか、漢民族の多くにとって、そのような事態は悪夢だろう。
だが、日本の国家百年の大計を考えるならば、中国からのモンゴル、ウイグル、チベットの独立を日本は支援せざるを得ないし、米国も同様なのだ。
そして。
中国奥地では、共産中国政府の暴政が行われ、更に日米を中心とする連合国軍の攻撃により、住民は完全に疲弊しきっている。
だが、日米を中心とする連合国軍の攻撃は、住民の怒りを呼び、共産中国軍の報復の攻撃を引き起こし、更に住民がそれに積極的に協力する事態が起きている。
そして、そう言った攻撃は、必然的に弱い部分に向けられる。
そのために、日米の後方部隊が襲われ、それにより死傷者が出るのは半ば必然だが、その被害者に女性がそれなりに含まれるようになり、更にその数が増えているのが問題だ。
本来はこのような事態に至るまでに、この戦争を終わらせるべきだった。
だが、共産中国政府は講和するなら、日米等の連合国側が、共産中国政府に賠償金を支払い、中国本土から完全撤兵するという条件でしか、講和に応じるつもりは無い、と繰り返し言明している。
そして、日米等の連合国側が、そんな条件の講和に応じる訳が無く、逆に共産中国政府の無条件降伏を求めている。
だから、講和条件が折り合わず、この戦争は続いている。
そして、戦争が続けば、当然のことながら、死傷者は出る。
更にその穴埋めをするために、後方部隊に女性まで動員する事態に、日米は陥っている。
だから、女性の戦死傷者が、日米等に出るようになっているのだ。
そして、その戦死傷者が、日米の国民感情を刺激し、共産中国政府を断じて許すな、という声を大きく高めている。
簗瀬中将は重い気持ちで、ウランバートルを出立することになった。
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