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第2章ー9

 沖縄出身の上原敏子看護上等兵にしてみれば、ここはこの世の極寒地獄の現れに間違いなかった。

 余りに凄惨な現実の前に、ろくに食事も咽喉を通らず、先輩の従軍看護婦や、女性の軍医から、

「食べなさい。食べないと自分の身が持たないわ。自分の身が持たなかったら、周囲に迷惑が掛かるのよ」

 と半ば励まされるというよりも、叱責される有様だった。


「実際の戦場がこんなに苛酷なモノだったとは、思いも寄らなかった」

 それが、現在の上原上等兵の偽らざる内心の吐露だった。


 看護上等兵という階級を貰ってはいるが、上原上等兵は、1943年1月現在、17歳という若い身空であり、それこそ自分の思い通りの進学が出来ていれば、未だに沖縄県立第一高等女学校生の身の筈だった。

 だが、お国のために役に立ちたい、という自分の熱情と、長兄が中国内戦介入の際に戦死した以上は、幼い弟妹を自分が半ば養わねば、という家庭の事情が相まって、高等小学校から従軍准看護婦養成課程へと進むことになり、従軍准看護婦に、上原上等兵はなったのだ。


(なお、従軍看護婦制度において階級等の問題は、米国等の外国の影響もあり、しばしば変遷している。

 第二次世界大戦勃発後も微細な変遷があり、1943年1月当時、日本の従軍看護婦制度においては、正規の従軍看護婦は伍長(とは言え、すぐに軍曹に進級)以上であり、大隊病院の婦長なら曹長、師団病院の婦長なら、准尉の階級が付与されるのが、大原則だったが、従軍准看護婦は、上等兵扱いだった。

 これは看護婦という技能を身に着けて軍人となっているという事情に加え、大っぴらには決して言えないことだったが、戦場で心を病んだ将兵(特に兵士)から、従軍看護婦を護る必要性からだった。


 かつては従軍看護婦の多くが、一般兵扱いだった時代もあるが。

 中国内戦介入から暫く経つと、心を病んだ将兵による従軍看護婦強姦事件等の発生が、余りにも目に余るようになり、終には従軍看護婦全員に、護身のための拳銃携帯を認めるべき、という極論、暴論が、従軍看護婦を中心に主張されて、一部の新聞で報道直前に至る事態までが引き起こされた。

 こういった事件を予め防ぐのには、看護婦の技能を予め身に着けていることもあり、それなりの階級を従軍看護婦に付与することが有効なのでは、という主張が為され、それが認められたという次第だった。

 実際、従軍看護婦が一般的に下士官になって以降、強姦事件等は激減している。

 従軍看護婦は下士官なのだ、という事実が周囲からの敬意を集め、犯罪を抑止したのだ)


 上原上等兵は、1942年3月に従軍准看護婦養成課程を終え、同年4月に佐世保鎮守府附海兵隊配属の従軍准看護婦として採用されたが、ソ連欧州領侵攻作戦実行に伴う衛生兵等の損耗により、同年8月末に欧州派遣を命ぜられ、同年11月下旬に、ようやく当時のレニングラード近郊にまでたどり着いたという身の上だった。

 その頃には、レニングラード攻防戦はほぼ終わりを告げており、上原上等兵は、実際の戦闘により生じた負傷兵の現場を、これまでは見ずに済んでいたのだ。

 勿論、准看護婦養成課程の中で、実際の負傷者や病気のり患者を、上原上等兵が全く診てこなかったという訳ではないが、そういったものとは程度が違う惨状を負傷兵は示していたのだ。


「これまでも、うっかり凍傷になって、指の切断を検討した事例とか、梅毒にり患した男性兵の性器を見せられたりした事例はあったけど、ここまで戦闘による流血や、それに伴う凍傷等の二次被害による怪我が実際にはとても酷いなんて」

 自ら志願したとはいえ、上原上等兵は思わず吐き気までも覚えながら、大隊病院で働いていた。

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