第2章ー14
「ともかく、そういった事情から、中央軍集団におけるソ連軍の攻勢は、開始から1週間も経たない内に沈静化してしまった。もっとも、モントゴメリー将軍が、英空軍等に直接に掛け合って、戦略爆撃機部隊まで地上支援に繰り出したからだ、それで、ソ連軍の攻勢は中止になった、という噂もあるがな」
土方勇中尉は、更に声を潜めながら言った後、この噂の真偽を自分でも考えた。
実際、この時に英軍が守勢に徹する余り、英空軍の戦略爆撃機部隊が、モスクワ等への空襲を中止して、直接のソ連軍の重砲兵陣地への地上爆撃任務にまで駆り出された、というのは本当の話らしい。
ソ連軍の重砲兵部隊は、軒並み自動車牽引により運ばれており、迅速に陣地転換等はできない。
だから、一旦、展開して砲撃を行った場合、速やかに移動すること等、ソ連軍は出来る話ではない。
(もっとも、日本もその点を言い出したら、陸軍も海兵隊も、そう大差は無いのだが)
従って、英空軍の戦略爆撃機部隊の空襲が、それなりの戦果を挙げたのは間違いないとは思うが。
それにしても、戦略爆撃機部隊まで、直接の地上部隊支援に投入することは無いだろう、と自分は想う。
先日まで、ソ連軍の攻勢に、日米軍から主になる北方軍集団の部隊も苦しんでいたが、戦略爆撃機部隊は、相変わらずモスクワ等への空襲を実行する、という方針で運用されていたらしい。
(ちなみに、本来は戦略爆撃機部隊を護衛する任務に就いていた戦闘機部隊は、極寒の中での戦闘に苦しむ地上部隊を救え、という掛け声の前に、地上部隊支援に容赦なく駆り出される羽目になったが。
そのためにこのソ連軍の冬季反攻中、日米両軍の戦略爆撃は停止していたらしい)
その方が、ソ連の継戦能力に重大な被害を与えることが出来るという日米両軍上層部の冷徹な判断から、そのようなことが行われたのだ。
自分も、感情的には地上部隊支援に戦略爆撃機部隊を使ってほしかったとは思うが、合理的な判断からは戦略爆撃機部隊は、地上部隊支援に用いるのは避けるべきだ、と考えてしまう。
そんなふうに、土方中尉は考えた。
「中央軍集団は、そのような有様だったのですか。南方軍集団は、どのように戦ったのです」
防須正秀少尉は、更に続きを促した。
「ハリコフ奪還を果たそうと、ソ連軍は攻勢を展開した。実際、イタリア軍が崩れたせいで、フランス軍の一部はハリコフで孤立する羽目になったらしい。幸いなことに、周囲のフランス軍やスペイン青師団が駆けつけたために、今は孤立が解けたらしいがな。現地のフランス軍総司令官のジロー将軍は、一時、真っ青になったそうだ。おそらく、ナポレオンのロシア遠征の悪夢が脳裏に過ぎったのだろうな」
土方中尉は、訳知り顔の顔をしながら言った。
「それは分かる気がしますね。フランス軍と冬のロシアは相性が悪い」
早稲田大学出身で、それなりに歴史の分かる防須少尉も同様の顔になった。
「距離が離れていることもあるし、南方軍集団も苦戦したことから、情報を出し渋っている。それを言うなら、こちらも同様らしいが、それ以上は、ちょっと分からんな」
土方中尉はそう言い、アラン・ダヴー大尉は、どうしたのか、気になった。
戦死等していなければいいが、そんなことが土方中尉の脳裏をよぎった。
そうしていると。
「そろそろ面会時間の終わりです」
上原敏子看護上等兵が様子見も兼ねて、病室に入ってきて言った。
土方中尉は、面会を止めて立ち去ることにしたが。
防須少尉が、上原上等兵に好意的な目を向けるのが、土方中尉に分かった。
上原上等兵も満更でもないようだ。
厄介なことにならねば良いが。
土方中尉は、気が早すぎだ、と思いつつも、そう考えた。
今回の話の中で、らしい、が多いのは、実は少し伏線が入っています。
(土方勇中尉の立場では、知らない事実が数多あるのです。
後で誤解を招きかねないので、予め弁明しておきます)
その辺りは、追って作中で明らかにしていきます。
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