第2章ー13
「英軍を中心とする中央軍集団の戦線だが、結果的にはソ連軍の攻勢を跳ね返すことに成功したらしい。もっとも、それは敵味方双方の思惑が、奇妙に一致したためらしい、という噂がここにまで流れている」
それっぽく、土方勇中尉が少し声を潜めながら言うと、防須正秀少尉を始め、周囲の将兵は思わずお互いの顔を見合わせた。
土方中尉の言葉の意味が、すぐに把握できなかったのだ。
「まず、第一に中央軍集団が、昨年の第二次攻勢の際に大苦戦を強いられたのは知っているか」
「ええ、結果的にポーランド軍、レヴィンスキー将軍の名采配に、中央軍集団というより、英軍は救われたらしいですね。そのために英軍の司令部内で、半ば処分、というより処罰の意味もあって、大人事異動が発令されたとも、私は聞いています」
土方中尉の直接の話し相手ということもあり、防須少尉が返答した。
「それもあって、今回のソ連軍の冬季攻勢は、中央軍集団の戦線においては、我々北部軍集団の戦線におけるものと比較する限り、小規模と言って良かったらしい。あくまでも、ソ連軍が基本的に全戦線で反攻を行えるだけの力を、未だに持っているということを、特に中央軍集団の戦線では示したかっただけではないか、という憶測が流れる程だな」
土方中尉は言葉を継いだ。
その言葉を聞いた周囲には、微妙な空気が流れた。
我々は悪戦苦闘を強いられ、自分は師団病院に入院する羽目になったのに、英軍を中心とする中央軍集団は、そんな戦いをするだけで済んだのか、というやっかみというか、そんな気分を周囲はしたのだ。
「本当のところは、ソ連軍に聞かない、と分からない話だから、余り憶測を信じるな。むしろ、英軍の守りの堅さの前に、ソ連軍がさっさと攻勢を諦めた、という話も流れている」
その言葉の裏を察した、気が利く将兵の何人かは渋い顔をした。
土方中尉、というか、そういった話をした面々が、何を言いたいのかが分かったからだ。
暗に米第5軍が、冬季攻勢の初期において、ソ連軍の攻勢の前に大損害を被ったために、米第3軍や日本軍は悪戦苦闘を強いられた、と彼らは言いたいのだ。
実際、米第5軍が崩れ立たねば、米第3軍や日本陸軍はともかく、自分達、海兵隊まで、前線で戦う事態は無かったのではないか。
そう口には出さないが、思わず、そう考えてしまう海兵隊の将兵は、自分達が負傷していることもあり、この場には多かったのだ。
「憶測に基づく話だから、余り考えても仕方がない。ともかく、中央軍集団における英軍総司令官兼中央軍集団司令官になったモントゴメリー将軍は、それこそ石橋を叩いて渡る性格の持ち主らしい。それで、ソ連軍の攻勢に際しても、徹底して守勢を取った。確かに、先のソ連軍の反撃で半ば自信を喪失していた英軍等にしてみれば、その方が無難な判断だったろう。そして、英軍等の守りの堅さを覚ったソ連軍は早期に攻勢中止を決断したという次第だ」
土方中尉は、少し長めの説明をした。
土方中尉の説明を聞いた防須少尉は、あらためて考えを整理した。
最上層部の指揮官交代という事態があった以上、今回のソ連軍の冬季反攻に際して、英軍の指揮系統は、きちんと機能していなかった公算が高かっただろう。
その危険を考えるならば、英軍の新司令官になったモントゴメリー将軍が守勢に徹したのは、理性的に考える程、もっともな話だと思える。
下手に攻勢を執ろうとして、ソ連軍の冬季反攻に付け込まれる危険を考えて、どちらが安全なのかを考えると、守勢に徹するという判断は正しい気がする。
だが。
将来的にはどうだろう。
モントゴメリー将軍は、守勢重視を貫く性格のようだ。
後でトラブルにならねば良いが。
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