第1章ー2
梅津美治郎陸相と山下奉文陸軍大将が、そんな会話を交わしている頃、吉田茂外相は北白川宮成久王海兵隊大将と会って話を交わしていた。
「全く山本五十六空軍大将どころか、堀悌吉海相まで女好きとは、日本の将来が心配になってくるな」
「何かありましたか」
吉田外相の半ば愚痴というより放言に、北白川宮大将は合わせた。
「いや、政府専用機の2式飛行艇でここまで来たのだが、その操縦士等の搭乗員が全員、女性だったのだ」
「それは、また」
吉田外相の言葉に、北白川宮大将は苦笑いをしながら言った。
北白川宮大将は想いを巡らせた。
ある意味、仕方ないというか、半ば当然の話なのだが、部外者である吉田外相にしてみれば、愚痴らざるを得ない話なのだろう。
現場を知っているだけに、自分としてはやむを得ない話と割り切れるのだが。
ある程度は後方部隊に女性を登用しないと、今の日本は軍隊を維持できない。
それにしても政府専用機の2式飛行艇(厳密に言えば、本来の2式飛行艇と異なり、米国のカタリナ飛行艇と似たような改造を施されることで、水陸両用機として政府専用機は使用可能なようになっている)の搭乗員が、全員女性とは、海軍省も割り切ったものだ。
(この1943年当時、政府専用機として採用可能な、純国産の大型機となると、2式飛行艇しか、日本には存在しないと言っても過言では無かった。
そして、2式飛行艇が海軍機であることから、政府専用機の運用を、海軍が引き受ける事態が、当時の日本では引き起こされていた)
少しでも多くの男性搭乗員を海軍は前線に送っているということを、内外に示すためだろうな。
そんなふうに北白川宮大将は考えを進めたが、吉田外相は、そんな考えを忖度することなく、言葉を続けていた。
「本当に戦を始めるは易く、戦を終えるは難し、とはよく言ったものだ。自分というか、日本政府としては速やかにこの世界大戦を終わらせたいのに、中々難しい話になっている。おかげで、というか、そのために日本というか、連合国側の多くの国で女性まで軍人に採用する羽目になっている。もっとも、ソ連や共産中国の方がより深刻だがな」
「確かにそうですね」
北白川宮大将は肯きながら言った。
ソ連や共産中国では、女性を最前線で戦う兵士として容赦なく投入し、そういった女性を愛国者の鑑として積極的に称賛している。
こうなっては、女性を最前線に投入すべきではない、とソ連や共産中国内の誰がいえるだろうか。
戦争の空気に覆われた中で、多くのソ連や共産中国の女性が戦場に赴かざるを得なくなっているのではないだろうか。
北白川宮大将は、内心で想いを巡らせた。
そんな想いを忖度することなく、吉田外相の言葉は続いていた。
「本当に君の父上が存命だったら、どういうかな。いや、そこにいる土方大佐の祖父が存命だったら、どういうか、聞いてみたい気がするな」
「流石に、私の祖父は生きてはいないでしょう。100歳を超えますからね」
顔では苦笑しながら、傍にいた土方歳一大佐が口を挟んだ。
北白川宮大将は、更に想い、考えを進めた。
そう言えば、土方大佐の祖父、土方歳三提督が戦死されてから70年も経っていないのだな。
西南戦争の城山の戦いの際、土方提督は、桐野利秋と半ば刺し違えて戦死された。
流石にそんなに存命ではないとはいえ、柴五郎提督等、西南戦争を実際に知る世代は未だに存命なのに。
あの頃に、今から70年も経たない内に、日本軍が女性を軍人として採用することになると、誰が考えられただろうか。
いや、今から20年余り前の第一次世界大戦の際でさえ、日本人の誰も考えつかなかったことではないだろうか。
北白川宮大将は更に想いを巡らせた。
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