第1章ー3
「それにしても、ロシア諸民族解放委員会の設立とは。いよいよ、この世界大戦後を見据えた動きですか」
土方歳一大佐が、半ば茶々を入れた。
「ふん。祖父に似ておらん不肖の孫のようだな」
吉田茂外相の口は悪い。
だからこその発言ともいえるが、不肖の孫と土方大佐を言うとは。
流石に土方大佐も少し顔色を変えるのが見え、北白川宮成久王大将は、気をもむ羽目になった。
もっとも、さしもの吉田外相も、それなりにフォローに入った。
「現役の軍人なら政治的な発言を控えたら、どうなのだ。その発言は、明らかに政治的発言と取られても仕方のないものだ、と儂は考えるがな。父上の土方伯爵のように、完全に退役して、貴族院議員になっているのなら、許されるだろうが」
「それはそうかもしれませんが、目の前でこんな事態が起こっているのですから、土方大佐ならずとも、誰でも言いたくなります。内部の人間しかいない場なのですから、大目に見てください」
「分かった」
吉田外相と北白川宮大将は、そうやり取りをした。
そのやり取りを聞いた土方大佐の顔色は少し緩み、北白川宮大将はホッとした。
「儂が話せると思う範囲で話させてもらうが」
吉田外相は、そこで言葉を切って、周りを見回した。
この場には、北白川宮大将以下、欧州に派遣されている日本海兵隊の主な幹部が揃っている。
「土方大佐の考えは正しい。もう、この世界大戦を終わらせるべき時が来ている。実際、ソ連も共産中国も、継戦能力を徐々に喪失しつつある一方で、我が国も、同盟国である米英仏等も、この世界大戦で疲弊してしまい、戦争を続ける能力が失われつつあるのだ。そのための受け皿として、ロシア諸民族解放委員会は設立されることになったのだ」
吉田外相は、そこで、一息を入れた。
「ロシア諸民族解放委員会の目的は、ソ連を解体した後、民族、宗教に応じた国家群に再編成することだ。そうなれば、ユーラシア大陸にまたがる巨大な国家は無くなる。そして、長期的には、二度と世界を揺るがすような大規模な戦争は起こらなくなるだろう。仮に起きても、局地戦争ということになる。短期的には、仮にソ連政府がシベリアの奥地に逃れてのゲリラ戦による抵抗を試みた場合、ロシア諸民族解放委員会を母体として設立された現地政府の軍隊に、ゲリラ戦に対処してもらおう、という目論見がある。現地政府と我々は平和条約を結び、この世界大戦の泥沼から、できる限り、抜け出してしまおう、という考えだな」
吉田外相は、ようやく口をつぐんだ。
「成程、米英仏伊等、連合国側の主な政府も同様の考えという訳ですか」
「細かい部分で食い違いはあるが、大よその部分での合意はできている。このロシア諸民族解放委員会の設立宣言を各国が後押しすることは、実務者レベルでの話し合いでは、かなりまとまった。後は、閣僚級の列席により、主要国の信認が得られていることを、各国の国民やソ連の住民に分からせることになっている」
北白川宮大将と吉田外相は、更なるやり取りをした。
土方大佐は、眼前のやり取りを見て、想いを巡らせた。
少しずつ潮が満ちてくるように、多くの戦死傷者を日本を始めとする各国の軍は出している。
そのために、さすがにソ連や共産中国のように、女性の兵士が最前線に立つ末期状態にはなっていないが、我が日本を始めとする多くの連合国側の国で、後方部隊に女性が珍しくなくなっている。
多くの国で男性だけでは、軍隊の維持に困難が生じつつあるのだ。
そう言った国では、後方部隊に女性を採用し、それによって前線部隊に男性を送り込むことで何とか現実を糊塗しようと努めている。
息子の勇は、どのようにこの現実を見ているのだろうか。
ご意見、ご感想をお待ちしています。
次話から、現在の主人公といえる土方勇中尉らが登場します。